Walker ―羽宮高校軽音楽部―
夏木
羽宮高校軽音楽部
自然に囲まれた中に改修工事を終えたばかりの羽宮高校。文武両道を掲げたこの学校には、いくつもの部活動が存在する。
その中に、ひっそりと息をひそめた部活がある。今まで表立った活動をしていないその部活が部室としている物理室に部員全員で集まっていた。
その総数はたったの五人。部活動にしてはかなり少ない人数だ。
各々が固定された物理室の机を前にして、木製の椅子に座る彼らは今回呼び出しをした本人を待つ。
固い椅子。やや高さがある机。座っていると腰も痛くなる。何より、部活を始めるにも始められないもどかしさで、空気が悪くなっている。そんな中。
「遅すぎんだろ」
足と腕を組み、
その鍵の持ち主こそ、今回呼び出した人物。なかなかやってこないために苛立ちを隠せない。
「キョウちゃん、落ち着いて。僕、探してこようか?」
恭弥の幼馴染でもあり親友でもある
「いーじゃん、待ってようよ。キョウちゃんもみっちゃんもせっかちなんだからー」
屈託のない顔で笑った
大輝に言われ、瑞樹は「そうですね」と再び席に着くと、「偉いみっちゃん」なんて言っては笑うので、二人の間にはほんわかと温かく緩い空気ができていた。
別にそれが悪いわけではない。たが、恭弥は不満があった。
「瑞樹はともかく、大輝。お前、その呼び方、変える気はねぇのか?」
「なんで? キョウちゃんはキョウちゃんだし、みっちゃんはみっちゃん。コウちゃんはコウちゃんで、ユーマはユーマだもん」
この場にいるのは全員男である。にも拘わらず、愛称で呼ぶ大輝へため息がこぼれたのは、恭弥だけでない。「コウちゃん」と呼ばれた筋肉質な少年の細い目が大輝を捉えた直後、すぐに目を逸らした。
「鋼太郎、お前からも何か言えよ」
「無理だ。あいつはそういう質だろ。俺はもう諦めた」
「諦めも肝心って言うでしょ、君も諦めな」
にぎやかな空気を無視して本を読んでいた
悠真の発言に、沈黙が流れて五分ほどたった時、立て付けの悪い物理室の扉がやっとガタガタと開かれる。
「お待たせしましたっ……皆さん、お集まり。ですね。よかったあ」
やってきたのは白衣姿で長身の
物理室を部室をしているが、彼らの部活は科学部でも物理部でもない。
彼らは五人のバンドで音楽の道を征く『軽音楽部』だ。
「わ、もうこんな時間だ。みなさんに集まってもらったのは今後の軽音楽部についてお話しするためです」
汗をぬぐいながら教壇に上がって真っ先に本題に入る立花のことを恭弥は嫌いではない。くどくど遠回りして離されるよりもずっとよかった。
さっきまでの待たされた不満を飲み込んで、恭弥は頬杖をつきながら話に耳を傾ける。
「単刀直入に言うと、このままでは軽音楽部は廃部になります」
「は?」
目を見開く。急に何を言い出したのかと。恭弥以外もみな、同様の感情が顔に出ていた。
部員一同音楽が好きで集まったメンバーだ。学校の部活となれば、各大会に参加できたり、活動のサポートを受けられる。練習場所にも困らないし、メリットが大きい。それが無くなるなんて考えてもいなかった。
「よかった、部活でなくてもいいやなんて言われたらどうしようかと思っていましたので……」
安心から息を吐く。どうやら立花は恭弥達が部活はなくてもいいと思うとような子だと考えていたようだ。日頃の行いからはうかがい知れなかったが、部活に対して熱い思いを持っているのだとわかったので、経緯を説明していく。
「春からリニューアルした軽音楽部が作られて早三か月が経とうとしています。しかし、めぼしい活動成績もないうえ、過去の軽音楽部は問題だらけだったこともあって、廃部の方針となったようです……が」
あまりにも理不尽すぎる。そう思ったが、話は終わっていない。のどまで出かかった文句を恭弥は一度飲み込む。
「あくまでもこの話は軽音楽部が今のままであるならば、です。回避する方法がないかと、校長先生と教頭先生で協議した結果、一つだけ出ました」
胸をなでおろした立花はすかさず、述べていく。
「文化祭で誰もが納得のいくステージを披露すること。それだけです」
これが七月二十日、水曜日の出来事である。
過去にトラブルを起こし、廃部になって何年も経っていた軽音楽部を復活させたのは恭弥の尽力あってこそ。
プロのバンドマンだった父に憧れ、高校一年から設立に向けて駆けまわり、二年に進級して瑞樹が入学したことでやっと部活動の最低人員五人を満たして復活させた。それからまだ何か月も経っていない。いくらなんでも教師陣からの軽音楽部への冷遇が酷い。
それでも恭弥はある程度予測はしていた。
軽音楽部復活に向けて動いている際に、「どうせまたやらかすだろう」と散々教師に言われている。たとえ問題を起こさなくても、活動を停止させるようなことがあるだろうとは思っていた。それがまさか、こんなすぐになるとまでは予測できなかったが。
「あれ? 文化祭って確か九月の頭ぐらいのはずじゃ……えっと残りは……」
「ひと月半。夏休みに仕上げるしかない」
指折り瑞樹が数え、答えがでるよりも前に残りの期間を告げ、悠真は眼鏡の位置を正す。
「そうですね。その期間で皆さんは生徒だけでなく、先生たちも納得できるようなステージを作り上げなくてはなりません。ひと月半を長いと捕らえるか、短いと捕らえるか……解釈は異なるでしょうが、できる力を出し切って最高のステージを作りましょう」
頑張りましょう、と立花が拳を作り、大輝が「おー」と叫んだ。
恭弥にとって、軽音楽部もといバンドは大好きなものであって、生きがいでもある。そして、将来はプロとしてデビューを目標に掲げてきた。作曲から演奏、パフォーマンスまで恭弥には自信がある。だが、一人の技術があっても、ライブにしたらどうにもならない。今のメンバーが集まってからまだ二か月ほど。初心者もいる。やっと簡単な曲ができるようになってきたレベルの仲間と、最高のステージにするのは正直難しい。恭弥はそう考え、顔をしかめた。
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