ライブ準備のために
曲が完成してからは、練習に次ぐ練習。迫りくる文化祭に向けてそれしかやれることはない。
悠真と作った曲、そして急ぎ足で選曲して譜面に起こしたNoKの曲。
二つを並行して練習する。
やっていくうちにメンバーの意見を取り入れてアレンジが加わり、瑞樹と恭弥はコーラスとして加わるまでに変化した。
最初は何度も音がずれた。弾きながら歌うなんてやってこなかったから。それでも楽しくて。演奏するたびに音が体を震わせる。
でも、何かが足らない。最後のピースが欠けているようで、恭弥は時折首をかしげた。
「うん。上出来ではないでしょうか」
立花はいつも褒めるばかりだ。毎日の練習最後に見て聞いて貰っては、改善点を教えてくれる。その都度改善しており、立花からすれば仕上がりは問題ないほどのレベルに達している。
客観的に見ればそうなのかもしれない。でも足りない何かを埋めたい。
そう思いながら、文化祭が明日にまで迫ってきていた。
「いい? 僕たちがステージのトップバッター。だから準備にかける時間は考えなくていい。簡単な自己紹介を大輝がやっている間に、全員がスタンバイする。曲が終わったら、即座に撤収。僕たちが機材の電源を切るけど、撤収時に運ぶのは大輝が前にいた部活の人たちに協力してもらう……わかった?」
各部長に渡されたスケジュールが書かれた用紙を見ながら悠真がつらつらと説明する。開会式を始める前から機材を搬入し、準備しておく。だから他の生徒より早く登校しなければならない。遅刻常習犯の恭弥にとっては、何よりも難しいことだった。
「オッケー! ちゃんとみんなに連絡しておいた! そしたら、やってくれるってよ! 時間も伝えといたぜ」
親指を立ててキメ顔をする大輝は、ウキウキとした顔で、声までもが弾んでいる。
「あー、うん。よろしく。で、明日の集合時間は機材のセッティングをしなきゃだから、朝の七時半に物理室集合で。そこから機材を運んで先に準備をしておく。そのあと朝のホームルームが終わったらすぐに体育館袖に集合」
相変わらず大輝を適当に扱う悠真は、そのまま続けた。
明日が初めての勝負所。ここで誰しもが納得できるステージにしなければならない。
恭弥には自信はあるが、同時に不安もある。
何かが足らない気がしていること、ここで最高なステージにすることができなければ、軽音楽部がなくなるということ。
それが不安材料になっていた。果たして自分たちで作り上げた音楽で、そんなことができるののだろうか。
演奏し始めたとき、みんながぽかんとした顔をしていたらどうするか。
考えれば考えるほどに不安は大きくなっていく。
「大丈夫だよ。僕たちなら」
不安が顔に出てたのかもしれない。
隣で瑞樹がニッコリと、いつもの笑顔を向ける。その言葉に、優しさに毎回支えられていた。
初めに支えて貰ったのは、恭弥の父・
絶望に満ち、恭弥は音楽から離れようとしたときもある。幼なじみの瑞樹は、ずっと恭弥の心に寄り添った。本当は音楽が好きでたまらない恭弥の気持ちを受け止め、共感し、共に歩いて支えて。今の恭弥がいるのは、瑞樹がいたからである。
誰よりも信頼を寄せる彼の言葉は、恭弥の曇った空に太陽を連れてくる。
「そうだな」
瑞樹が言うのであれば大丈夫。瑞樹がいれば大丈夫。一人じゃないのだから、やれる。
必ず、全員が納得できるような、最高の音楽をやってやる。
柔らかい顔を作りながらも強く拳をにぎり、文化祭当日を迎えた。
☆
文化祭当日。七時三十分。
約束していた時刻、約束していた場所。そこに集まったのは――四人。
「おっせえな……瑞樹のやつ。あいつが連絡もなしに遅れるなんて考えられねえけど……」
いくら時間が過ぎても、瑞樹が来る気配がない。何度もメッセージを送ってみたが返事は返ってこなかった。
「時間だ。もう待てないよ。とりあえず、機材の準備しないと。僕たちが準備している間に来るかもしれないし」
朝のホームルームは八時半から。それまでに部室棟にしまってある機材を体育館へ運ばなければならない。
壁面の時計を見て、悠真は立ち上がる。
「そうだな、わかった。瑞樹にも連絡しとく」
瑞樹は一体何をしてるんだか。遅れるなら連絡してくれればいいのに。
一言簡単なメッセージを送り、四人で準備を始めた。
機材を運び始めて三十分ほど。一般生徒が次々と登校し始める。
来客受付をするテントや「第72回羽宮祭」と書かれた手作りのアーチが置かれ、にぎやかになった校門からやって来る生徒。その生徒たちが、大きな声で話していたので、嫌でも内容が耳に入って来る。
「なんかさ、けーおんがライブやるって聞いた?」
「そうなん? 知らなかったよ。というか、軽音部ってあれでしょ、野崎の……」
二人組の女子生徒が朝から元気よく話を弾ませている。その中に自分の名前が出てきた恭弥は、一瞬手を止める。
「どうせしらけた感じになるっしょ。あの人好きじゃないって言う人多いだろうしさ。見た目だけだもんね」
「わかるー」
バンドメンバー以外に友人はおらず、加えて音楽にしか興味を示さない恭弥は学校で浮いている。それを本人は自覚していたものの、改めて言われるとチクリと胸が痛んだ。
「気にすんなよ。ああいう人達の見方を変えてやりゃいい」
ドラムを運んでいた鋼太郎も話を聞いていた。
恭弥を追い越しざまに言った言葉が、恭弥を動かす。
「頼りにしてっぞ」
「お互いにな」
目で決意を互いに固めあった。
それから何度も往復して機材を運んでいると、さらに登校する生徒たちが増えていく。
やけに短いスカートをはいた女子生徒と、明るめな髪の男子生徒がまったりと登校してきた。
「やばくなかった? 車がぴしゃんって」
「朝の事故っしょ? 学校近くだったらしいじゃん。怪我した人がいるとかなんとかって」
「そうそう。んでその人なんだけど……」
恭弥は運びながらも、機材の設置について指示を出すと、どんどん声が大きくなり話がハッキリと聞こえてきた。
「巻き込まれた人って、うちの学校の一年らしいよ。ほら、例の可愛い系の……えっと作間、瑞樹だっけ?」
心臓が止まったように、恭弥は動きを止める。
車。事故。
その言葉だけで、恭弥の頭には、父が亡くなった事故が浮かぶ。
信じたくない。あくまで噂だ。だから何度も首を振って、嫌な思考を振り払う。
「た、大変です……!」
朝から騒がしいのは生徒だけではない。
珍しく白衣を着ていない立花が、息を切らしながら機材を運ぶ彼らの元へやってきた。
「あれ、せんせー。おはざーす」
「お、おはようございますっ……ってそれどころじゃないんです! 作間くんが……作間くんが事故に巻き込まれて、病院に運ばれたようですっ!」
心臓が強く大きな音を立てた。それなのに全身からサッと血の気が引いていく。
(瑞樹が事故に? 病院に?それって親父と一緒じゃないか。親父は車同士の事故にあって、それで……ってことは、瑞樹も?俺はまた大切な人を――……)
「はっはっ……はぁっ……」
恭弥の呼吸が荒くなっていく。うまく息を吸うことができず、胸を押さえる。肩を上下にさせつつ、震える体を自分で抱き締める。
今までどうやって息をしていたのかわからない。体が、頭が酸素を求めているのに、やり方がわからない。
脂汗が体からにじみ出てくる。
「おいっ! 大丈夫か!?」
鋼太郎が呼びかけるものの、恭弥は体に力が入らなくなって、膝から崩れ落ちる。強く地面に体をぶつけても、その痛みより息苦しさが辛い。胸を押さえて体を丸くする。
「っ、あ……はっ……」
息を吸っているのに、吸えていない。ちゃんと目を開けているはずなのに、視界がぼやけてきていた。
慌てて駆け寄り、体を揺さぶる大輝が何度も「キョウちゃん」と呼ぶ。でも、声を出すことも、その顔を見ることもない。
苦しむ姿に全員が寄り添って声をかけるしか出来ない。
次第に恭弥は短く浅い呼吸のまま、瞼を開いていられなくなってきた。
そしてそのまま意識は暗闇に落ちていった。
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