最終話 事件の決着

「あんなナイフ、よく持っていたわね」


 エイプリルはフラフラと立ち上がり、ジェームズに近づいた。


「昔、貰ったんだ。百年くらい前だったかな」


 ジェームズは右手をふーふーと冷ましながら言った。

 その手は火傷後の様に水ぶくれができている。


「あなた、吸血鬼なの? それとも、ジェームズ・アーカーなの?」


 訝しみながら尋ねるエイプリルに、ジェームズは笑った。


「まさしく、俺は吸血鬼で、そしてジェームズ・アーカーでもある。架空の戸籍を売ってる奴がいるんだぜ」


 そして頭をぽりぽりとかくと言った。


「俺くらい長く生きてると、生活にハリが欲しくなるのさ。刑事は刺激的で天職だと思ったが今日で終いだ。犯人の上に死んだ事にされちまったしな」


「足の怪我は?」


「言ったろ、ぼーっと歩いてたら、犬に噛まれたんだ」


 彼はズボンをめくると、くっきりと動物の歯型がついている足を見せた。しかし怪我は治りかけている。


「あのジュースは? 人間の血でしょ?」


「協力者がいるんだよ、可能な範囲で、提供してもらってる」


 熟成させると上手いんだ。とジェームズが言う。


「マントは? 帽子は? 仮面は? あなたの部屋にあったわ」


「知らないが、ポールが俺の部屋に置いたんじゃないのか?」


「ポールが言ってたあの方って、なんなの?」


「さあな、俺も知らない。ただ、吸血鬼にも色々な考えを持ってる奴がいるんだ。仲間を増やして、人間を襲ったりする奴とかな」


「あなたは、人間を襲ったりしないの?」



 ◆



 エイプリルの問いに、ジェームズは少し考えた。


 三百年くらい前は、そんな事をしていた様な気がするが、しかしそれをエクソシストに馬鹿正直に答える義務はないだろう。

 それに、今は本当に襲っていないのだ。ほぼ無罪と言っていい。


「今はほら、生物なんとか性って時代だろ?」


「生物多様性?」


「そう! 生物多様性だからな。俺たちも人間の多様性を守っているんだ」


 わかる様なわからない様な事を言うジェームズだったが、エイプリルは一応は納得した様だった。


 しかし、


「ヴィシー! 縛り上げて!!」


「なっ……!?」


 ヴィシーはたちまち体を紐状に伸ばし、ジェームズを縛り上げる。


「何するんだ!」


 引き千切っても良いが、またエイプリルの逆鱗に触れると厄介だ。

 ひとまずジェームズはおとなしく縛られておく。


「あなたは一応、善良な吸血鬼かもしれないわ。でも、ずっとそうだと言えるのかしら?」


 エイプリルはジェームズの目を見つめている。

 その頬は、なぜか少し赤い。


「それに、刺激が欲しいんでしょう? それに、私があなたを見張る事で、あなたが善良だと証明できるわ」


 ジェームズは彼女が何を言おうとしているのか、まだわからない。

 しかしヴィシーは大層面白そうに笑っている。


「あなた、エクソシストになって、私とコンビを組みましょう」


 今やエイプリルの顔は真っ赤だった。


 先ほどの自分を守ってくれたジェームズを思い出し、なぜか心臓はドキドキと早く脈打っている。

 その意味を、彼女はまだ知らない。


 ジェームズが口を開けたまま声を出せないでいると、エイプリルが再び言った。


「私、男の人に首筋を噛まれたのって初めて」


 堪えきれなかったらしいヴィシーの高笑いが、ポカンと口を開けることしかできないジェームズの耳に、いつまでも響いていた。


〈おしまい〉

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APRIL in the DARK さくたろう @2525saku

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