一ページの一幕
林きつね
一ページの一幕
「おいおいおいお前なにやってんだよ」
「え、なにが?」
衣笠は隣で棚の整理をしている友人の中口に声をかける。
中口は駅構内にあるチェーン書店でバイトをしており、暇を持て余した衣笠は少しでもの時間潰しになればと、こうして友人が働いている所へちょっかいをかけにきたというわけだ。
「いや、なにがじゃねえよ。なんだよこの並べ方」
しかし怪訝な顔をしている衣笠は、なにも友人に仕事ぶりにちょっかいで口出しをしたわけではない。
その奇怪な光景に純粋に困惑したのだ。その彼が指さす本棚の中段には同じ題名の漫画がずらりと並んでいる。
「いやおかしいだろ。なに? 綺麗に並べ直すのがお前の今の仕事じゃないの?」
「? そうだよ。だからこうして――あ、そういうことか」
合点が中口はポンと手を打つ。彼が今並べていた漫画、『ヘル&ヘヴン・ファンタジー』にはある特徴がある。
「これはこれでいいんだよ」
「いいわけねえだろ。なんで1巻の次が13巻なんだよ。でその次が5、9、21、B、11……Bってなんだよ?!」
『ヘル&ヘヴン・ファンタジー』は漫画を読む人間なら読んでなくとも名は聞いた事あるであうというほどの人気作だ。
少なくとも中口はそう思っている。しかし、衣笠走らない。
その類を一切読まないのだなと、目の前の友人の無知具合に軽くため息を吐いて説明を始めた。
「それが、前山後川先生のまあ作品の特徴なんだよ。バラバラ時系列の穴を埋めるように話が展開していってな、確かに数字通りに並べると時系列は繋がるけど、発売順はこれでいいんだよ。面白いぞ〜。このやり方で正解! って言えるような完璧な構成がさあ」
「あー、そういう長い話はいいいい。よくわかんねえし、お前がいいならいいや。………どんな話なの?」
「おっ、やっぱり興味あるんじゃないか。まぁざっくり言うと天国と地獄の両方を自由に行き来できる能力を得た主人公が、その二つの世界を縦横無尽に駆け回って起こる問題の数々を解決する……って話だな」
「へえ、ワンピースと似たようなもんか」
「全然違う! お前知らないなら勝手なことを言うな」
肩をすくめて、衣笠は中口から視線を外す。それを受けて、中口も自分の仕事に戻った。
とくにこれ以上やることもなく、そろそろ帰ろうかとも思った衣笠だが、ふと中口の手際が気になり、しばらく凝視する。
数字とアルファベットがバラバラに入り乱れたその作品を、一切迷うことなく棚に並べている。
「すごいもんだなあ……」
「ん?」
関心のあまり口から盛れた言葉が、そのまま中口の耳に入ったようで、そのまま衣笠は続ける。
「いやさ、こんだけめちゃくちゃなのを迷わず並べるってすごいと思ってさ。全部覚えてるってことだろ?」
その素直な賞賛に、中口の手が止まる。顔のニヤケを隠そうと口元に手を持っていくが、ニヤケは収まらない。
少し気恥しそうに中口は本棚に体を向ける。
「……それが、プロだからな」
「ほえ〜」
「少しでもお客様に手に取って貰えるように、正しく並べる。それが多少複雑であっても、完璧にこなす。当たり前のことだよ。お前もまともに仕事をするようになればわかるさ」
「はあ〜でもお前バイトじゃん」
「いいだろ別に!」
「あと働き始めたの一昨日からじゃん」
「いいだろ別に!」
「お前ただこの漫画好きなだけだろ」
「そうだよ大好きだよいいだろ別に!」
指を差し合いながら言い合う二人を、怪訝な顔をした親子が通り過ぎていく。
見開き一ページにも満たない、くだらない一幕。
「ベラベラ語りやがって! 仕事しろ!」
「してただろうが! お前は仕事探せ!」
一ページの一幕 林きつね @kitanaimtona
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