閑話 不殺の形 中
__よってここからは炎家の代表としてお前の挑発を受ける」
真が死体の山に刺さっていた刀を抜いた。それを皮切りに親衛隊の人達も此方に歩いて向かってきた。彼も取り返しのつかない状況を理解したのか、苦虫を噛み潰したかのような表情で刀に手をかける。増援の死縷々士も抜刀した。
真は金等級の最上位に位置し、昇進の話も良く聞く。対して和馬君は金等級になりたて。真に勝った事もあり私もその対決をこの目でみたが、それは真が妖術を使ってなかった。
さらにその対決からは一年過ぎている。和馬君も異例の速度で成長してるが、勝てるかどうかは分からなかった。
真は死体の山を降りながら手を
真が妖術を使った、それは開戦の合図。こちらが待ったを掛けても真とその親衛隊は待ってはくれないだろう。私は抜刀して迎撃の構えを取る。
せめて支部からの応援が来るまで時間を稼がなければならない。
親衛隊員と睨み合って間合いを取りながら牽制する。対面する相手は薙刀を構えていた。相手の武器がが長物なら不用意に間合いを詰めるのは愚策だ。相手の立ち姿から実力は私より上であることは分かる。
なら武術で勝負するよりも妖術で勝負する方が
私は袖から複雑な
「お願いします、《
そう唱えると札が燃え、私の左右を挟むように二つの
徐々に小刻みに震えだしカタカタという音をたてながら髑髏は笑う。
「《
札は空中を舞ううちに白骨へと姿を変えて地面に落下する。
地面にガラガラと落ちた骨は数秒の後に組み立てられ、骸の式神が完成した。
《空骸》はせいぜいD級ぐらいだが、妖気コストが安い。弱いが完全に無視できるほどではないので多少意識は割かねばならない。費用対効果がそれなりに大きい方法だった。
追い討ちに左の髑髏が巨大化しながら顎を開き口の中に《霊扉》を顕現した。《霊扉》は無作為にC級以上の式神を呼び出す。
黒く塗りつぶされたような口の中から白骨の武者が出てきた。妖気量からしてC級、武者という元来の強さを加味すればB級の式神だろう。
面頬の間からはそこには無い眼で目の前の敵を見据える。
親衛隊員も他とは違う気配を感じ、武者に切先を向ける。武者は既に得物を抜いて上段の構えを取っていた。
これで時間は稼げる、他の仲間は……、応援にきた三人はそれぞれ親衛隊と打ち合っている。
和馬君は……
真と斬り合っていた。どちらも通常の身体強化に特殊な身体強化を
特に手元など残像しか残らぬほどだった。金等級同士の模擬戦も凄いがこの二人はレベルが違った。なぜ二人とも白金級でないのだろう。
そんな事を考えてると視界の端に親衛隊員の一人が向かって来るのが見える。悠長に眺めてはいられない、まずこの状況を打開しなきゃ。
私は《空骸》をさらに顕現する。圧倒的人数差だ、手数の多い自分が時間を稼ぐ。そう思いながら私は迫り来る親衛隊員に無数の暗器を投げた。
◇◆◇◆
(なんでこんな状況になってるんだよ。)
最初は普通に後からきた公安の死縷々士に事後処理のため報告するだけのつもりだった。それが
なんなのだこいつは、話が通じない。最早ここまで来ると価値観の相違以前に脳の構造が根本的に違う気がしてきた。
数合打ち合った後に鍔迫り合いで押し戻す。
対して
髪をかきあげながら、舌打つ。
名嘉日和馬は素で強い。癪に
瞬時に肉迫して来た和馬を刀を使い右に流す。
「他の事考えてる暇あんのかよ!」
しかし剣術は打ち合った感じでは、俺のほうが優勢。流石にここでは譲れなかった。
徐々に打ち合う間隔が狭まる。
__速く、疾く、迅く
端から観れば火花と鋼のぶつかり合う音が響くだけで、刀など握っていないように思えるだろう。だが俺とこいつの間には幾重の剣筋がお互いに向かう。
俺は剣筋を目で追えるが、コイツは追えていないだろう。見るからに後手で防ぐのに精一杯だ。
右斜め下から滑るように来る刃先を手際よく捌きながら、相手の次手を読み取る。こいつの目線は俺の刀を追いかけてる。俺自身を見てる暇は無いようだ。
(俺はこんな奴に負けたのか……、本当に不甲斐ない……!)
こんな未熟な相手に敗けたなど、笑い者以外での何者でもない。
歯軋りをしながら、無駄を減らして刀を受けの手から攻めの手として、一歩踏み込み全力の速度と剛力で相手の頭に振り下ろす。
相手からしたら俺の胴はがら空き、手の立てようは幾らでもあるだろう。
(ほら、心の臓を剥き出しにしたぞ)
しかし相手は命欲しさに上段で俺の刀を受けた、阿呆が。
主人公気取りは刀を受けて顔を苦痛に歪めた。
こいつは刀の柄が両手で握られて無いことにいつ気付いただろうか。
右手で振り下ろされた刀は相手の両手を空中で固定し、空いた左手は目の前の鳩尾を穿った。
「がはっ」
思わず息を吐き出し刀を落とす相手を無視し、既に刀を放した右手で顎を撃ち抜き脳を揺らす。瞳孔が揺れる、最早それらしい反撃もできまい。
撃ち抜いた右手で相手の右腕を掴み、よろめく身体を無理矢理立たせて再度貫手を三発見舞う。
名嘉日和馬は白目を剥き、しがみついていた俺の身体をずるずると降りていった。戦いが決着し、溜め息を吐く。
こいつに勝ったのは力の差ではなく経験の差だ、相手の命と自分の命を天秤に掛け、あまつさえ判断が濁った。
主人公のような才能を持っていてもそこに見合う熟練がなければ猫に小判、宝の持ち腐れだ。そうした妖術とは何ら関係の無い部分が勝敗を分けた。
(雪辱は果たした、それ以上は望むまい。)
振り返れば莉子以外の公安は投降した。莉子のみが
「うそでしょ……」
突然のことに呆ける莉子を尻目に手の空いてる部下に指示を出す。
「アイツ以外は拘束しなくて良い、アイツは縛っとけ。それが終わり次第負傷した者と一緒に戻れ、俺は事後処理がある」
「分かりました」
部下が下がったのを確認し、莉子に向き直る。
眼が合うと莉子はたじろいで、後ろへ一歩下がる。
「逃げるな、貴官にいくつか聞きたい事がある」
「……こ、来ないで」
黙っていた莉子は俺が一歩踏み出すと、怯えながら明確に拒絶の意思を示した。構わずに足を踏み出しズカズカと進んでいく。
莉子も一歩ずつ後退っていくが足下の瓦礫に気付かず
「貴官ら第二十二小隊が長野の禁足地でA級異導具と鬼怪行文の一頁を回収したことは分かってる。それは長野担当の須野家が判断しただけだ、天賀家全体の裁定ではない。
すぐに元の場所に返還するなら″四善会議″に報告するつもりはない、だか反応が芳しくなかったら
(さあ、相手はどう出るか)
前々から怪しい動きをしているのを確認していた。
ここで素直に渡してくるなら良し、反抗するなら四善大家が集まる″四善会議″で問題にする。十中八九渡してこないとは思うが、それはそれで自分らが大義名分を得る。
(須野家め……面倒事を増やしてくれる)
同じ天賀家臣下として顔から火が出る思いだ。三位降格が丁度いい。
須野家の不手際に舌打つと、莉子が自分のことと勘違いしたのか身を震わせながら口を開いた。
「わ、私はそんな事知らないし、知ってたとしても言える階級じゃない……」
口振りからして言ったようなものだが言質が取れない以上大した理由にならない。
「貴官には聞いていない、俺が聞きたいのはそのイヤホンの奥でふんぞり返っているお前だ」
そう、俺の相手は莉子ではなく、支部の管制室の人間だ。一定の権限を持つ人間、それこそ独断で決断できるような。
交渉相手としては中の上といったところか。
少しの間を置き、イヤホンから男の声が聞こえる。
『今指揮権を持っているのは私だ。我等は正当な手順を踏んで正当な手段で回収に臨んだ。正当な所有権を持つはずが、このような不当な要求を受けるなど不本意である』
「返すつもりはないと?」
『ない』
非常に端的な返答。
だが確かに須野家に接触したのは第二十二小隊ではなかった。
恐らく公安本部の奴らだろう、嘘を暴くには少し攻め手に欠ける。
「では名嘉日金等級隊員をこちらで預からせてもらう、彼の
『なっ!?』
あの家なら、もし知らされていたら何かしら介入をしてきただろう。
しかしここ最近あの家の関係者の長野に対する動きは見られなかった。
という事は公安の独断専行だろう。
そんなイレギュラーを見逃すほど四善大家は甘くない。
「須野家に金をかなり払ったのだろう?それを返金しよう。此方にも失態はあったからな、多少の色も付けてやる」
「………」
「最大限譲歩してるんだ、この場で返答してもらおうか」
公安がA級異導物と鬼怪行文を回収したとの報告を受けた時点で、何通りかの計画を立てた。この展開もその計画の一つ。
相手にとって損はなく、失敗という実績だけが残る。負い目のある公安はこれ以上のものは望めないだろう。提案に乗るしかない。
『……副隊長がそこに向かっている、しばしお待ちいただきたい』
「分かった、判断は彼奴に任せよう」
断れなかった時点でもう結末は決まっている、焦る必要もない。
そう思うと幾分か気持ちが楽になった。
会話を終え、再び莉子を見据える。
「マコト……あんた別人みたい」
「名前で呼ばれる筋合いはもう無い。お前は彼奴を選んだはずだ」
「それはあんたが……!?」
途中で莉子が言葉を失う。それより速く俺は異質な気配へ身体を身構えた。
「起きてきたか、もう少し休んでくれてもいいのにな」
その気配の主は名嘉日和馬だった。腕をだらんと垂らしてフラフラと立ち上がる、縛っていなかったのか。
口では余裕を見せたが、実際はそんな余裕はない。目の前の奴が垂れ流す異質な圧に気を緩める事は出来ない。
(アイツ、妖気がないだと?)
バカな、ならばこの圧はどこから来ている。気配だけでこんな芸当は出来ない。俺の眼に見えないナニカがここに働いている。俺の察知できないものが。
脳の片隅で警鐘が鳴る。
アイツを殺すべきだと。
将来俺だけでなく炎家に、もしかしたら天賀家にとっても害に成り得る。
そう思わせるだけの異質なモノが彼奴を中心に渦巻いていた。
「《
《闇篝》
それは炎家の名前の由来となった、開祖の奥義。
妖怪が蔓延る奈良時代、人間よりも
冥府に逃げ込んだ異形の王を仕留める為に開祖は帝に願い出た。
しかし冥府は一度入れば戻れる可能性は僅かも残らない穢れた地。
そこで帝は開祖に闇を燃やし尽くす天照大神の火の一欠片を渡した。
それ
それを手にして開祖は冥府に踏み込み、見事異形の王を討った。
しかし太陽の片鱗を扱えたのは開祖まで。次代以降は受け継げなかった。
子孫の未来を憂いた開祖は太陽の片鱗が無くとも妖怪を討てるよう術を編み出した。
それが《闇篝》である。
開祖のものとは遠く及ばないものの、奥義として成り立つほどの威力。
それを俺の手で現界させる。
闇を喰らう白い炎が刀身に纏い付く。同時に爆発的な妖気が身体から
異質な圧の主は未だ顔を下に向けたままである。
わざわざ相手の視界に入ってやる義理は無い。
脚に莫大な妖気を巡らせ、神速のごとき速さで接近する。
直前で跳び上がり刀を振り上げる。全ての膂力を
反撃の余地など残さない。
狙うは左の首筋から袈裟斬り、相手は無様に首を晒したままだ。
この一刀の元に終わらせる。
___自分の意志で、自分の判断で人の命を奪うのは初めてだ。
「殺す」とは自分の意志で殺意を持って命を奪うこと。
名嘉日和馬を今ここで殺すのは正しい選択なのか。
自分に殺せるのか。
殺生は時として善にもなり、悪にもなる。
見る者が違えば見え方も変化するだろう。殺しは純然たる悪ではない。
その過程で付加されるもので判断されるだけ。
なら只の殺生は
俺は責務を背負って殺める。正しさを以て命を刈り取る。
ならば自分のしているのは命を奪うのであって、「殺し」とは程遠いものだろう。
今まではそうして全ての殺生を炎家の義務として責任転嫁してきた。
命を直視しなかった。
命を刈り取る重さを履き違えた。
だからだろう、刀の鋭さが鈍った。
正しさを貫けない己を見放すように。
だからだろうか、目の前の主人公が輝いて見えるのも。
主人公は身をよじり急所を動かす。
刀は代わりに眼前に来た右腕を切り裂く。
だか相手を仕留めるには至らない。
下がろうとしたが、もう間に合わない。
主人公と目が合う。その両目には四つの瞳があった。
(
いつの間にか身体は動かなくなってしまった。岩のように固まったままだ。
神々しい妖気を纏った主人公はひどく緩慢な動作で型に入る。
まるで一つ一つ動きを確かめるように。
もっと前に「殺し」を直視していれば、もっと前に「殺し」をしていれば。
こんな唾棄すべき漫画のような逆転劇は、結末はなかっただろう。
重い掌底が衝撃と共に腹に響く。
__ドパンッ
身体の中から水風船が割れるような音が骨を伝って聞こえる。
まだ来ない痛みより先に来た違和感から推測すれば、胃とその周りの内臓、そして肺が破裂した気がする。
眼と耳、口から熱いものが垂れる。しかし身体は立ち尽くしたまま。
遅れて来た絶叫するほどの激痛を喘ぐ間もなく二回目の衝撃が身体を穿つ。
__メリリッ ゴキャッ
木の枝を限界までしならせ折ったような音が辺りに響く。
背中を貫通したのか、後ろから生暖かい感覚が下へ流れていく。
貫手を腹から引き抜かれ、穴が泥のように血を吐き出す。
大事な物が流れ落ちていく気がする、もう生を拾う事は叶わぬだろう。
主人公は前に倒れゆく俺の身体を、髪を引っ張り無理矢理膝で立たせる。
発勁の為に俺の心臓部分に指を当てられる。
「最後に言い残す事はあるか?」
嗚呼、苛立つ。そんな質問をして自分は神だとでも思っているのか。
第一自分が肺を潰したんだろうが、忘れやがって。
視界の端に紺の隊服を着た者が鬼神のような表情で向かってくる姿が映る。
俺は
『イタイ野郎』
自尊心の高い奴は発狂するだろうな、捨て台詞として最高だ。
直後三度目の衝撃が胸を貫いた。
異形使いの俺は影で主人公を眺める YODAY @YODa999
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