閑話 不殺の形 上 莉子視点
これは真が奈落に落ちる数日前、まだ異形を殺してはいなかった頃。
それは放課後の帰り道の事だった。いつも通り学校が終わり帰路へつく。
隣には和馬がいた。
和馬君は最近私の家まで送ってくれる。私は遠慮したが、和馬はそれでも着いてきた。始めは鬱陶しいと思っていたが、昔の真の姿と重なって断れなかった。和馬は顔が真と瓜二つという訳ではないが、雰囲気が昔の真と異様に似ている。
どこか抜けてるところも、笑うとえくぼができるところも、周囲を惹き付けるようなところも。
見れば見るほど同一人物ではないかと疑うほどに。
対して真は別人のように雰囲気が変わっていた。
両親の一件以来、抜けてると思うことが少なくなった。
どこか見透かしたような眼、存在感はすごいのに常に冷静沈着な印象、同じ高校生のはずなのにいざ対面すると
私は真の変わり様を受け入れることができなかった。私を置き去りにして自分だけ前に進んでいったようで。
そしてあの暴力事件での一件以来私は避けるようになった。
真は何も言わなかった。多分呆れたのだろう、私の気の弱さと楽な方へ逃げたことに。
支えると豪語しておきながら自ら離れていく口だけだった私。彼の眼にはどうしようもなく浅ましく映っただろう、我ながらあまりにも救いようが無い。
だけどあの眼で見られるのは辛すぎる。彼と対等だと思っていたが、あの眼には信頼の色など無かった。いつか私もあの男子のように殴られるのではないかという不安を背負うことができなかった。
私はいつまで子供のままなんだろう。
結局ずっと彼に守られていた。
それに気付いたのは彼が隣にいなくなってから。
「莉子ちゃんどうした?顔が暗いよ」
その声に意識が戻され、顔を上げ和馬君の眼を見る。ホントに真にそっくり。
「ううん、なんでもない」
「そう……なら別に言うこと無いけど」
私と和馬君の間に沈黙が流れたまま、歩き続ける。耐えきれずに和馬君が口を開こうとした瞬間にスマホが小刻みに四回振動した。和馬君も表情を固くする。あっちにも来たようだ。
(四回振動、緊急指令の合図)
私は支給された小型のイヤホンを取り出し耳につける。
接続を確認すると私は管制室に向け声を出す。
「銀等級 雨宮莉子、金等級
近くに他の死縷々士がいるなら一人が話すのが鉄則。全員が報告するなど時間の無駄だ。
数秒後、男の人の声がイヤホンから聞こえる。
『両名の待機把握、これより指令権は本官に移る。場所を送った、移動しながら確認しろ。』
私はスマホを出して送られた位置情報を確認する。
この場所から僅か5km弱、すぐそこだ。
『異形災害レベルはC……だがB寄りのだ。
規模は100体、内訳 B+一体B二十体C三十体他DE、他の隊員も向かわせる。最優先事項民間人の安全確保、次項災害処理、以上』
「復唱します、災害レベル……
……以上、任務内容把握、
走りながら会話を終了する。身体強化の術を使いかなりの速さで向かう。
かなりの規模だ。死人が出るのはもう防げないだろう。
全てを救うには力が足りない。
私は下唇を噛みながら現場に向かった。
◇◆◇◆
「死縷々特務機関です、通して下さい」
現場付近では警察が半径400mを境に一般人が入れないよう道に立ち塞がっていた。通りかかった人々はカメラを片手に近寄る。
本来撮影は機密情報の漏洩防止の為禁止だが、どれだけSNSから消しても無くならない。そこは警察に任せることにして、目の前の警察官に告げながら
「中に住民は?」
目の前の警察官に問うと予想外の返答がきた。
「はっ、中は既に死縷々士の方が対処してくださり、住民の避難は全て完了しました。」
その答えに違和感を覚える。先程管制官は『これより指揮権は本官に移る』と言った。ならば最初に一番現場に近い私達に命令を下したはずだ。なのにもう死縷々士が中にいる。
という事は死縷々特務隊員以外の死縷々士。しかもかなり凄腕の。
現場の方を見れば"世界の亀裂"が消え始めてる。既に全滅させたのだろう。
脅威が無くなったので肩の荷が降りたがその死縷々士に会わなくては。
こちらも報告する義務があるし、突発的な災害処理なら死縷々特務機関を挟んだ方が事後処理もスムーズに進む。
「なんだ、もう終わったのか」
和馬君が頭を掻きながら緊張を解く。少し残念そうだがそんなのどうでもいいのだ、犠牲者がいないに越したことはない。
私達は現場の死縷々士に会う為にそのまま向かった。
◇◆◇◆
現場に着くと異形の死体が山のように積まれていた。高さは4m近くある。
見たところB,C,その他諸々の異形が乱雑に折り重なっていた。
その上で誰かが背を向けて煙草を吸っていた。
私の心臓は早鐘を打つ、まさか彼だとは思わなかった。あの後ろ姿、私が見間違えるはずの無い背中。
「し、死縷々特務隊第二小隊員 銀等級雨宮莉子、同じく金等級名嘉日和馬。
貴方がこれを対処したのですか。
「……ああ」
その人は身体を半回転させてこちらを向いた。それは紛れもなく幼馴染であり炎家の嫡男、顔立ちの整った男、真だった。
日ノ本には妖術を
上位から、″最上″の
四善大家は日ノ本を代表する家であり、その絶対性から天皇への謁見を許されている数少ない特権階級。
四善大家は他と大きく差を離して烏家、僅差で三路家、裂原家、そして下に天賀家となっている。
天賀家の宗家は他の家と比べて血筋以外秀でたものが無い。しかしそれでも四善大家に入る事ができるのは家臣筆頭である炎家の力だ。炎家は裂原家に次ぐ兵力と大戦で興した独自の
そんな家の嫡男が目の前にいる。幼馴染ともいえど
真は煙草を唇に
「そう畏まるなよ、敬語など使わないでくれ。調子が狂う」
「では、君がこの異形を処理したのか?一人で?」
なぜか和馬君が私と真の間を塞ぐように身体を挟み、真に問い掛ける。流石に私に対して言ったことだと思うけど……。
失礼な態度に近くにいた死縷々士が和馬君を睨む。しかし真はそんな彼の態度を見ても表情を変えずに答える。
「いや、俺の家の者も対処した。経験積みも兼ねてな」
周りを見れば紺の隊服を着てる人が10人程いる。炎家の親衛隊か〈鬼火衆〉の人間だろう。炎家の親衛隊はある理由で女性の割合が高い。今いる10人も全て女性だった。どうやら今回連れて来たのは実践経験の少ない新参の者に場数を踏ませる為に連れてきたらしい。
「死傷者は?」
「民間は0、うちのが重軽傷一名ずつ出た」
「その人は?」
真は無言で煙草を取り出しながら左を指差した、見ると一人の死縷々士が数人に手当てされてる。よく見ればその人の右肘から下が無かった。
思わず顔を背け、再び彼に視線を戻すと、彼の口から紫煙がこぼれ出ていた。
「別に君が気に病むことじゃない、
「…だとしても女性があんな重傷を負うほど戦わせるなんてあり得ない、彼女の頬の腫れは何だ。まさかお前がやったわけじゃないよな?」
後ろの彼がまた口を挟んだ。
何を言っているのだ彼は。私は眉を
「?なんでそんなことを聞くんだ?」
それは言外にあの女死縷々士の頬の腫れの原因が真であることを指していた。
和馬君は身体を震わせながら刀に手をかける。
「
あ、まずい。
次期当主の真を侮辱することは炎家を侮辱することに直結する。それを他の人間が黙ってるはずがない。
その瞬間隣の気配が揺らぐ。見れば一人の死縷々士が和真君に肉薄し、右手で彼の腰に差した刀を抜刀できないように抑えながら左の拳で彼の鳩尾を打ち抜く。彼は顔を苦痛で歪ませながらも、刀に置かれた手首を掴み、鳩尾に膝を入れた。
完全に入ったように見えた。しかしその死縷々士は予め妖気で守っていたのか、動じずに片足で立つ彼の足を屈みながら一回転し払う。唯一の支えが無くなった彼は後ろに倒れながら、自分に何が起きたかも理解できぬ間に顔に拳が近づく、それには殺意を明確に表す妖気が込められていた。
流石に止めないとやばい。
彼はあんな言動をしたがそれは正義感だけでなく炎家と対等だと勘違いした油断も招いた結果だろう。彼の後ろ楯もまた四善大家の一つだ。ここで彼が死ねばあちら側も黙っていないだろう。そうなれば天賀家も動き、日本の死縷々士が二分される。今ここで家の名を懸けてでも止めないと。
「やめ「そこまで」…て」
私の声に真の声が被さる。声を張り上げるつもりが声が被ったせいで勢いを失った。
「控えろ、澪子」
死縷々士が拳を和馬君の顔まで残り一寸ほどで止め、先程までの苛烈な殺気を消し、真の
無表情を携えながら粛々と歩み戻っていく。
その余りに丁寧な動きに見惚れてしまった。
(綺麗……)
その死縷々士は大和撫子という言葉が似合う美人だった。長く手入れのされた黒髪、薄い桃色の唇、透き通った黒い眼、女性なら誰でも憧れてしまうような肢体。秀麗であり、所作も手本のような動きをする。
後ろへ下がっていく死縷々士の横顔を盗み見しながら妄想する。
私にもあんな身体があれば……
真はああいういかにも姫君のような人が好みなのだろうか。
(……!いけないいけない)
何を考えているのだ私は
今は任務中、私情など
当人である真はそんな事も知らずに怪訝そうに和馬君を凝視してる。
「
真が不思議そうに言った。
和馬君は真を睨みながら話す。
「そのままの意味だが、それ以上もそれ以下もない」
「?でもお前も
「……っ!……殴り掛かってくる敵は敵だ、そこに性別は関係無い」
彼は苦し紛れのように顔を歪めながら言う。
「??
「言わせておけば……俺とお前の場合を一緒にするな!お前は仲間であり守るべき女性の頬を張っただろう!」
彼は烈火の
つまりこれは和馬君が炎家に宣戦布告したのと同意義だろう。
周りの親衛隊は既に武器を抜いている。真自身も不快そうな顔をしていた。
「俺が頬を張ったのは女である前に俺の部下だ。実戦に二度はない、致命的なミスをしたなら叱るに決まっている。それが自身を、
「それは机上の空論だ!可能性でしかないのにそれを論に出すな!」
応援の死縷々士も来た。真の姿を見て一礼しようとするが、この異変に気がつき応戦態勢に入った。
「そうだな、そこは俺に非がある。だがお前の価値観は歪んでいるぞ。男女平等を謳う今の日本社会に相応しくないものだ。何よりお前は主語がでか
この世界はお前だけのものじゃない、履き違えるなよ、
さて、お前は礼を失し過ぎている。少しなら目をつぶったがこれは流石に看過できない。よってここからは炎家の代表としてお前の挑発を受ける」
真がわざわざ"炎家の代表"と名乗って挑発を受けた。それは死縷々特務機関の第二十二小隊と全面的に敵対することを意味する。
真がここまで名言した以上、衝突の回避は不可能だった。
(私は……、私はどうしたらいいの……?)
一隊員の和馬君が喧嘩を売る形で真が炎家としてそれを買った。
私は幼馴染として仲裁に入るべきか、それとも死縷々特務隊員として一緒に戦うか。支部には連絡したが、間に合うか分からない。
ここで仲裁に入っても恐らく
普通ならば喧嘩を売った彼の自業自得、同じ隊員といえど大人しく引き渡すのが一番だろう。しかし、彼の背後には四善大家の存在がある。
この先の死縷々士の社会を考えればその選択はできなかった。
しかも死縷々特務隊の原則は「仲間の窮地は自分の窮地、窮地ならば助けよ」という、一見素晴らしいものだがこういう時に融通が利かない。
何より真の隣にいる勇気が無かった者に、規則を破る勇気など無かった。
私は下唇を噛みながら真の表情を見る。真は私を
馬鹿な私には落とし所など分からない。
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本当は一話にまとめるはずだったのですが思ったより文字数が多く二話に分割する形となりました。
あと、死縷々士は妖術を使い臣民を庇護する術士の総称です。
他の死縷々士と死縷々特務隊の区別がつかないので死縷々特務機関は″特関″と
、死縷々特務機関の死縷々士は今後「公安の死縷々士」「公安」と称させていただきます。
また後々世界線の解説を解説話か後書きでしたいと思ってます。
誤字脱字の報告や分からないことはコメントで、
今後ともこの作品を何卒宜しくお願いしますm(_ _)m
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