17話 根性
__遡ること数日前、真はウプア達とは別れアヌビスと一緒に行動していた。
「なあ、今どこに向かっているんだ?」
今は黒狼でアヌビスが案内する先に移動している道中だ。
本来はウプア達と一緒にタルタロスを迎え撃つはずだったがアビヌスが「先にやるべきことがある」というので同行している。
「……お主、前に話した《深淵の神》を殺す手筈は覚えておるな?」
「ああ、《竜》をタルタロスにぶつけるんだろ?」
《竜》はアヌビスを除き俺が最初に顕現した異形だ。まあ、竜とは名ばかりの鮫のような姿をしており、共通しているのは
《竜》は俺の手持ちの異形の中で最も破壊力が高い。数千の異形を喰らい、妖気を貯めた《竜》はS級の異形でも構わず襲い、瞬殺できるまでとなった。
先の《タイタン族》との戦いでもA+級の《
そんな《竜》を使うのならば、最低でもタルタロスの持つ神気の半分は削ぐことができるはずだった。
「問題はその後だ。お主にタルタロスの残り半分を削り切れるとは思わん。あらゆる手を尽くしても二割ほどであろう。」
__そんなにか。
俺は前を向きながら舌打ちを打つ。予想していたがそこまで差があるとは。
奈落に来てから色々な面で半ば強制的に肉体は改造され、妖気内包量、出力、技量のどれもが飛躍的に上昇した。しかしアヌビスが叶わぬというのならそれは真実なのであろう。
「ならこれから残りの三割を補う為にどこかに向かっているわけたな。」
「ああ、そうだ。これからお前には訓練を受けてもらう。お前の技は荒削り過ぎるからな。」
「?そうは言っても何か出来ることはもう教わったが?」
それはそうだ。今さら訓練なんてもう時期が遅い。第一アヌビスが教えられることならもっと前に教えてもよかったはずだ。
「今回のお前の師範は我ではない。別の者に任せるつもりだ。」
アヌビスは忌々しそうに舌打ちしながら答えた。
別の者?他に奈落で理性を保っている者がいるのか?アヌビスの知り合いなのか?
そんな疑問を言う前にアヌビスに言葉を遮られた。
「止まれ、ここからは降りて進め。しばらく我は顔を出さないからな。」
「は?何でだよお前がそいつを紹介してくれるんじゃないのかよ。」
「彼奴とは折り合いが悪いのでな、後はお前の努力次第だ。」
そう言うとアヌビスはクロ丸の中に隠れてしまった。
アヌビスがびびるとは何者なんだよ……。
俺は警戒を強めて進むことにした。
進むにつれて回りには白骨の骸が増えていく。その中にはA級以上の異形も転がっていた。
まさに師匠みたいなのを想像していたがもしかしたら化け物かもしれない。
空気も前に進むにつれてピリついてる、常に剣先を当てられているような感覚だった。何か妖術を使っただけで死ぬのではないかと思うほどに。その空気に耐えられず、クロ丸から"神無威"を取り出す。
"神無威"を抜いた直後、気持ちが軽くなった。不安や恐怖、好奇心などの強い感情が消え、脳に残されたのは満足感だけ。もう考えることすら止めたい。
この感覚を俺は知ってる。
__脳がかき混ぜられた時と同じだ。
「ぎられでんじゃん__」
丁度視界の真ん中で上の視界と下の視界がずれてく。
べぢゃ__
最後に聞いたのは頭半分が地面に落ちて潰れる音だった。
◇◆◇◆
目が覚める。
何秒経っただろうか、俺は状況を即座に理解し身体をすぐさま起こして姿勢を低くして前に走る。
頭を両断された。剣筋は全く見えず、相手すら認識できなかった。
身体は崩れ落ちるが膝が地面に触れる前に傷は再生し、意識は戻る。
「《
すぐに真言を唱えクロ丸の影を身に
思い付く手立てを片っ端から使って進むしかない。
《流歩》でより速く移動するのを試した。結果は駄目、10mも行かずに首が飛んだ。
意識が戻り、神無威を構える。万物の頂点に立つ堅さ、それなら斬撃を防げるかもしれない。正面に神無威を構えているにも関わらず頭は三枚下ろしにされる。
復活してすぐクロ丸の中に溶け込み安全に移動しようと試みる。クロ丸の中は経験上外部からの攻撃が通じなく、絶対的な安全領域だと思っていた。しかし数m進んだところで意識が途切れた。
これで通じなければ手詰まりだ、今の手持ちは黒狼以外にいない。
進む方法は斬られながら進むだけ。
痛みは基本鈍くならない。むしろ身体を再生する
故に身構えるという本能的反射動作を捨て去り、身体の損傷を考慮しない俺以外に不可能な
(あのクソ犬が……、どこが師範なんだよ。まだ会ってもないのに斬られてるんだぞこっちは。)
俺は防御を捨て攻撃を躱す事に集中した、これで少しは前に進みやすくなる。
クロ丸の権能のひとつを行使する。
「《
クロ丸の影が地面に広がり、俺の知覚領域となる。この
それとは別にもう一つ面白い効果があった。
それは制限を相手と自分の両方に強制する効果、といっても動作を制限しても自分も動けないので意味がなかったり、効果発動中は他の権能がかなり弱体化されたり行使できなかったりするので使い勝手が良いわけではない。それでも格上相手や自分が劣勢で場を仕切り直したい時には有効であった。
俺は"攻撃"を制限する、それで攻撃が来なくなるはずだった。
しかし3歩目を踏み出す瞬間突如かなり遠くに動きの揺らぎがあった。
咄嗟に身体を
(だろうな……)
予想はしていたが攻撃の主は《暗黙ノ領界》の中には居るが攻撃を制限できていない。《暗黙ノ領界》は確かに格上相手でも制限する事ができる、相手と認識が一致している場合は。
それがこの権能の落とし穴であった。
相手の動きを制限しても呼吸を制限する事はできない、それは相手が呼吸を無意識的に繰り返しており動きとして捉えていない事からである。相手の認識と
つまり相手はこれを″攻撃″とすら捉えていない、掌の上で転がしているに過ぎないのだろう。
そう思うと怒りが湧いてきた。何でここまで来て舐められなきゃいけないんだ。手詰まりだ、どうせ方法は一つしかない。ここまで来たら根比べだ、耐え抜いた後たどり着いたら間近で《竜》ぶっ放してやる。
俺は仰向けの状態からゆらゆらと立ち上がり、まだ見えぬ攻撃の主を指差す。
「覚悟しろよ、地獄見せてやるからな。」
そう言うや否や俺の指ごと頭は斬られ俺の身体は後ろに吹き飛んだ。
◇◆◇◆
男は剣士だった。戦国時代に生まれ、名も知らぬ領主に戦に駆り出された。そこで初めて刀に出会った。殴り殺した足軽から刀を拾い、手に持つ。農村に来た侍が腰に差していた刀を眺めていた時とは違い、実際に握ってみると重く、
そこから我流の剣術を極める道が始まった。
と言っても一人で鍛練するのではない、戦に身を投じ命の奪い合いの中で身につけて行くやり方だった。
一対二十で戦ったこともある。騎馬と斬り合ったこともある。
合戦、盗賊、剣豪との
行ってみれば御前仕合を行うとのことだった。仕合相手はなんと
男は相手に現実を見せるために挑んだ。
合図と共に真正面から振り下ろす。技では受け流せない剛の刀を教えてやろうと思った。相手は剣先で妙な回転をかけ、男の力を搦め捕るようにして剣先を逸らす。二人の刀は対極化していった。
男が人間離れした速さで動きながら刀を振り抜くのに対し、相手は数歩しか動かずに僅かな動作で男の刀を
埒が明かないと思った男は勝負を仕掛ける。瞬時に相手の真横に移動し大振りの一撃を繰り出す。その刀は速く常人なら避けれない剣筋だった。しかし相手は悠々と避け、刀を振り下ろし防備となった男に止めを入れようとする。
しかし下からの殺気に寸前で気付き身をよじって避けた、剣先が頬をなぞる。
男は昔身に受けた″燕返し″を実践しようとしたのだ。だがそれは素人の猿真似。踏み込みが甘く致命傷にはならなかった。相手は身をよじった体勢のまま男の刀を飛ばした。空中に上がった刀が地面に転がる。
勝負あり。打つ手が無くなった男は眼前の相手の目を見る。
「貴様は今まで手合わせしたどの者よりも強かった、しかし技が足りぬ。もっと修練に励みまた挑むと良い。」
相手は心の底から称賛しながら告げた。それは嫌みなど一欠片もない刀を扱う者の言葉だった。
男は無言のまま刀を拾うと屋敷を立ち去る。
相手はその場で大名の指南役として取り立てられた。
半年後、屋敷にいる大名を含む戦闘能力のある男、136名が斬殺され館に火が付けられる。その中には指南役もおり、傷口は燕返し特有の下から上にかけて傷が深くなっていくものだった。
これは大名の家臣によって隠蔽される。また犯人を
男は異形がよく出ると言われる禁足地に入ったまま出てこなかった。
◇◆◇◆
男は目が覚める、起き上がると底は川原であった。足下には一輪の彼岸花があった。男はなんとなく彼岸だと理解する。男は天寿を全うし、老衰で死んだはずだった。しかし手を見れば張りがあり、シワがない。若かりし頃の身体に戻っている。
渡し舟に乗り向こう岸まで行く、渡し賃は要らないようだ。
岸に着き降りて人の列に並ぶと少しずつ進んでいく。そこで閻魔に出会った。顔は烈火の如く赤く人間の
「こやつか、妖術の才能も無いのに数多の異形を斬り、
閻魔は男を強く睨むとこう言った。
「お前には地獄すら生ぬるい。神に歯向かった罪、永遠の闇の中でしかとその身で受けよ。」
直後、男の足下に穴が開き奈落に落とされた。
気がつけば周りは闇と赤い地面のみ。奈落に満ちる狂気と怨嗟に常人なら数分も耐えられない。それですらこの男にとっては雑音に等しかった。
男は襲ってきた異形を殴り殺すと骨で刀を作る。禁足地での修練はただあの仕合相手に言われた事を鵜呑みにして技を磨いてきた。今まで戦った剣豪達の剣術を真似しながら。しかしどの技も九割九分の所まできたがそこから進歩することがないまま死んだ。
ここでは寿命に際限がない。なんと嬉しいことか。
奈落で第二の修練、いや求道が始まった。技を一つずつ地道に完成させていく。時など忘れた。忘れるほど没頭した。
そして最後の一つの技を完成させて気づく。求めていた刀にはどれも届かないと。
男は広い奈落で
その叫び声に引き寄せられた大群の異形を無意識的に屠るがその頭の中には無であった。今まで懸けてきた時間の分だけ失意は泥のように重く沈む。
身体もいつしか少しずつ老いていき、文字通りヒビが入り始めた。寿命は無いわけではなく、悠久の時となり伸びただけだったようだ。
いつか朽ちる。技は消えてゆく。
それは剣士としてはあまりに
男は
男は無駄だとは思いながらも刀を振るう。今度は他の技を真似するのではなく、その技たちを
己の技を残す為に男は技を
そうして一つの技に時には100年以上かけて完成させていく。その技を異形の骨や大岩などに詩として刻む。
病で長い間寝込み、
丁寧に丁寧に、一歩ずつ一歩ずつ…
今までとは違う新しい鍛練・改めた心構えに、
既に枯れ果てていた才能という一輪の華が開花する。
荒々しかった武技は繊細さを増すどころかより冷徹でより灼熱なものとなる。
幾百年の時を費やし詩の序章と本章は完成した。しかしどうしても終章が完成しなかった。この詩は男の人生を投影したものだ、まだ魂が朽ちていないのにどうして終章を
男は朽ちる日を待ち続けた。消滅すると分かってからのなんと時間の長いことか。終焉を待ち続ける数百年間、様々な強者に出会えた。
山のように大きい異形、面妖な術を使う山羊頭の異形、そして堕ちた神。
それは詩を試すのに良い試金石となった。他とは一線を画するからこそ、この刃がどこまで届くのか
全てを斬り、
「
もう異形どもは近づかない、後は座して待つのみ。
男は極みに達してから急速に朽ちていった。身体中にヒビが走っている。
もう長くはない、あと数ヶ月といったところか。
しかし焦燥も憤怒も絶望もない。男は本当の意味で至ったのだった。
◇◆◇◆
(至ったはずなのだがな…)
男は心のどこかで小さく笑いながら自分を見下ろす正面の青年の男を見る。
そしてようやく訪れた継承者に久しく動かしていない表情筋をパリパリと音を鳴らし笑みを浮かべる。
「化け物が…」
男の第一声だった。何百年振りに声を発する、人に会ったのなど千年は前の事だ。
青年の男は血塗れの顔で吐き捨てるように口を開く。
「どっちがだよ、人間もどきが。」
この青年の男は自身の異常性を棚に上げて何を言っているのだ。男はそう思いながら、正面の化け物を指差す。
「八百六十七、これがなん「お前が俺を斬った回数だろ。」」
青年の男は感情の写らない眼で男を見る。睨む、憐れむ、蔑むでもなく見る。
そう言い表すしかないほど眼に感情の色が見えなかった。
その
男は笑みを深めながら答える。
「そしてお前が死に、再び立ち上がった回数だ。そんな奴を俺は人間とは言わない。」
「
青年の男の拳が独りでにバキバキと骨を折るような音を鳴らす。
死の気配がより一層濃くなった。
「殺す覚悟があるなら殺される覚悟もあるよな?俺が死んだ分は苦しまないと割に合わない。」
闘志十分。後継者に最適だ。
「お前、俺の後継者にならないか?」
「お前が死んだ後決める。」
男は溜め息を着き閃光の速さで首をへし折ろうとする青年の首を
__________________________________
大変遅くなってすみません、これからも投稿していくのでこの作品をこれからもよろしくお願いいたしますm(_ _)m。
捕捉なんですが奈落はギリシャ神話なのになんで閻魔が?と思う方がいるかもしれませんが神々的には共有ゴミ捨て場みたいなもんです。なので奈落には多種多様な神話の生物が
神々にとって奈落ほど都合の良いゴミ捨て場所なんてなかなか無いんです。
また誤字脱字はコメントで報告していただけると有り難いです。
異形使いの俺は影で主人公を眺める YODAY @YODa999
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