第16話 決戦



広い奈落の真ん中で二つの軍勢が激しく衝突していた。

どこかでは5mは空中に浮きながら四肢が千切れる異形が、またある場所では

頭を噛み砕かれながらも戦う異形が、またある場所には仲間ごと敵を切り裂く異形が。


砂煙が立ち込めており、互いに数秒後には肉塊になっていてもおかしくはないほど熾烈な戦いを極めていた。




ウプアは戦を最前線で眺めながら内心舌打ちを打った。周りには《喰狼群》の仲間から選りすぐった精鋭を配置し敵の侵入を防いでいた。


(やはり簡単に事は進まぬか)


先程進軍中であった《深淵の神》の軍勢が崖の横を通り過ぎる時に、横腹を切り裂くような形でベラルト率いる《血騎士団》と私が率いる《喰狼群》、その他奈落に散らばっていた異形を吸収した総勢1万弱の軍勢で急襲を仕掛けた。


直前までクロ丸様の陰に潜んでいたお陰で敵の対応は遅れ、先行軍と後軍を分断することに成功した。

しかし時が経過するに連れ、相手は敵の軍勢が自分たちよりも少ないことを知り、徐々に盛り返して来た。


主君から言われた通り、現在は二つの命令を遂行している。


敵に最大限の損害の与える事と主君が来るまで耐え抜くこと。


前者は主君からたまわった戦術がある。

それは相手の損壊を激しくすること。


相手の軍勢は《深淵の神》タルタロスの支配下にあり、この奈落はタルタロスの胃の中。すなわちタルタロスは支配下に置いた者を自在に操れる。その者の生死でさえも。


相手は不滅の軍団であり、こちらも不死の軍団。互いに有効打が無く一見手詰まりのように見えるが実際は違う。


我が軍もそうであるように相手も致命傷を負った場合実体を保てなくなり、

再顕現するのに間隔が空く。

重要なのはその間隔の長さが死ぬ直前の身体の損壊状況に比例することだ。


主君によると肉塊にまでなると再顕現には半日かかるらしい。

逆に頭をねられた程度では5分ほどで終わる。


部下である兵士たちには四肢をぐよう伝えているがその分時間がかかり、状況は好転しない。


ベラルトとその直下兵団のみが騎馬の力をで敵を圧倒している。


私自身も前線に身を置き、戦っているが、現状破壊された兵士が復帰する数よりも破壊されていく数の方が多い。


勝ち目など無い。

だが勝ち目など要らない。

我らは主君に繋げれば良いのだ。この戦を決するのは我らでなくとも良い。


しかし、そこは主君の下僕としての欲が出てしまう。

主君が御帰還される前に出来るだけのことはしたい。

主君の期待を裏切ることはこの身を裂かれることよりつらい。


故に主君の期待を裏切る要素は全て排除する。


直下兵団・《牙》である狼達に命令を下す。


「前列と後列を入れ替えろ。隊形は“突喰”に。後列は回復しながら前列の補填、討ち漏らしにトドメを刺せ。〈一の牙〉、〈二の牙〉、〈三の牙〉を最前列にベラルト達が喰い破ったを更に広げる。四から八の牙は端を維持しながら進め。先頭は私が務める。

はしれ》」




◇◆◇◆



ベラルトは苦戦していた。

一見一方的に敵を蹂躙しているように思えるが、実際は相手にいなされており、騎士団の突破力を持ってしても相手の本陣らしき場所に近づけない。


それに気付けるのは、騎馬から見下ろすことで全体を俯瞰ふかんできるのと、ベラルトはでも似たような経験をしていたからである。


相手は練兵された軍ではない。そうなると残される可能性は……



「非凡な指揮官か……」



ベラルトが持つ戦術眼は軍師級だ。それをってしても敵の指揮官を見つける事は難しかった。

実際相手の指揮官がいそうな所は十数箇所あり、ベラルト達は次々に潰し回っているがそのどれもがおとりであった。

しかし指揮官は必ずこの戦場にいる。この戦場の外で指揮を取っているにしては敵の指揮伝達が異常に速い。そのような”権能“を持っているのなら別の話だが。


(騎士達も疲弊の色が見え始めている。早急に手を打たねば。)


先程も言ったようにベラルトは前世で似たような経験をしている。

故に対処法も知っている。


《各隊、散開》


自身の権能の一つである”真言“を使い騎士団に命令を出す。

それと同時に各隊10人ほどに分かれ四方八方に突撃して行く。しかしたった10人ばかりで突破できるはずも無く次々に騎馬から引きずり降ろされ引き裂かれて行く。なんと無益な兵の浪費であろうか。


だがベラルトはこの状況を望んでいた。

ベラルトは近くの異形を剣で両断しながら全体に目を走らせる。隊を分割した分一度に多くの場所に攻撃でき、相手も対応せざるを得ない。そのためには一度この場所を離れるはず。

相手はこちらの動きに瞬時に合わせてきた。そう遠くない距離にいたはず。


そしてこの攻撃で相手の指揮官に肉薄した場所があれば。

突撃した各隊の状況を見る。



___見つけた。


一つの隊が明らかに崩壊するのが早かった。おそらく指揮官を守る精鋭に当たったのだろう。


そこに目を凝らすと僅かながら敵の流れに逆らい移動する気配を感じた。

しかし、騎士達はバラバラになり、あそこまで追いつく余力は無い。

相手の指揮官の位置を瞬間的に見つけ出しただけ。戦術としては愚の愚である。

ではベラルトがこの無謀かつ無駄な作戦を決行したのか。


それは二つ理由がある。

一つはクロ丸の支配下にある限り、余程のことが無ければ蘇ることができる。

復活できるという強みを活かして命を捨てた戦術を取ることができた。

騎士達には破壊されそうな時は自死するよう命じている。

たった今死んだ騎士達も10分もかからずに蘇るだろう。


そしてもう一つは、

後ろに相手の指揮官の場所まで届き得るが控えているからだ。



「ウプア殿!」


「心得た」




◇◆◇◆



(まさかあのような強行に出るとは。おかげで相手に場所がバレた。しかし相手に追撃するような余力はもう無い。次に繋げられない戦術を取るとは阿呆だな。時期にこの戦いも決する、やはりつまらぬ。)



この異形はタルタロスが軍勢の指揮のために創造したもの。

数百年の間タルタロスの側近として仕え、タルタロスの目的のため数多の敵を屠り、軍のNo.2として自負を持っていた。

タルタロスの、奈落に落とされた者の悲願のために戦ってきた。

常に冷静であり最適解を導く。指揮官としては最上であった。


しかし理性的であるが故に自分の想定を超える規格外の怪物がいるとは

考えない。


後ろに冷たい殺気を感じ、思わず振り向く。


そこにはこの血生臭い戦場に似つかわしくない綺麗な正装をした異形がいた。


(行け)


自身の権能、《意伝》を使い自身の手駒で最も精強な者を足止めとして差し向ける。突破してくるのは予想外であったが、足止めに使った手駒は自身の護衛として王から下賜された異形、これで終わりだろうと考え前を向き走るが、数瞬後には視界が上に回る。


(……?どういうことだ?)


視界の移動は止まらず、半回転し、後ろを見たことで理解せざるを得なかった。


あの正装の異形の手が足止めとして差し向けた異形の頭を貫き、そのまま自身の首も貫いたことを。


想定外の伏兵に想定外の膂力。何もかも想定外だ。


異形は自身の浅慮を振り返りながら宙を回る。

(しかし王がいる限り蘇ることができる。決して次は失敗しない。)


そう思い、落下していく頭で冷静にこれからの戦況とこの異形に対する対処法を考えた。


しかし魂が王の下へ回帰しない。直後頭にあの御方の声が響く。


「■■■■■《二度は無い》」


端的な一言。しかし理解するには充分であった。

長い間王に忠誠を捧げた。一度も王を疑わなかった。王の手を煩わせぬように自身が指揮を取った。

自分では王の右腕と思っていたが、王にとって私は駒に過ぎなかった。

崩れゆく視界を前に呟く。


(王よ。此度の敵は王の首にも届き得ることを伝えられぬことをお許しください。)


長い間王に仕えた腹心は一度の失敗でその生を終えた。




◆◇◆◇




「……貴殿が《深淵の神》タルタロスであるな。」



ベラルトとウプアのみが敵の大群を切り抜け、敵の本陣に辿り着くとそこには黒く濁った”神気”を纏った王がいた。

その姿はかつて世界を統べた者としての神々こうごうしさは無く、他の神すら圧倒する神格と深淵の名に相応しい闇の気配を放っていた。


少しの間があった後に王が声を発する。


「頭が高イ《跪け》」


自分よりも遥かに格の高い者からの命令には逆らえない。ウプアは膝を地面に着けながらも跪くことだけはかろうじて避けた。

ベラルトも同様に剣を地面に刺すことで体勢を保っていた。


しかし既に立場は逆転、この場には"絶対者"が君臨しており、ウプア達は立ち向かう事すら叶わなかった。


「ア゛ァ…あ゛あ…人語はこれで合っているか?」


王は喉を抑えながら尋ねる。


「貴様に聞いているのだ。《答えろ》」


王の権能の一つ《神言しんごん》はベラルトの《真言》と能力は似ているが、それよりも圧倒的な強制力を持っている。


それこそS級の異形を屈服させるほど。


ウプアの意思に反し口が勝手に開く。


「はい……、完璧な……人の言葉でござい……ます。」


まずい、支配から抜け出せない。現状意識を奪われないようにするので精一杯だ。



「そうか。話は変わるが…、貴様の主君は今何処にいる?」



その言葉の瞬間王の気配が肌を焼くような波動に変わった。


ウプアとベラルトは両足に妖気を集中させ、神気の波動を耐え抜く。



並の異形では浴びただけで絶命するほど濃い神気。

ウプア達が耐えることが出来たのはクロ丸により強化されており、またまこととの魂の繋がりにより、既に真の支配状態にあったためであった。


しかしそれは一度目だから起きたこと。それが二回続くとは限らない。

主君からは居場所を教えても構わないと言われている。今ここで言っても問題なかろう。


その思いを見透かしたように王は告げた。


「別に余はうぬに毛ほどの怒りも湧いておらぬ。むし汝等うぬらの活躍には目を見張るものがあった。」


ウプアとベラルトは無言を貫く。


「要らぬ勘繰りをするな、もう既に汝等の主君の元に軍勢を向かわせた。それはこの雑兵とは違い私が一から育て上げた有能な駒だ。数刻も経たぬ内に死ぬであろうな。どうだ、今我が軍門降るのなら、主君を助けてやろう。」


……だが例え利敵を許容されていたとしても一度寝返った者が信頼に足るだろうか。否、そのような所業は獣ですらしない。すなわち、寝返った時点で私は獣未満。ならば……。


ウプアは頭を少しずつ上げながら答える。


「……丁重にお断りさせていただきます。……私には自ら負け犬になる趣味はないので。」


王は少しの沈黙の後にウプアに手を振り下ろした。


「なら死ね。」


王からの死の宣告、それは絶対なる「死」であるはずだった。

しかし、ウプアとベラルトはその場で最も有効な手段を使った。


二体の異形は同時に力を振り絞り、自身の頸を刎ねた。


王の振り下ろした先は既に肉塊でしかなかった。


「……逃げたか」


自分の権能を知られたか、いやそんなはずがない。



王の策はウプア達と対面した時から始まっていた。

王の権能は服従した相手を支配すること、それには相手を殺す肉体的服従も含まれる。




ウプアが仮初かりそめの従属を誓えばまことによる主従関係を上書きでき、拒まれても殺すことで真との主従関係をリセットする。

どちらに転ぼうがウプア達は王の支配下に置かれるはずだった。


しかし、そこで自害という王の想定外の事態が起きる。


普通ならばその可能性も考えるだろう。しかし王は今までそうした本物の忠誠を知らなかった。全ての異形は権能で支配してきた。自身の駒にも自我が有ることなど歯牙にもかけなかった。自分の配下は傀儡に過ぎないという前提で考えた故に、この行動が理解できない。




(まあいい、それなら余も向かうまで。)




戦場に趣味の悪い法螺貝の音が響き渡る。

王が崖の上に目を向けるとそこには見渡す限りに並ぶ、赤備えの騎馬隊とその真ん中に黒の軽装を身に纏った男がいた。


王はその男を凝視しながら呟く。


「そうか、彼奴あやつか。」


騎馬が崖を駆け降りる。もう迎撃は間に合わない。


「抜かったか。」


騎馬は乱戦状態の場所に突撃し、意図も容易たやすく陣を抜けて行く。

完璧な二段攻撃であった。



◇◆◇◆



ついに、真は”王”と対面した。まさにラスボス、武者震いが止まらない。


真はこの地獄に終止符を打つため、言葉を紡ぐ。



「お前が《深淵の神》タルタロスだな、ここで死んでくれ。」






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長らくお待たせしました。

誤字脱字がありましたらコメントで教えてください。

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