「300ページの小説は長すぎる!」

斎藤秋介

「300ページの小説は長すぎる!」

「300ページの小説は長すぎる!」


「なぜですか?」


「まず、こうして書き手にまわってみるとわかるが、300ページを指定されたときにまず考えることは、“どうやって文字数を水増しするか”だ。テーマに対する回答を示すだけならぶっちゃけ十分の一でじゅうぶん。その象徴が芥川龍之介だろう。日本史でもっとも有名な文豪が短編作家なのだから、少なくとも小説に論文としての価値はない。事実、いま一話完結でまとめようとしているこの会話ですら、わざと回りくどく書いている。ぶっちゃけエッセンスを示すだけなら箇条書き数行でじゅうぶん。物語性についても、同作品がコミカライズされた場合、明らかに漫画版のほうが何倍も売れることから潜在的に需要のないことは間違いない。小説でしか販売されていないから仕方なく小説を買っているだけだ。そもそも、小説は潜在的な読者数がほとんどいない。明らかに書き手と読み手が一致しているだろ。ワナビが読んで、運の良いワナビが書いているだけだ。なんなら読み手より書き手のほうが多いからな、明らかに。こういう本当のことを言うと日本人なんかはキレ散らかすか問題と向き合わない国民性があるが、おれははっきりと事実を言ってやる。なんでかっていうとおれは弱い者いじめが得意で、きみは控えめで口数の少ない典型的な文学少女だからだ。やつあたりするにはちょうどいいサンドバッグだな。そして、リアリズムだとかなんだかを求めるなら、そもそも写真集を眺めているか旅行系ユーチューバーでも見ていたらいい。そっちのほうがリアルだろ、明らかに。SNSはまあ嘘も多いから取捨選択する必要があるが……いずれにしても情報としての価値もない、小説には。まず、そもそも小説の体裁をとっているこの会話も明らかに“非現実的”だからな。作者自身が嘘をついていることをわかっているのだから、これを信じるのは詐欺に引っかかるようなもん。みんな本当はわかっているんだよな。自分が無理して小説を読んでいるということをさ。古典文学という“教養”を積み重ねることの無意味さもさ。そういう感じだから読んだってどうせ一週間後にはほとんど内容を忘れているからな。『読み切った』という空虚な達成感だけが残る。ページ数が意味不明な根拠で指定されているのも、出版社が金儲けをしたいからだろう。ページ数が多ければ多いほど値段を釣り上げられるからな。この真実は小説以外でたとえれば間違いない。自己啓発書やビジネス書などの紙クズはブームが去ればすぐに古本屋の100円コーナーに放り込まれるほどに内容が薄いが、ページ数だけは無駄に多い。馬鹿向けに書かれているから文字がデカいし、洗脳のように同じ話を何回も繰り返す。おれたちは出版社に騙されているんだ。作者は可処分時間を空虚な文字数の水増しに費やされ、読者は可処分時間を空虚に水増しされた文字数の消化に費やされる。もしも300ページに根拠がないというのなら、500ページでもいいし1000ページでもいいわけだ。ならきみは3000ページの小説を読んでいられるか? 何冊も? 無理だろう。可処分時間を費やす価値がない。明らかに。だいたいさ、デジタル化の進んだこの時代に紙の本にこだわる意味がねえだろ。少なくとも買い手にとっては合理的な意味はない。だから印刷代がどうとかいうのがまず詭弁でしかない。同人ゴロレベルの稚拙な詭弁だ。小説はゴミ。これは間違いない。おれの心には『真剣・パレーシア』が刺さっている。最近、古典的なオープンワールドRPGにAE(アニバーサリーエディション)が実装されたんで、おれは自分の武器にそういう名前をつけた。世界中に配置されているすべての書物を集め、盗賊の死体に入れたよ。何日か経って、一緒に火葬されただろうな。リスポーンした盗賊はもう書物を持っていなかった。おれは正しいロールプレイをしたんだ」


 言い終わると、おれはヒロインの手から小説を奪い取り、それをビリビリに引き裂いた。

 知行合一といって、知ることと行うことは一致していなければならない。

 欺瞞家を許せないおれは、堂々と素直にそれを実践しただけだ。


「わたしは……いま怒り狂っています!」

「なんで?」

「本が勝手に奪い取られて破り捨てられたからじゃないです! 本当のことを言われて胸が痛いんです!」

「おれだって辛いよ。可処分時間のほとんどを読書に費やしているきみに友達がいないなんていう当たり前の真実を突きつけるのはさ」

「わたしはこれからどうしたらいいんですかっ!」

「心配するな。きみは頭が良いから普通にそこそこの大学に入り、普通に青春を取り戻す。教科書と漫画以外に本を読むことはもうないだろう。きみはたくさん本を読んできたから読解力が身についている。高校レベルのテキストなんていうものは偏差値40前半の国語力の人間でも理解できるように書かれているからな。きみが本気を出せば弁護士だろうが女医だろうがなんにでもなれるだろう」

「そんなの……」

「無理? 無理じゃない。けっして無理じゃない。きみみたいな女の子も大学生になれば、すぐに繁華街を闊歩するシティーガールになる。ありがちな話だよ。きみの場合、これまでの反動で一瞬だけ派手髪になるだろうな」

「そう……ですか……」

「そうだ。変われるんだ、おれたちは。これもすべて本を読んできたおかげだよ。本を読んできたおかげで、みじめな陰キャからキラキラ陽キャに生まれ変われる。人を成長させるもっとも重要なものは反骨精神だ。おれたちは読書からそれを教わった。内容自体ではなく、読書という“行為”からな。そう考えれば、いままでくだらない小説におこづかいを全額費やしてきた価値もあったというものじゃないか」

「でも……っ! でも、でもわたしはっ……!」

 ヒロインが突然泣き出した。

 一冊の小説を差し出してくる。

「違うんだ。きみはこの作品に救われたと思い込んでいる――あるいは思い込みたがっているようだが、実際にはそうじゃない。あのとききみは孤独で、疲れていて、その感情を慰めてくれるものならなんでもよかったんだよ。だから実はこの作品である必然性はない。たまたまきみがあのときこれを手に取った。それだけのことでしかない。そして、この作品はたまたまそのとき出版社が流行らせていたものだ。それが現実。きみの『思い出』は造られたものだ。この世界の経済活動のなかで演出されたものだ。でも、だからといってその気持ちが嘘になるわけじゃないこともたしか。だから、おれはいまきみの人生を進めてやる――」


 おれは再びヒロインの手から小説を奪い取り、それをビリビリに引き裂いた。


「ほら、これで『上書き』が完了した。おれは推敲が得意なんだ。もうきみはその思い出に引きずられる必要はないよ。その作品のなかには独りぼっちのきみがいるだけじゃない。いま、その作品のなかにはきみとおれが住んでいる。――始めよう……おれたちの物語を……」


 すっかりヒロインは目を丸くし、瞳にお星様を宿している。


「すっ……好きですっ……! ずっと好きでしたっ……!」

「おれもだよ。愛してる」


 耳元にささやきながら、おれはそっとヒロインを抱きしめた。

 やっぱり、量産型ラブコメは実用性があるな。


「フフッ……計画どおり……っ!」


 おれがいま浮かべている邪悪な笑顔を、文字で表現することは絶対に不可能だろう。

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