エピローグ 僕たちは探偵団

 それから金、土、日と三日間が瞬く間に過ぎた。その間、「犯人逮捕」以外のニュースが流れることもなく、普段と何も変わらないように華には思えた。

 しかし、警察の方はその間にしっかりと捜査を進めて裏付けまで持って行ったらしい。月曜日、首藤警部がわざわざ放課後に学校を訪ねて探偵団の五人に事件のその後を伝えに来てくれた。

 殺人事件の方については、ほとんど透が推理した通りだった。その後の捜査で、抜け道の先はそれぞれ松江川の河川敷と学校近くの山の麓につながっていたらしい。水島さんはあの日、あらかじめ自分が持っているものと同じタイプの自転車をレンタルして山側の雑木林に隠しておいた。そして、自分の自転車で友人の家を訪れた後で河川敷に行って自転車を草むらに隠し、抜け道から空き家に行って明石を殺害した。その後、山側に抜けてもう一方の自転車でコンビニに寄って帰宅し、アリバイを作った。警察がそれを調べていれば無意識の内に水島さんのアリバイは出来上がり、後に明石とのつながりが判明しても水島さんは容疑者から外れていただろう。

 本人の言葉通り、自宅から押収された明石の靴と血の付いた凶器が決め手となった。「捨てようと思っても中々決心がつかなかった。ゴミとして出そうとしても何かの弾みで見つかったり、山や海に捨てる所を誰かに見られたらと思うと怖かった」そうだ。

 ちなみに、あの抜け道は誰が、いつ、何の目的で設置したのか分からないのだという。当時を知る人がほとんど亡くなっている今、真実を辿ることは不可能らしい。

 赤峰教頭――そう呼ばれるのもあと数日だろう――と能勢不動産の二人もお化け騒動を起こしていたことを認めた。どうやら能勢不動産はあの辺り一帯の土地を安く買い叩こうとしていたらしく、唯一の住人で買収に応じようとしない脇坂老人が邪魔だったらしい。それを兄である副社長から聞いた教頭は、お金に困っていた明石を使ってお化け騒動を起こすことを思いついた。あの家の周りで鬼火や幽霊が子供たちに目撃されれば、脇坂老人に矛先が向くと予想しての行動だった。結果として、その目論見は正しかった。もし舞子のセーブがなければ、取り返しのつかないことになっていたかもしれない。

 ただ、能勢不動産がどうしてそこまでしてあの辺りの土地を欲しがったのかも分かっていないらしい。社長以下重役クラスが逮捕されるのも時間の問題らしいので、抜け道の謎と合わせて明らかになるかもしれない。

「……とまあ、ここまでが分かっている範囲で君たちに話せることだ」首藤警部は手帳を閉じると、疲れたように大きく息を吐いた。実際疲れているのだろう、目の下には濃いクマができ、まともに寝ていないことが分かる。しかし、髭はきちんと剃られており、スーツも皺一つ見られなかった。おそらく透たちに会うために最低限の身なりは整えてきてくれたのだろう。

「それにしても、透君。今回はお手柄だったな。我々警察が一週間かかっても暴くことができなかった真相をあの抜け道を見つけてからものの十数分で見破ったんだからな」

 と、警部は透の顔を心から感心したような表情でまじまじと見る。直後に「いや、違うか」とそれを打ち消し、

「透君だけではないな。君たち五人がそれぞれの力を出し合って事件を解決に導いた。伊達に少年探偵団を名乗ってはいないというわけか」

「あの、警部」たまらなくなったように透が口を開いた。

「僕たち、探偵団を結成したの、つい最近なんです。今回だって、解決できたのは偶然で……」

 その言葉に、警部は大きくのけぞった。「何と! なおさらすごいではないか。君たちには探偵の才能が……」

 そこで警部は、五人に付き添って隅に立っている樽井先生に気付いたらしい、気まずそうに咳払いをすると立ち上がった。「で、では、私はそろそろおいとまするとしましょうか。君たちも危ないことにはこれ以上首を突っ込まないように」

 そう言って警部は部屋を出て行こうとしたが、扉の前でふと思い出したように立ち止まると、透を振り返り、

「そう言えば、君はどうしてあれが密室ではなくアリバイのためのトリックだと分かったんだね?」

 と尋ねた。透は一瞬の後、「ああ」と声を上げ、ポケットから何かを取り出した。それが何か華は既に聞いていたが、初めて見る警部は不思議そうな顔をした。

「それは?」

「母さんがペットボトルの蓋で作ったキーホルダーなんです。父さんと母さんは『先入観を捨てて別の角度から見ればいい』って。キーホルダーだと思えば気にならないって意味だったらしいけど、それで思ったんです。皆この事件を密室トリックだと思ってるけど、これを別のトリック、例えばアリバイトリックだと考えればいいんじゃないかって」

 なるほど、そういうことだったのか。華はそのキーホルダーがどうして事件解決に役立ったのかまでは聞いていなかったので、目から鱗だった。しかし、それを聞いて首藤警部はなぜか複雑な表情を浮かべた。

「ご両親が……そうか……」

「どうかされましたか?」

「いや、何でもありません」警部は樽井先生の問いに手を振って答えると、「それと、もう一つ」と、今度は五人全員に視線向けた。

「ものは相談なんだが……場合によっては、また君たちの助けを必要とする時が来るかもしれない……その時は協力してくれるかな?」

「もっちろん!」華は真っ先に答えた。

「警察の人たちさえいいなら」優が続く。

「すげえな。面白そうだ」大吾が言うと、

「まあ、こういうのも悪くないな」翼も仕方がない、とでもいう風に首を振った。肝心の透はというと、

「『体育館の殺人』みたいですね。いいですよ」

 と、またよく分からない例えで答えている。ここの体育館で殺人事件が起きるなんて絶対に嫌だ、と華は思った。

「そうか。それでは、少年探偵団、結成だな」

 警部は悪戯っぽい笑みを浮かべると、敬礼をして部屋を出て行った。

 警部が出てから約一分後、五人が荷物をまとめて部屋を出ると、扉のそばに人影が立っていた。大人ではない、自分たちと背丈の変わらない子どもだ。それが誰であるかに気付いて、華は反射的に顔をしかめた。

「またあんた? 盗み聞きでもしてたの?」

「盗み聞きなどではありません」舞子は普段と変わらない冷静な表情で答えた。

「事件の顛末でしたら私も既に差し支えのない範囲で父から聞いていますので。私はただ、首藤警部があなた方に会いに来ると伺ったので、機密事項が漏らされないか確認に来ただけです」

「それって盗み聞きとどう違うの?」

「そんなことより」舞子は華の言葉を綺麗に無視して続けた。

「本当に続けるつもりですか、探偵を」

「それも聞いてたのね。当ったり前じゃない、警察が頼ってくれるんだから」

「そうですか。まあ別に止めはしませんが。ただ、警察の邪魔だけはしないように」

「しつこいわね」

「念のためです。それより」と、舞子は五人に正面から向き合った。

「一つだけ言っておきましょう。私がここまで言うのには理由があるんです」

「理由?」

「ええ。父から聞いた話です。もう十年以上前のことですが、当時県警には、協力者としての探偵がいたそうです」

「えっ? 探偵が警察に協力してた?」透が思わずといった調子で聞く。

「はい。その探偵は、警察の捜査に介入し、事件の真相をたちどころに見抜いていったそうです。警察も次第に彼または彼女を信頼し、協力を仰ぐようになっていった。ですが、ある時探偵は致命的なミスを犯しました」

「ミス?」

「詳しくは分かっていません。ですが、それがきっかけで彼または彼女は探偵をやめ、街を去ったそうです。一方の警察も、部外者の捜査への介入を許し、なおかつ捜査情報を漏らしていたという負い目があったのでしょう、刑事が一人辞めた以外は探偵を不問に付す代わりに口を固く閉ざしました。それ以来、県警は部外者、特に探偵を名乗る者に敏感になっているという話ですよ」

「そんなことがあったなんて……っていうか、『彼または彼女』って……」

「関係者が口を閉ざしているだけあって、ほとんどの者は探偵の性別も知らないそうですよ。ただ一つ分かっているのは、探偵が当時かなり若かったということ。現在であれば、三十代の半ばになっているはずだそうです……」


 翌日の午前九時半。首藤警部は再び横川町を訪れていた。

 駅を出、住宅街に向かう足取りは重い。昨夜はろくに眠れなかった。だがそれは事件の後処理で忙しかったからではない。これから会う予定の人物のことを考えると、布団に入っても中々寝付けなかった。

 会うのは一体何年ぶりだろうか。そんなこと考えている内、事前に教えられていた家の前に着いた。ごく普通の家族が暮らす、ありふれた一軒家だった。

 玄関扉の前に立ち、大きく深呼吸をする。警部は覚悟を決めて呼び鈴を鳴らした。

 ややあって、直接扉が開く。中から顔を出した人物が、軽く会釈をした。

「突然押しかけてすまない。久しぶりだね」

 警部の口から出る挨拶の言葉は、それが精一杯だった。

「お久しぶりです。十三年ぶりですね、首藤警部補……いえ、今は警部でしたか」

 十三年前よりも落ち着いた笑顔で彼女……透の母、森明美は微笑ほほえんだ。

 リビングに入ると、透の父である智也が直立不動の姿勢で出迎えた。警部の姿を見るや、背筋を正して敬礼をする。

「お久しぶりです。警部補、いえ、警部」

 妻と全く同じ言葉に思わず警部は吹き出した。「久しぶりだな。何も変わりがないようで良かった」

 実際には二人ともあれから大きく変わったと思う。年を重ねただけではない。やはりがまだ影を落としているのだろうと警部は思った。

 明美がこの街にやってきたのは十五年前、二十一歳の時だった。街に着いて早々、明美はとある事件に遭遇した。警察が自殺として処理しようとしていたその事件について、明美はいくつかの不自然な点を指摘し、それから三十分もしない内に僅かな痕跡から犯人を特定し、証拠まで見つけてみせた。驚く警察に対し、彼女はたった一言、自分は探偵だと名乗った。

 探偵という前代未聞の存在に対し、警察は大いに揺れた。その中でも、特に彼女の捜査協力を許可するべきだと上司に力説したのが新人刑事だった森智也、それを後押ししたのが当時警部補だった首藤元鬼だった。

 明美は「捜査アドバイザー」という肩書きを与えられ、特別に警察の捜査への助言を認められた。智也や首藤警部補の元で明美は多くの事件を解決、あるいは未然に防いだ。

 事態が急転したのはそれから一年半後のことだった。明美の推理が大きく外れ、警察は大幅な遅れを取った。捜査現場は大混乱を来たし、明美には謹慎が言い渡された。

 半年後、明美は捜査アドバイザーの肩書きを返上、彼女を捜査に引き入れた智也も辞表を提出し、警察を辞めた。そのまま二人は街を去ったとされる。首藤警部補は二人の様子が気がかりだったが、既に警察内で二人の話をすることはタブーとなっていた。それが今、このような形で再開することになるとは夢にも思っていなかった。

「今日は仕事は?」やや気まずい雰囲気を和らげようと、警部は当たり障りのない話題から入る。

「半休を取りました。変に勘ぐられないよう、透の前では普段通り出たように装いましたが」息子の名前を出した途端、透と言えば、と智也の表情が真剣になる。

「すぐお分かりになりましたか、あいつが私たちの息子だって」

「もちろん。君たちが結婚したという噂は聞いていたからな。森という名字ですぐピンと来たし、何より」と警部は、智也の隣に座った明美に視線を移した。

「君にそっくりだった。事件を前にした時の表情が。そう言えば、透君から聞いたよ、手製のキーホルダーがヒントになったって。あれもきっと……」

「ええ」明美が頷いた。

「話を聞いて、密室じゃなくアリバイトリックだってことにはすぐ気付きましたから。あの子がどこまでできるか試してみたんですが、まさか華ちゃんがあんなことになるなんて……」申し訳なさそうに俯く。

「いや、君たちの責任ではない。それに、具体的なトリックや犯人に気付いたのは透君の実力だ。それより」警部はいよいよ本題に入る。

「昨日、皆に会ってきた。五人とも、これから探偵団をやっていくことに乗り気だった。他の親御さんはともかく、君たちはどう思う?」

「それは……」透の両親は迷ったように顔を見合わせた。明美が口を開く。

「透がミステリーに興味を持ち始めた時から、いつかこんな日が来るんじゃないかとは思ってました。でも、華ちゃんや他の子がいるなら……」

「それだ」警部は思わず大声を上げた。

「彼は一人ではない。四人の仲間がいる。それに、私たち警察や学校の先生もいる。勝手かもしれないが、透君とその友人たちは私が責任を持ってサポート、保護すると約束する。だから、どうか彼らが探偵をやるのを認めてくれんかね」そう言い切ると、警部は深々と頭を下げた。

 ほとんど間を置かず、智也と明美も頭を下げ返した。「息子たちのこと、こちらこそどうかよろしくお願いします」

 その言葉を聞きながら、首藤警部は心に決めていた。自分は十三年前、この探偵と部下守れなかった。だったらせめて、彼らの息子は全力で守ろうと。


 その頃、教室では、透が大人たちの会話も露知らず、僅かな休み時間を惜しんで図書室で借りた推理小説を読みふけっていた。

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