カソウセカイ〜林檎をめぐる終末記録〜

平坂雪

第1話

 いまきているこの世界せかいは、なにかおかしい。アタシがそうおもはじめたのは、昨日きのう病院びょういんって、会計迄かいけいまで時間じかん雑誌ざっしんでいたときからだった。


「ミチルさーん」


「はい」


 適当てきとう返事へんじをして、雑誌ざっし本棚ほんだなもどそうとおもった。アタシはその瞬間しゅんかんつけてしまった。林檎りんごべなくて方法ほうほう、という特集記事とくしゅうきじを。


 カソウセカイとばれているこの世界せかいでは、住人じゅうにん毎日林檎まいにちりんごべるノルマを達成たっせいしなくてはならない。一見いっけんすると簡単かんたんそうにおもえるだろう、だが難易度なんいどひとによりけりなのだ。


「ミチルさんの本日ほんじつのお会計かいけい林檎りんご100になります」


「はあっ?保険証ほけんしょうしたじゃん!せめて80にしてよ」


 アタシの場合ばあい今日きょうべなくてはならない最低限さいていげん林檎りんごかずは552毎朝まいあさアラームで告知こくちされるのだ。まんいち必要数ひつようすうれない、あるいはべられなかったという場合ばあいには翌朝よくあさアラームのわりに警報音けいほうおんる。


 警報音けいほうおんがただるだけならばかまわわない。アタシだって支払しはらかずこだわらないだろう。問題もんだいなのは、警報音けいほうおんが3かいってしまった瞬間しゅんかん住人じゅうにん戸籍こせきごとすっかりえてしまうというてんだった。


 こわい。ただその一点いってんきる。アタシは雑誌ざっしをもう一度いちどじた。やっぱり馬鹿ばかげてるよな、自分じぶん存在そんざいしにってるようなもんじゃないか、と。


 アタシは会計かいけい集中しゅうちゅうすることにした。まえ職員しょくいんさんは顔見知かおみしりだ。ならばひそかに能力のうりょく使つかっても問題もんだいい。


 宝石商ほうせきしょう、アタシの能力のうりょくだ。人間にんげん知識ちしき宝石ほうせきえてあるける。宝石ほうせきべつ人間にんげん飴玉あめだまのようにめることあたらしいだれかの知識ちしきわる。ただそれだけだが、林檎りんご支払しはらいたくない場面ばめんでは重宝ちょうほうされる。


 職員しょくいんさんのまたたきのタイミングで能力のうりょく発動はつどうさせ、相手あいてこのみそうな宝石ほうせき指定していして抽出ちゅうしゅつ此方側こちらがわ能力のうりょく使つかったという記憶きおくさえも宝石ほうせきにしてしまえば、相手側あいてがわなにをされたのかおぼえていない。


 アタシがてた知識ちしきはさほど重要じゅうようではないもの、というより相手あいて以前いぜんアタシから購入こうにゅうしてった宝石ほうせきだ。


 何処どこから能力のうりょく情報じょうほう流出りゅうしゅつしたのかはさだかではいが、ときたま宝石商ほうせきしょう目当めあてでアタシのもと人間にんげんる。アタシはそういうやつらがきらいだった。他人たにん知識ちしきをやり出来できるこんな能力のうりょく価値かち見出みいだせるなんて、くるってると。


「お会計かいけい、いつものでたのめる?宝石ほうせき、とびっきりの入荷にゅうかしてるんですけど」


「そうですね......それならアメシストとオパールとローズクォーツけいのものを10ずつになります」


「たっかーい!おねーさん、5ずつにけてくれません?いま在庫ざいこ調しらべたんですけど、どうしても高級こうきゅういしはそれくらいしかくって」


 れないように注意ちゅういしながら、注文ちゅうもん宝石ほうせき手渡てわたす。職員しょくいんさんはいいでしょうとった。なら最初さいしょから林檎りんご要求ようきゅうするなよとツッコミをれたくなるが、アタシは前線ぜんせんきではないので愚痴ぐちっても仕方しかたがない。


 病院びょういんときよりもいたくなったあたまかかえながら、アタシは病院びょういんあとにした。どうにも雑誌ざっし特集記事とくしゅうきじかれてしまってまなかった。

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