15 新たな一歩を踏み出した件

 メイからの手紙は、便箋六枚にも及ぶものだった。こうなった経緯と、今までの感謝、そして詫びの言葉。

 兄は黙りこくったままそれを読み、くしゃりとそれを握った後、静かに泣き始めた。




 あたしは雑貨屋を辞めた。倉石さんと働くのが恐くなったわけじゃない。受験勉強をするためだ。

 メイが居なくなってから、あたしは色んなことを考えた。このまま雑貨屋の店員になるのもいいけど、それじゃあ何だか夢を諦めきってしまったみたいだ。

 兄の家から、あたしは予備校に通った。こちらの大学を受験すると決めたのだ。勉強するためなので、兄も快く置いてくれた。

 一か月ぶりの勉強は、正直キツかった。けれど、予備校には友達もできて、一緒に頑張った。

 そうして、四月。

 あたしは女子大生になることができた。


「由香! こっちこっち!」

「お父さん! お母さん!」


 入学式の日、両親は大学まで来てくれた。真新しいスーツに身を包んだあたしは、晴れ晴れとした気持ちで両親を迎える。


「やっぱり都会の大学は規模が違うわね。こんなに人がいるなんて」

「はぐれるんじゃないぞ、由香」


 両親と連れ立って、あたしは入学式の会場に入る。学長の言葉と流れる校歌。あたしは女子大生になったことを実感する。

 入学を機に、あたしは兄の家を出て、一人暮らしをすることになる。ちょっぴり不安だけど、兄の家では多少家事はこなしたし、何とかなるだろう。

 会場を出ると、サークルの勧誘だろう、大勢の生徒たちが道の両端で待ち構えている。何枚かのビラを受け取ったあたしは、どこかに所属してもいいかな、なんて考える。


「由香!」


 ビラから目を離すと、兄の姿があり、あたしはそちらへ駆け寄って行く。


「お兄ちゃんも来てくれたんだ!」

「ああ。でも、俺だけじゃないぞ。そろそろ来るころだと思うんだが……」


 あたしはふと、校門の柱を見る。そこに寄りかかっている、キャップを被ったサングラスの男性。それはもちろん――。


「メイ!」


 あたしの大声に、周りの人たちが驚いて振り向いてくる。でもあたしは、そんなこと気にしない。


「メイ、メイだ!」

「ええ、僕です」


 おおよそ一年ぶりに見るメイの姿は、当たり前だけど何も変わっていなかった。


「どうしてここに!?」

「倉石さんのお力添えでね。人を襲わない吸血鬼だと、本部に正式に認めてもらいました。それで、こちらに戻ってくることができたんです」


 にこりと口角を上げるメイ。尖った歯が見えてしまっているけど、彼もよっぽど嬉しいのか、そんなことお構いなしだ。


「ということで、僕は今後も礼の家に居候することになりました。よろしくお願いしますね」

「うん、よろしくね!」


 これからも、吸血鬼との日々は続く。いつまでかはわからない。けれど、次に別れの日が訪れるまで、明るく楽しく生きて行こうじゃないか!

 ……あ、メイは死んでるけどね!

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兄が吸血鬼と同居している件 惣山沙樹 @saki-souyama

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