41.意志の旅路【旅の彩り】

 出会い、縁は何よりも尊きものである。それを蔑ろに、疎かにする者に、良き明日などやってこない。


 奇妙な3人に迎えられたリトスとアウラは、どういうわけか座してお茶を飲んでいた。湯気の立つ湯呑を一度机に置き、やっと落ち着いた様子の2人を見てアルゴアイズが口を開く。


「まあさっきも言った通りさ。旅の準備が不十分な若者に、格安で各種物品を提供しようじゃないか、という提案だね。まあ飲むかどうかは君ら次第さね」


孔雀羽根の扇を仰ぎながら、彼女は淡々と告げる。再び湯呑を手にしたアウラは、しかしまだ疑問を顔に浮かべていた。


「……大体のことはわかりました。でも、まだわからないことがあるんです。どうして私たちの事情が、そこまでわかったんですか? 私たちは今初めて会ったわけですし。それに、どうしてここまで……」


一息ついて、アルゴアイズは懐から薄緑色の眼鏡をかけて扇を2人に見せた。


「1つずつ、解説しようか。まず1つ。君たちの事情を知っていた理由だね。それは簡単。私の力たる『スガメ』によるものさ。これを使って、様々なものを見ることが出来るというわけだ。気付かなかったかもしれないが、このような目を各地に飛ばしてあるんだ」


良かったら後で確認してみるといい。と言うと、彼女は扇を置いて代わりに煙管を手にして葉を詰め、そして懐から取り出した筒に小さな火を灯して葉に移した。


「そして2つ目に……、これはさっきも言ったスガメで見ていたんだ。リトスにアウラ、と言ったね。数年間出入りすらできなかったペリュトナイを、解放したのは君たちなんだろう? 正確には英雄セレニウスと多くの戦士たちが尽力したそうだが……。君たちの参戦によって何かが変わったのは、見ていただけでもわかったよ」


煙管から吸い込み、煙をはく。部屋には煙草の匂いとも違う、甘く澄んだ匂いが広がる。それに不快感を示す者など、いなかった。再び彼女は、葉に火を灯す。しかしアウラは、その手をわなわなと震わせていた。


「……見ていたのなら、何故助けに行こうとしてくれなかったんですか……。傍観者に徹して、全部終わった後にこれですか……!」


アウラはわかっていた。そんなことを言ったところで、何が解決するでもないと。だが溜まったこの想いを、彼女は吐き出したくてたまらなかったのだ。アウラの絞り出すような声に、返って来たのは再びの甘く澄んだ煙。トンという音と共に煙管から灰を落とし、アルゴアイズは煙管を机に置いた。


「私たちは私たちにできることをするだけなのさ。あんな危険地帯に飛び込んで、私たちが生き残ることなんて出来ようはずもない。だから私たちにできること、あの国から旅立つ若い芽が花開くための手助けをすることを、しようとしているだけさ。まあ、君の気持もわかるがね。今更どうだと、言いたい気持ちもね。私はあの戦いを見ていた。……その中で、失われる多くもね。……言いたければ言えばいいさ。私は、それを受け止めるよ」


いつの間にかアウラの目から涙がこぼれる。それに何をするでもなく、アルゴアイズは彼女に優しい眼差しを向ける。そこで口を開いたのは、暇そうにしていたカゲロウキャップだった。


「アウラは話しどころじゃなさそうだから……。リトスって言ったっけ。この提案、受けるの? 受けないの?」


その問いは、最初に立ち替わったもの。とっくに湯呑の中身を飲み干していたリトスは、少し考えた様子で目を閉じていた。


「……この現状は早くどうにかした方がいいと思うからね。受けるよ。いくら払えばいい?」

「へえ……。思ったより話が早いね。ボス、伝票はどこです? もうまとめてあるんでしょう?」


アルゴアイズが引き出しから、1枚の書類を取り出してカゲロウキャップに渡す。そこには様々な品目が書かれており、下にはそれらの合計金額たる『150エルド』の文字があった。カゲロウキャップは、書類の一番下にある署名欄を指さした。


「ここに貴方の名前を。ペンいる?」

「お願い。……これでいい?」

「……はい、確かに。今から積み込みを始めるから、貴方は待ってて。……マイスター、貴方も手を貸して」

「オレは職人であって力仕事担当じゃないんだがなあ! まあ手伝うぜ!! リトス!! お前も来るか!?」


相変わらずの大声で、リジェネラルがリトスに声をかける。しかしそれと同時にリジェネラルはリトスの首根っこを掴んで引っ張っていったため、この問いかけは何の意味もなしていなかった。


「え? えぇ……? 何で僕まで……」


困惑しながら引っ張られていくリトス。だがその顔はどこか、晴れやかなものであった。


「はあ、まったく……。じゃあ伝票はここに置いておきますから、落ち着いたら荷台まで来てくださいね」


書類を机に置くと、カゲロウキャップは部屋から出ていった。残ったのは、すすり泣くアウラとそれを見守るアルゴアイズ。そして相変わらず広がる、甘く澄んだ煙だけだった。


 黒子のような姿の従業員たちが、木箱をエアレー車の荷台に運んでいく。そんな列の傍らで、リトスはぐったりして仰向けに倒れていた。


「はあ……。はあ……。しんどい……」

「どうしたリトス!! そんな体力で旅に出ていたのか!? もっと食って体力を付けろ!!」


ガハハと笑いながら、木箱を2つ抱えたリジェネラルがリトスの横で彼を見下ろす。しかしその目は、すぐに彼の腰に収まった杖に向けられた。


「……リトス。この杖は、スクラの作だな?」

「え……? どうして、わかったの?」


起き上がったリトスは、腰から杖を抜いて見せる。木箱を放り投げたリジェネラルはそれを受け取ると、まじまじと見つめる。飛んで行った木箱を受け止める黒子のことなど、全く気にも留めずに。


「ああそうだ間違いない……! この土の練り方といい、天素の含有量も……。リトス、お前はいい杖を受け取ったようだな!! スクラの作る陶器は、丈夫で高品質だから夜会旅商店うちでもよく扱っていたんだ! いやあ、久しぶりに見た!!」

「……本当に、職人なんだね」

「本当に、とはなんだ! 言っておくが、夜会旅商店うちで扱ってる金属商品は全部オレの作なんだぞ!! 実際に、好評もいただいてるしな!!」


上機嫌に笑うリジェネラルは、その鎧の隙間を唐突に漁り始める。そして何かを見つけたかのように手を止めると、取り出したのは短い金属の棒だった。ただしその先端には、高い透明度の水晶が取り付けられていた。その形は、リトスにとって見覚えがあるものだった。


「金属の、杖……? すごい……! これに天素を練りこむの、大変だったんじゃ……!」

「普通ならばそうだろうな! だがオレの場合は別だ!! 俺の『ハガネ』は容易な金属加工を可能とする!! それこそ金属を粘土のように糸のように!!」


自慢げに金属の杖を掲げるリジェネラル。そうして作業を完全に放置している彼に、急に現れたカゲロウキャップが手に持った長めの棒で軽く小突いた。


「仕事しなさいってのバカ鎧……。ごめんねリトス。このバカ鎧、こういうものに目が無くてね……。放っとくとすぐに飛びついちゃうんだ」


彼女は呆れた様子で、棒を放り投げる。そうして放り投げられた棒は地面に落ちることも無く、出てきたアルゴアイズによってキャッチされた。その横には、アウラもいる。


「危ないよ、カゲ。……それよりも、これを渡し忘れてたよ。リトス、これを」

「……これは?」


アウラと共に出てきたアルゴアイズは、リトスに一冊の冊子を差し出す。受け取ったリトスはそれを数ページめくった後、彼女に尋ねた。


「これはね、最近始めた新サービスの一環だよ。名付けて、『出張夜会店デミセ』ってね。ここの最後のページにいくつかの伝票があるんだが。まあ開いてみたまえよ」


言われるがままに、リトスが最後のページを開く。そこは不自然に分厚くなっており、いくつかの伝票が束になっていた。


「それにこの冊子、まあ商品カタログなんだけど。それに載った商品を書いて数日待てば、その時いる場所に商品が届くってわけさ。ああ、お代は着払いでね」

「あ、ありがとうございますアルゴさん。……アウラは、大丈夫そうですか?」

「彼女はもう大丈夫だよ。溜まりきっていたものを全部吐き出せたんだ。こういうことも、たまには大事だからね」


彼女の横のアウラは、先ほどまで泣いていたとは思えないような顔をしていた。しかし僅かに残った涙の痕跡は、先ほどまでが事実であったことを物語っていた。


「アルゴさん……、リトス……。ご迷惑をかけました。もう、大丈夫です。荷物が積み終わったら、出発しましょう。……私も積み込みを手伝います」


そう言うや否や、彼女はまだ残っている積み荷の山に走っていった。それを見ていたアルゴアイズは、愛おしそうに彼女を見つめる。


「……彼女は強い子だね。流石はあの戦禍を生き残っただけはある」

「……僕も、助けられたことがたくさんあります」


アウラを見つめる2人。そこで不意に、アルゴアイズが何かを思い出す。


「そういえば、君らは何処に向かっているんだ?」

「ああ、言ってませんでした? これからアトラポリスに向かおうと思っているんです。まあ最終的にはアマツ国なんですけど」

「アトラポリスか。あそこはいい街だぞ。旅の中継地点としての滞在だろうが、一度そこの大画廊に行ってみるといい。そういったことも、旅の良い彩りになるよ」


旅の彩り。それは、アマツ国だけを見据えていたリトスにとっては、全く考えてもいなかったことだった。


『私だって、色々なものを見て、更にる強くなりたいんですよ。セレニウス様が、昔やっていたように』


リトスの頭によぎったのは、出発して間もなかったころのアウラの言葉。この旅は、ただアマツ国に行くだけでいいのだろうか。そうではなく、その道中の様々を見て聞いて、多くを知るべきなのだろうか。リトスは己の旅について、そう考えた。そんな彼をよそに、作業を終えたカゲロウキャップがやって来た。


「ボス、積み込み終わりました」

「……そうか。ああ、これ領収書。資金管理は大事だからね。大事に保管しておくんだぞ」


アルゴアイズは、いつの間に手に持っていた小さな紙をリトスに差し出す。それを受け取ると、リトスは自身のエアレー車へと歩き出した。


「……大画廊、覚えておきます。ありがとうございました。色々と、何から何まで」

「ああ。せっかくの旅だ。楽しんで最後まで歩き切るといい」


リトスは振り返らない。彼なりの、前へ進むという意思表示なのだろうか。そうして荷台に入ると、そこには先にアウラが待ち構えていた。彼女は積み込まれた荷物に、目を輝かせている。


「アウラ。確認は出発してからにしよう」

「……はっ! すみません、つい夢中に……」


声をかけられたアウラは、一瞬の間をおいて我に返る。そしてリトスが発進の指示を送ると、指示を受け取ったエアレーは走り出した。動き出したその刹那、アウラは荷台から顔を出すと夜会旅商店タビヨミセに向かって大きく手を振った。


「ありがとうございました!! また、会いましょう!!」

「おう!! また会おうぜ!! 今度はお前の剣、よく見せてくれよ!!」


それに真っ先に手を振り返したのはリジェネラルだった。その大声に、横にいた黒子やカゲロウキャップは驚いて一瞬動きが固まった。エアレー車は徐々に加速して、夜会旅商店タビヨミセとの距離を離していく。その走行に、一切の怖気はなかった。


「行っちゃった。……久しぶりに、いいお客さんに会えたかも。……ところでボス、次はどこに行くんでしたっけ?」

「ん? そりゃあ、ゼレンホスに決まっているじゃないか。そろそろ『大書管殿』に報告をしなくちゃね。ただ……」


去っていくエアレー車を見ながら、アルゴアイズは優しく笑う。


「ちょうど近くまで来ているんだ。ペリュトナイに顔を出していくか。しばらくできなくなるから、ここで大きく稼いでおかなきゃね」

「ボス……!」

「ハッハッハ!! 久しぶりに行くんだ!! セレニウスやスクラに挨拶もしておかないとな!!」


上機嫌なまま、3人は屋敷へと戻っていく。それに続くように、作業後の黒子たちも戻っていく。そうして全員が入っていった直後、屋敷の下に備わった車輪が一斉に動き出した。向かう先は、エアレー車の真逆だった。その進行にも、一切の迷いはなかった。


 先ほどまでとはうって変わって物で満ちた荷台の中では、アウラが目を輝かせて木箱を開け続けていた。彼女が開けた木箱の中には、様々な保存食がぎっしりと詰め込まれている。更に彼女が開けた箱の中には、金属で作られた瓶のような容器が10数本詰まっていた。それを取り出したアウラは、その栓を抜くと更に目を輝かせる。


「すごいですリトス! これ全部綺麗な水ですよ! それに食料までこんなにたくさん! しばらく持つどころの量じゃないですよこれ! 一体いくらで買ったんですか!?」

「ええと……。たしか150エルドだったかな」

「格安じゃないですか! いやあ、今度何か買わなきゃですねぇ……」


まるでおもちゃを手にした子供のようにはしゃぐアウラを見て、リトスも開けてみたくなったのだろう。適当な箱を手に取ろうとした彼の目が、その場には似合わない小さな細長い箱に向けられた。


「……こんな箱に入るようなもの、買ったっけな?」


不思議に思って開けたリトスは、その中身に驚くことになった。


「これ……! リジェネラルの金属の杖!」

「わあ! 精巧な作りですね! ……何か紙も入ってますね」


その箱の中にあったのは、リジェネラルが持っていた杖のような棒だった。それと一緒に入っていたのは、半分に折られた紙だった。それを開くと、そこにはきれいな字で、『使った感想を今度教えてほしい』と書かれていた。


「リジェネラル……! ……ありがとう」


ささやかな贈り物にリトスは顔をほころばせる。そうして多くの物資とささやかな贈り物を手にした2人の旅路は、再び進みだした。旅路の彩りとなったかどうかは、彼ら次第である。


 夜会旅商店タビヨミセとの出会いから数日が経った。潤沢な物資によって2人は何不自由なく進んできた。強いて何かあったとすれば、荷物が増えたことで広々と寝ることが出来なくなった程度だ。しかし、そんな旅路も一度止まることになる。


「リトス! 地図を見てください!」

「え? ……これは!」


地図が示す現在地。それは、彼らが第一の目標としていた湖の直前だった。一度エアレーに停止の指示を出すと、2人は荷台から外に出た。


「わあ……!」

「すごい……! こんな光景が、本当にあるだなんて……!」


2人の目の前に広がっていたのは、果ての全く見えない程に広大な湖。そして、はるか遠いはずの湖の中心にそびえ立つ、天を貫かんばかりの巨塔と、そこまで続く長い橋だった。事前に巨塔都市であることを知っていたアウラでさえも、この光景に唖然としていた。


「早く! 早く行きましょう!」

「うん! うん! さあもう少しだ! 行くよエアレー!」


急いで荷台に乗り込み、リトスは発進の指示を出す。彼の急ぐ思いがエアレーにも伝わったのだろうか。エアレーも普段より速いペースで加速して、橋を進み始めた。晴れ渡り風もなく、鏡のようになった湖面には、勇ましく走るエアレー車が見事に映っているのだった。

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