40.意志の旅路【幕間の出会い】

 旅とは出会いの連続である。これはほんの一部に過ぎない、しかしかけがえのない出会いの一部である。


 ペリュトナイでの激闘の果てに、リトスとアウラは旅立つことになった。その先に何が待っているのか、その果てに何が待ち受けているのか。それは誰にもわからない。だが、直近にあるものについては明らかな姿で立ちはだかっていた。


「……まさか食料類が無いだなんて。リトス、貴方は一体何を受け取ったんですか?」

「……宿題かな」


それなりに広い荷台の中。広げられた荷物は多かったが、その中に食料の類は1つも無かった。すっかり呆れたようにため息をつくアウラは、座り込んで虚空を見つめていた。一方のリトスも、この現状にようやく気付いてか、途方に暮れたように呆然としていた。地図が示す現在位置も、ペリュトナイを発ってから間もない位置にあった。


「……まあエアレーはそれほど食事を必要としない生物なので、このまま移動すらできなくなるということはないでしょうが、このペースでもあと4日はかかりますよ……」

「……! じゃあ加速すれば!」

「そんなことしたらエアレーが持たなくなりますよ」


会話が途切れ、互いにため息をつく。彼らの旅路には、早速暗雲が立ち込めていたのだった。


 そんなわけで、2人はしゃべることも無く時間を過ごすようになった。幕開けとしては、良くない傾向である。だがその沈黙も長く続くことは無かった。


『そ……のエ……レー車……』

「……何か聞こえるね」

「……私もですよ。でも気のせいじゃないですか?」

『そこのエアレー車。聞こえているか? 聞こえてるのなら顔を出したまえ』


2人が気のせいと無視しようとしたその声は、徐々に近づいて存在感を増していた。こうして聞こえてきたのは、まるで深い底から響くような、しかし涼やかな女の声だった。それに引き寄せられるように顔を出そうとする2人。しかしそうはいかなかった。


『出るならさっさと出てこいやぁ!! まさかオレらのことを怪しんでるんじゃないだろうなぁ!!』


突然響いたのは、地を揺らすような男の声。それに怯んで思わず2人は引っ込んでしまった。それは2人だけではなく、荷台を引っ張る2頭のエアレーも同様だった。それにより、エアレー車の動きが止まる。


「へぇっ!? 何!?」

「なんて大きな声……!」


突如止まったエアレー車に、驚きを隠しきれない2人。そして各々が得物を手にして警戒を露わにする。


『何やってんのバカ鎧……。そんな大声出したら警戒されるでしょ……』

『ああ!! すまんなぁ!!』

『はあ……。全く仕方ない。私が出るよ。こういうのは私の仕事だからね』


外から新たに聞こえたのは、呆れたような少女の声だった。男と少女の短い会話の後、声が聞こえてくることは無くなった。この状況に2人は困惑するほかなく、得物を手にしたまま固まってしまった。


「何なんだ……? さっきから、一体……」

「……とりあえず、エアレー車を出しませんか? とにかく先に……」

「う、うん……そうだね……」


先ほどから不思議なことが起こり続けているが、大まかな状況は何も変わっていない。ここで再出発し、少しでも早くアトラポリスに着くことが先決だ。着いてしまいさえすれば、過剰ともいえる財力に物を言わせて飢えを満たすことが出来る。発進の指令を送るために、リトスは杖を構えて指示を送ろうとする。しかしそのために杖を掲げようとしたところで、何かがリトスの腕を掴んだ。


「ぎゃあああああ!!? 何か触ったあああ!?」

「リトスが女の子みたいな悲鳴を!? そ、それよりも、大丈夫ですか!?」


驚いた拍子に叫び、杖を取り落とすリトス。それに一緒に驚きつつも、アウラは剣を抜き放って警戒を高める。すると慌てたような布の揺れる音の後で、虚空から急に少女が現れた。


「ああちょっと待って! ……急に驚かせてごめん。 とりあえず、一旦それしまって」


アウラから一定の距離を保ちつつ、少女は剣を収めるように促す。


「貴女は、何者ですか?」

「とりあえず、話だけでも聞いてほしいな。私たちの、移動拠点に案内するよ」


オーバーサイズのパーカーにハーフパンツ。そしてその頭に目立つのは明らかにサイズの大きな帽子といった、いわゆるストリートファッションの姿に身を包んだ少女は、ひきつった笑みを浮かべながら手を上げて無抵抗の意を示していた。


 荷台から出た2人は、まず最初に驚くことになった。彼らのエアレー車の傍には木造の建物が横付けしてあり、それは彼らの荷台など比べ物にならないほどに巨大であった。少女に案内されるまま、2人はその屋敷のような建物の入り口へと案内される。そこには古びた木の看板が掲げられ、これまた古い筆跡で『夜会旅商店』と書かれていた。


「ひとまず入って。ボスの許可は取ってあるから」


屋敷のような立派な外観に反して、その入り口はみすぼらしい小さなドアが1つあるだけだった。ギギギ……ときしんだ音を立てて開くそのドアの先には、長く続く木造の廊下が広がっていた。少女の案内に、2人は後をついていく。こうして何度か廊下を曲がったり、階段を何度か上った果てに辿り着いたのは、青と緑が混ざったような色をした宝石が1つ埋め込まれたドアだった。


「……やっぱり慣れないなぁ」


少しの間を置き、少女はドアに手をかけ開いた。それに、2人も続いた。


「ボス。2人を連れてきました。……戻っていいですか?」

「ああ、ご苦労だねカゲ。まだ戻っちゃダメだよ」

「おお!! お前たちがあのエアレー車の!! 思ったよりも若いんだなあ!!」


そこにいたのはリトスとアウラの数倍の体躯を誇る鎧武者と、部屋の主が如く立派な椅子に腰かけた、蒼い着物姿の女性だった。彼女が膝をつく机には、クジャクの羽根で作られた扇が置いてあった。


「さて、急に驚かせてすまなかったね。2人の主として詫びよう」


姿勢を変えず、彼女はそう口にする。言葉上では一応詫びてはいるものの、その態度は飄々として掴みどころのないものであった。


「貴方たちは、一体誰なんです?」


あまりにも急な展開に圧倒されていたリトスが、やっと口を開く。すると、その言葉を待っていたと言わんばかりに、女性はニヤリと笑う。


「ああ、申し遅れたね。ようこそ。我らが『夜会旅商店タビヨミセ』へ。私は主人のアルゴアイズだ。気軽に『アルゴさん』とでも呼んでくれたまえよ」

「オレはリジェネラルってんだ!! ここの職人をやらせてもらってるぜ!!」

「私はカゲロウキャップ。……さっきのボスみたいに、『カゲ』って呼んでもらって構わない」


それぞれ名乗る3人に、リトスもアウラも困惑を隠しきれなかった。


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