恋の鐘を鳴らそう

「いつもこうやってナンパしているの?」


 美咲のきつい視線に少年は溜息を吐いた。


「まさか。僕は中1だし、そんな事しないよ」


「じゃあデートって?」


「気分転換になると思ったんだ。お姉さん、大学生くらい? 東京はいつから?」


「この春から」


 美咲はつい正直に答えた。


「 それ多分ホームシックなんだよ」


「ホームシック⁉︎」


「そ」


「違うよ。たった今失恋したの!」


 美咲は空しく思いながら声を荒らげた。


「そうかな? ホームシックってSNS依存になるってよ。……そんな暗い顔で悲しい気持ちだけを持ち帰るより、お節介でヘンテコな子どもに連れ回される思い出の方がマシでしょ」


「本当にお節介」


 少年がおどけた表情を見せたので、美咲はつい口元を緩めた。

 と同時にグゥーッという間の抜けた音が美咲の腹から漏れた。


「近くに美味いパン屋があるんだ。ほら、いくよ」


 くくっと笑った少年は、立ち上がって手を差し出した。


「あったかい」


 素直に手を取った美咲は小さく呟いた。

 思えば、東京に出てきて1ヶ月以上、人に触っていなかった。手を離した後もぬくもりの余韻が掌に残る。


(私、本当にホームシックだったのかも)


 子どもに諭される自分を情け無いと思いながらも、美咲は今の状況を楽しみ始めていた。


 

***


 

 穏やかな春の昼下がり、二人は近くの公園で遅い昼食をとった。


「陸くん、これすっごく美味しい」


「一番人気だからね。自家製のソースこだわって作っているらしいよ」


「そう、このタルタルと魚フライが絶妙なの。パンもふわふわだし。…… 季節のフルーツサンドも生クリームたっぷりで美味しそうだね」


「美咲さん、欲しいの? 苺のとこあげようか?」


「いやいや、それは悪いよ」


 自己紹介を終えた二人は大分打ち解けて会話をしていた。


「この辺りなんだかホッとする。東京って建物と人が多すぎて息が詰まるし、自分の中の良い成分がジワジワ出ていって干からびそうな感じがしてたんだ」


「まぁ砂漠に例えた歌とかあるしね。でも東京にはこんな場所も沢山ある。少しづつ知っていけば美咲さんも安心できるんじゃないかな」


 陸の言葉に、美咲は微笑んで頷いた。



 恋ヶ窪周辺を散策した2人は、最後に「恋」を応援しているという寺に立ち寄った。

 境内には福猫をモチーフにした「恋の鐘」が置かれていた。


「カップルなら永遠の愛を、ひとりなら良縁を願って鳴らすんじゃない?」 


 美咲は可愛らしすぎるデザインに照れたが、陸に促されて思い切り鐘の音を響かせた。

 


***



「今日はありがとう。あの…… 陸くんってさ。『徳川家康』好き?」


 別れ際、突然の質問に陸は一瞬目を見開いた。

 そのあと、彼はゆっくり頷くと晴れやかな笑みを浮かべた。


 かつて美咲は『狸爺』に名前について尋ねた事がある。


〈狸爺〉 実は僕『徳川家康』が好きなんだ。東京は400年前、雑木林と湿地が広がる寂れた土地だったんだよ。そこを整備して江戸のまちをつくった。それってやっぱりすごい事だと思うんだ。


 そんな理由を聞いて、それまで「謙信」推しだった美咲だが、家康のことも気になりだしたのだ。



「よく……気づいたね。『姫』」


「どうして、最初から言ってくれなかったの?」


「本当は会うつもりがなかったんだ。子どもだと知って『姫』にがっかりされたくなかった。実際の君は思ったより子供っぽかったけどね」


「『じい』が大人すぎなんだよ」

 

 むくれる美咲に陸は微笑みかける。

 

「ねぇ美咲さん。もう少しすれば君は東京での生活に慣れ、友だちも恋人もできるよ。僕が保証する、絶対に大丈夫。それに…… もし、ぬくもり必要になったらさ、友人としていつでもあげる。これからはリア友としてよろしく」


「うん」


 美咲と陸は手を振って別れた。


 乗り込んだ電車は珍しく空いていて、美咲はぼんやりと東京の街並みを眺めた。


(きっと彼はこの先どんどん素敵な男性になっていって、好きな人もできる。私の事を構う時間なんてなくなるだろう)


 それが自然な事と思いながら、美咲は寂しさを感じていた。

 

 スマホが震えた。

 画面を覗いた美咲はクスリと笑みをこぼした。


〈狸爺〉 万一、6年経っても『姫』がひとりの時は僕が責任をとって一緒に鐘を鳴らすよ。だから怖がらず、精一杯 fight!






 

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恋の鐘を鳴らそう 碧月 葉 @momobeko

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