文通のキミ
結騎 了
#365日ショートショート 279
「すみません。ミヤコさん、という女性を知りませんか」
声をかけられたのは、半世紀を生きた主婦だった。庭いじりの最中、麦わら帽子すら突き刺すような日差しの下で、やけに透き通った声を聞いた。
頭を上げると、そこには中年男性が立っていた。
「ミヤコ……。さあ、ここらでは聞いたことはありません。どうされたのですか」
「おかしいなあ、この辺りに住んでいるという話だったのに」
男は頭をぽりぽりと掻いていた。
「ごめんなさい。ミヤコさんというのは文通相手なんです。今時、ちょっと古臭いかもしれませんけど。ネットで知り合って、そこからあえて手紙でやり取りしませんか、って盛り上がって。19歳のミヤコさんは、大学に通いながらデザインを学んでいます。そういう人、ご存知ないですか」
主婦は麦わら帽子を深く被った。「いや、やっぱり存じ上げません。ごめんなさい」
「うーん。どうしよう」。男は困っていた。「今日のためにお金を貯めて東京まで来たのですが……。正直なところ、僕は手紙では25歳だと伝えていたんです。でも実際は35を超えている。まずはこれを、会って直接詫びたいと思っているのです」
「あら。それはそれは……」
礼儀正しく、男は頭を下げた。「すみません、他を当たってみます。どうもお手数をおかけしました」
男を見送る主婦の耳は、真っ赤に染まっていた。
文通のキミ 結騎 了 @slinky_dog_s11
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