つつじの花の前で泣いてしまうおんなの子


 四月の終わり、

 連休の最初の日、

 一面に咲くつつじの花の前で記念撮影をすることになった。


 高校一年生の女の子、

 真新しいブレザーとリボンとが初々しい。


 つつじのとても大きな植え込みで、

 そこに一面、すき間なく、薄紅色の大きな花が、

 無数に咲き誇っていた。

 葉っぱの緑なんてまったく見えない。

 本当にすき間なく、押し合い圧し合い咲き誇っていた。


「写真撮るわよ、花の前に立って、こっち向いて」


 うれしそうな母親の声。


 しかしその、

 高校一年生の女の子は、

 そのびっしりと咲く一面の花を見ると、

 はじめだけ眼を輝かせたが、

 次第にその表情は曇り、

 花の前に立った時には、少し、嫌そうな顔をした。


 白い花びらは、

 奥に向かうほどに紅く染まり、

 めしべにむしを誘うべく、

 甘い匂いを強く発し、周囲を圧するほどだった。


 淫靡な、

 感じがした。

 それが植え込み全面にすき間なくびっしりと咲き誇る様子は、

 美しい、というよりは、

 淫乱——

 そう感じた。


 花びらの、

 色彩の鮮やかさが、

 花びらの、

 その驚くほどの大きさが、


 ――


 そう感じた。


「ほら、早くこっち向いて、お父さんに撮ってもらうから」


 母親が急かした。


「背筋を伸ばして、胸を張りなさい、スタイルいいのに、それじゃ台無しよ」


 ここ一年ほどで少しずつ膨らみ始めた胸が強調されるのが嫌で、

 知らないうちに猫背になっていた、

 その十五歳の少女は、

 しかしはっとして背を反らせ、

 胸を張る。


 ワイシャツに、

 胸が押し付けられる感触。


「なんでそんな不機嫌な顔してるの?」


 そんな母親の言葉から、

 少女は、

 自分が笑っていないことを知る。


「ほら、笑って、可愛い顔が台無しよ」


 そう言われて笑おうとすると、

 不意に、

 ほんとうに不意に、

 少女は泣きそうになった。


(え? いけない、なんで? わたし……)


 気分を紛らわそうと、

 空を見上げると、

 五月の空の、

 そのあまりの輝度に、

 眼がくらんで、

 思わず少女は、

 両手でその陽のひかりを遮った。


「どうしたの?」


 母親が怪訝な声を出す。


「ううん、なんでも、……なんでもないの」


 少女はそう言い、

 再び気分を紛らわそうと、

 視線を反対側に転じた。


 そこには、

 一面の、花、花、花、——

 薄紅色の、

 視界いっぱいの、花びら、花びら、花びら、——

 白から、奥に行くほどに紅くなって、

 血の色、

 熱いほどの、肉感的なほどの、

 そして、……あまい、……におい。


「あら、ねえ、どうしたの? 気分が悪いの?」


 少女は、

 もう耐え切れずに、

 白い手で両眼を押さえて、

 泣いてしまっていた。


「なんでもない、……なんでもないの」


 十五歳の少女は、

 この視界を覆いつくすほどの花びらの前に立っていることが、

 つらかった。

 耐えられなかった。


「だいじょうぶだから、ほっといて」


 その圧倒的なほどの匂いに包まれて、

 そこに立っていることが、

 ただそれだけの事が、

 無垢な四肢を晒してはだかで立っているよりも、

 恥ずかしかった。


「ねえ、こっちを見ないで、お願い、……」


 そう言って、

 少女は、

 ただ泣き続けることしか出来なかった。


 **









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rkgk―――雑文置き場 刈田狼藉 @kattarouzeki

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