エピローグ

 あれから一週間後。

 俺たちは自分の家で、悠々自適の生活を送っていた。

 

「お風呂お先に頂きましたー。ディーンもいかがですか?」

 

 家のテラスで、俺は椅子に腰掛けて目を瞑っていた。

 眠っていたのではない。スキルの整理をしていたのだ。

 ザードに声をかけられ、俺は顔を上げて――。

 そして、ぶったまげた。

「――どうしました? ディーン!」

「どどどどどうした、じゃない! ちゃんと服を着てくれ!」


 ザードは風呂上がりのバスローブ一枚の姿で、俺の顔を至近距離で覗き込んでいた。

 石けんのやわらかい香りが鼻をつく。

 湯上がりの上気した肌が映えている。

 思わずガン見して、慌てて目をそらした俺に、ザードがいたずらっぽく笑う。

「そんなに照れなくていいですよ。見たかったら、見てもいいですって」

「聖職者じゃないのか、ザードは!」

「気にしなくてもいいですよ。愛さえあれば、たとえ神様だって許してくれます!」

「いいから早く、何か着てくれ!」


「――マスター。食事の時間ですが」


 テラスの入り口から、BBが声をかけてくる。

「そ、そうか。すぐ行く!」

「……お邪魔なら、離脱いたしますが」

「いや全然邪魔じゃない!」

 ジト目で俺と半裸のザードを交互に見る。

「ちなみにBB、今日のメニューは何だ」

「カレーです」

「そうか」

 俺は答える。

 BBがカレーに凝り始めてから、メニューはカレーが主体になっていた。

 一時は本当に三食とも全部カレーだったのだが、さすがにそれは問題があると考えたのだろう。今ではカレーは一日に一回くらいのペースだ。

 だからといって、飽きることはない。

 俺がもともと、食にそれほどこだわる性格ではないこともあるが、BBのカレーは毎回配合が違っていて、同じ味のことがない。

 少しも飽きずに食べることができた。

「食卓に行こう」

「はい……くしゅん!」

 テラスの風に吹かれて、冷えてしまったザードがくしゃみをした。

 

「……ディーン様! それにザード!」

「マキ、元気かい?」

 食卓では、マキが俺たちを待っていた。

「遅いで! 待たせんなや!」

 久々に食事を楽しむつもりらしい、エンシェントドラゴン・イズミが、遅れた俺たちに毒づく。

 食卓に着いて、みなで「いただきます」を言う。

 思い思いにカレーをよそって、口にはこぶ。

「「おいしいっ!」」

 皆が声を合わせた。いつもの光景だ。

 何気ないいつもの光景が、繰り返されているのが、嬉しかった。

「マキ、勉強は進んでるか?」

「……うん。学校に行けないから、テキストを見ながら予習してる」

 マキが笑いかける。

 

 あの事件があったあと、魔法学園は一時閉鎖状態になった。

 副学園長と、講師や生徒会長たちの、禁忌とされる研究。

 それらを外国に売りさばき、巨万の富を築こうとするアイデア。

 さらには、生徒を実験台に使った倫理課題。

 副学園長は逮捕、学園長も引責問題になり、学園の政治は空位になった。

 とりあえず学園そのものは王家の直属となり、代理の学園長が見つかるまで国王のスタッフ達が面倒をみるようだ。

 だが、そのとりあえずのスタッフが揃うまでは、学園の営業そのものがなりたたない。

 世評の批判にもさらされている今、学園は閉鎖するのが一番適切な処理と言えた。

 

「せっかく通っていた学園なのに、残念だな」

「……学園の友達が、一緒に勉強してくれる。勉強のための道具もいっぱいある。大丈夫」

「そうか! それはよかったな」

 マキの向学心が衰えたわけではないと知って、俺は喜ぶ。

「……全部、ディーン様のおかげ」


 その時、呼び鈴が鳴った。

「はい」

 BBが玄関の方へ向かう。

「お客様――だれでしょうか」

「――久しぶりに来たよ」

「まあ!」

 我が家にやって来たのは、なんとワンズだった。

「君たちのカレーが食べたくなってね」

 お忍びのマントを小脇に抱え、家に入り込む。

「わざわざ王族がいらっしゃるとは……何事ですか」

「なに、ちょっとした用があってね」

 ワンズはそう言って、BBから渡されたカレーを掬って、口にはこぶ。

「旨いな。パーティの気取った料理なんかより、こういうものが一番旨い」

 ワンズからのお褒めの言葉を頂き、BBは恭しく頭を下げる。


 今回の事件、ワンズの速やかな処理がなければ、もっと学園はひどいことになっていただろう。

 キツーネが黒幕であると判明してからの、国王の動きは速かった。

 ハイ・エーナ自身には逃げられたものの、ハイ・エーナの手の者はすべて逮捕。

 ザッシュら生徒会のメンバーは、未成年と言うことで追求はなく、むしろ学問への真摯な情熱がハイ・エーナに利用されたと判断され、奨学金が与えられることになった。

 学園の批判をかわすための措置に違いなかったが、お金を受け取って涙を流すザッシュの姿は、多くの人の胸を打った。


「ハイ・エーナを逃がしたのは痛かったが、それ以外はまあ、学園の刷新はうまくいったよ」

「それで、ハイ・エーナという奴は、一体何者なんだ」

「わからんが……何らかの魔法急進組織に所属しているらしいということだ」

「魔法急進組織?」

「ある種のカルト教団だな。ハイ・エーナが使用していた魔法の中に、暗黒魔法らしきものがあったことも認められている」

「――暗黒、魔法」

 俺とザードは目を合わせる。

 無心でカレーを食べ続けるマキ。

 その後頭部を自然に見てしまう。

「暗黒魔法を使用できる――人間」

 マキと最初に会った時、彼女のステータスを見かけた。

 その中に<暗黒魔法・レベル1>というスキルがあった。

 どのようないきさつかわからないが、彼女は人間が使うことのできないはずの<暗黒魔法>スキルをもっていたのだ。

 その後、こっそり<追放>スキルで、彼女の<暗黒魔法>スキルを追放したのだったが。

「――マキは、私たちのパートナー。それ以上でも、以下でもありません」

 ザードの言葉に、俺は頷く。

 彼女は――かけがえのない仲間。


 

 

「ともあれ、今日来たのは、他でもない」

 カレーを食べ終わって、口元を拭いながらワンズは言う。

「まず、君たちにお客さんだ」

「客」

 入ってきたまえ、の声と同時に、ドアがバーンと開かれる。

「ザード様――!! お久しぶりです!」

「エグザ?」

 元気な声とともにザードへ飛びついてきたのは、活発そうな少女だ。

「やっと見つけました! 大変だったんですよ!」

「彼女がディーン達を探していると訴えてきて、話を聞くとザードの後輩らしいじゃないか」

「そ、そうなんです……でもエグザ、なんでここに?」

「あー―!! こちらの方がディーン様ですね!」

 エグザはディーンを見つけ、頭を下げる。

「初めましてエグザと申します! ハイプリーストをしております! ずっとお会いしたかったです!」

「あ……ああ」

 あまりのハイテンションぶりに、俺は腰が引けてしまう。

 彼女のことは、ザードから聞いていたが、まさかこんなテンションの女の子だったとは。

「わたしずっとディーンさんに憧れていて! ああ、こんな日が来るなんて……!」

 すっかりテンションのあがってしまったエグザを、俺たちは見つめていた。

「ファンができたじゃないですか」

「……いいのか、これで」

 推しが尊いー、とか意味不明な発言をするエグザを尻目に、ワンズが改めて俺を見た。


「それから、ディーン。もう一つ伝えるべきことがある」

「何だ」

「これまでの働き、まことに見事であった。マニシュ古代遺跡の件も、学園の件も、お前達でなければ攻略できないものだ。

 今回のクエストを国王に伝えたところ、非常に喜ばれて、是非ディーン達のパーティをS級に認定したいと仰った」

「私たちが、S級!」

「凄い!」

「そしてディーン、お前は王族のクエストを二つ攻略したことで『王国の守護者』の称号を受け取って欲しい。

 これからも、我々のために力を尽くしてくれ」

「『王国の守護者』……!」

「……凄い、称号を賜っちゃった」

 ザードが俺に抱きついて、喜びをあらわにする。

「凄い! やっぱりディーンは、特別だったんですよ! 凄い冒険者だったんです!

 これからもずっと、一緒に冒険していきましょう!」


 

「悪いけど――辞退させてもらう」



 俺の言葉に、皆が水を打ったように静まり返った。

「俺に『王国の守護者』の称号は必要ない」

「……どういうことなの? ディーン……」

「何が不満なんだ? 必要な恩賞なら、考えてやるぞ」

 口々に言い募る。

「そうじゃないんだ」

 俺は皆の前に向き直った。

「俺は、ただの追放された男だ。

 たまたまスキルを授かっただけで、何か立派なことをしたわけじゃない。

 クエストが成功したのも、みんな周りの人間の力だ」

「そんな――そんなことないです」

「<追放>の力が強くなるにつれて――いろんなものを追放するにつれて、俺は思い始めたんだ。

 この力は、俺が自由にしていいものじゃない。

 この力は、俺がいわば代理で使用するもの。

 そして、この力を使っているかぎり、いつか『追放』の力を俺自身に向けなければならない」

 

 俺は、皆に告げる。

 

「いよいよ、俺は俺を追放する時が来たんだ――皆から」


「わけがわからないです! どうして、追放されなきゃいけないんですか!」


「この力には、代償が伴う。今まで、多くの人間を追放してきた――俺が追放されないで、皆の前に立てるはずはない」


 俺はマントと剣を手に取る。

「――行くのか」

 ワンズが告げる。

「いつかは出て行かなければ、と思っていたのだが――いいタイミングだ」

 ザード、マキ、BB、それにエグザは黙ったままだ。

 彼らにとっては、急な別れ。

 だが、俺はいつか別れなければならないと思っていたのだ。

「どこへ行くんだ」

「さしあたっては、街道を往こうと思う。ひょっとしたらハイ・エーナ達の情報も手に入るかもしれない」

 俺は冒険道具の詰まったリュックサックを背負う。

「――じゃあ」

 俺は手を振って、玄関から出て行く。

 

「帰って来てください」

 BBが俺を呼んだ。

「まだ、カレーが未完成です。マスターにカレーの完成形を食べて貰わないと、私のクエストが完了しません」

 表情のうかがえない人形の瞳。

 それでも、BBはまっすぐ俺を見つめた。

「勇者ジーグを追うのだろう?」

 ワンズが言う。

「ハイ・エーナの薬を持っているジーグの姿を見かけた者がいる。奴を追いかけるつもりだな?」

「あんなに落ちぶれたジーグを見たのは、ショックだった。俺はあいつを追いかけなければならない。

 追いかけて――話をきかなければ」

「だが、まだ学園の問題は解決していない」

 ワンズが俺をまっすぐ見て言う。

「いつか私の兄と、アクーニンが公然と対立を始めるはずだ。

 そのときは、この王都が大きく揺れるだろう。お前の力が必要になるだろう」

「――その時は、戻ってきますよ」

 俺は、ワンズに言った。

 

「私、まだ何も教わってないです!」

 エグザが俺に詰め寄ってきた。

「――ごめん」

 彼女に関しては、謝るほかはない。

「私、いつまでもディーン様を推します! ずっと待ってますからね!」

 

「……」

 悲しそうな目を向けるマキ。

「マキ。ごめん、でも決めたことなんだ」

「……いっぱい勉強するから」

「……」

「……いまよりずっとすごい魔法使いになるから、そしたらディーン様、一緒に冒険しよう?」

「もちろんだ。待ってる」


「ディーン。本当に――行っちゃうんですか」

 ザードが悲しそうな目でこちらを見ていた。

「――ああ」

「そうですか……」

 哀しげに目を伏せる。

 

「絶対、戻ってくる」

「……」

「じゃあ、さようなら――」

 俺は、家を出た。

 

 

 しばらく歩くと、街道に出た。

 俺が追放されて、だいぶ時間がたった気がする。

 独り身の気楽さを、俺は感じていた。

 ここからは、自分だけで進まなければ――。

 

 ――と。

 

 

 

「ディーン、待ってください!」



 背後から声をかけられた。

 

「ザード」


 見るとそこには、荷物を背中に満載したザード。

 

 俺に向かって笑いかけた。

 

「責任取ってくださいっていったはずですよ」


「――ザード」


「私は、貴方のことを追放しませんからね、ディーン!」


 そういって彼女は、腕を絡めてくる。

 

 俺は観念する。

 

「そうだな――ザード、一緒に行くか」


 力強く頷くザード。


 

 街道に、風が渡る。

 

 

 風は微かに潮の香りがした。このままずっと行けば、海。その先には、外国がある。

 

 

「――行こうか」


「はい!」


 

 俺とザードは、二人で新たな道を進み始めた。

 


(了)


ありがとうございます。これで第一部の終わりになります。

初投稿でつたない作品でしたが、多くの応援をいただき感謝しております。

また機会がありましたら、よろしくお願いします。


幻の「武道大会・第一戦 ノーキン戦」は、機会がありましたらお目にかけられると思います。ありがとうございました!

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勇者に追放された男、何でもこの世から消滅させるスキル「追放」で古竜も一撃で倒し、王家専属のSランク冒険者に成り上がる!〜今まで魔物もダンジョンの罠も全部俺が消していたって、ちゃんと説明したよね? もなか @sangatu3

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