第33話 武道大会・決勝戦

「次は決勝だぞ」

 ワンズが声をかける。


「ああ」

 

 戦いのあとで、ジーグは何も言わず姿を消した。

 おそらくまた、俺の前に現れるのだろう。そう考えると気が重い。


 ワンズが肩を竦める。

「あんな人間に、父は肩入れしていたのか……人間を見る目はあったと思っていたんだがな」

「いろいろあったんだと……思いますよ」

 ザードが重いため息を吐く。

 俺は気持ちを振り切った。

 

「――行こう。決勝戦だ」



 ワアアアアア――――――!!!!

 競技場は人であふれかえっていた。

 先ほどのリーラ戦、そして勇者ジーグまさかの反則負けと、とんでもない展開の続く武道会。

 それを制しているのが、用務員。

 あまりにすさまじい戦いに、皆が熱狂していた。

 

「それではこれより――決勝戦を行います!

 学園6年、ライ・オーン対、謎の用務員!」

 

 再び、万雷の拍手が巻き起こる。

 

 ライは俺をフィールド中央で見て、ニヤリと笑った。

「ご活躍のご様子ですな」

「……」

「お前が用務員だろうが、伝説の冒険者だろうが関係ねえ。たたきのめしてやるよ。こっちには秘密兵器があるんだ」

「一つだけ言っておく。その秘密兵器は使うな」

「ハッ!」


 ライが笑い飛ばす。

 その瞬間、

「それでは――ファイト!」

 戦いの幕が、切って落とされた。

 

(なるべく素早く、勝負を決めなければならない)

 俺はデッキブラシ片手に、積極的に仕掛ける。

 ライがあの薬を持っていたならば。

 そして、それを服用したならば。

 ライに先ほどリーラの手にした力が宿ってしまう。

 それはそれで構わない。

 だが、あの力は禍々しいものだ。

 ライの身体にどんな影響をもたらさないとも限らない。

 

 さらに、ハイ・エーナ達の動向もある。

 考えられないことが多すぎるのだ。

 素早く勝負を決めなければならない。

 

「スキル<体技>跳躍! 滑空発動!」

 俺は身体をたわめ、下半身に力を爆発させる。

 そのままライの間合いに飛び込む。

 相手が油断しているうちに、全力の攻撃を叩き込む。

 

「スキル<絶対者>、<氷結魔法>発動!」

 スキルにより魔力を極限まで増幅。

 以前ライの戦いを見た限りでは、相手の属性はリーラと同じ『炎』。

 リーラは水の魔法で、もっぱら彼女の力を防ぐことにしたが、今回はそんなことをいう余裕はどこにもない。

 

 氷結の最強魔法を至近距離で打ち込み、一気に相手を粉砕する。

 勝負を決めるのだ。

 全力の攻撃に怯んでいるライの顔を直視しながら、俺は魔力を解放する。

「スキル発動! 氷結魔法最高レベル、コキュートスの幽鳴!」


「――何をしている! レオ、薬を早く飲め!」

 その時、ハイ・エーナの声がかかった。

 

「お、おおう」

 慌てたレオ、薬を懐から取り出し、一気に呷る。

「バカ、そんなに一度に飲んだら……」

「グルアアああアアああアアア!!!!」


 すさまじい絶叫がフィールドを揺るがす。

 俺の氷結魔法が、すさまじい力で弾かれる。

「な、何だ……」

 俺がレオの方を見て、目に入ったもの。

 それは想像を絶する存在だった。

 

 巨大な肉体。

 大型の翼。

 頭からは巨大な角が生え、赤い瞳から狂気が放たれている。

 口からは牙がちらちらする。

 まさしく――悪鬼。

 すくなくとも、ライの面影をとどめるものは、どこにもなかった。

 

 ――どういうことだ!

 観客席から声が響く。

 ――こんな化け物を生み出すなんて、聞いてないぞ!

 ――いや、あれは、すこし使い方をしくじっただけで……。

 あれはザッシュの声だ。

 ――ふざけるな! あんなものを売りつけようとしていたのか!

 

「化け物で何が悪いのですか?」

 その時、ハイ・エーナの声が谺した。

「何?」

「購入するかしないかは、あの力を見てからでも遅くないでしょう!

 あれが――これからの戦争の標準になるんですよ!」

 

 標準?

 いったい何のことだ?

 

「やれ――ライ!」

 ハイ・エーナの命令が響く。

 ライだったものが、こちらをゆっくり振り返った。

 

 


「グルアアああアアああアアア!!!!」


 ライの突撃を、俺は剣捌きでいなす。

 戦いは長期戦の様相を呈していた。

 奇怪な薬で悪鬼化したライ。

 しかしその攻撃は、リーラに比して尚単純だった。

 もともと足らない知性が、変化によりさらに鈍磨したのか。

 とにかく闇雲に突っ込むばかりで、単調な攻撃ばかりだ。

 しかしそれでも、生命力は激甚である。

 俺は様々なスキルをバランスよく使いながら反撃を仕掛けていた。

 剣技のスキルで、あいての生命力を吸収。

 バフとデバフを兼用し、効率のよいダメージで魔力のセーブ。

 そうして、相手をじわじわと消耗させていた。

 

 もちろん<追放>は使わない。

 衆人環視の前で使うには、あまりにも正体不明で不確定要素が大きい。

 なにより、ライをこの世界からはじき飛ばすのは目的ではない。

 

 ――なんとか、ライを救う手立てはないか?

 

「おい、いい加減にしろ、ライ!」

 焦れたザッシュが声を荒げる。

「そんなものではないだろう! 俺たちの力は!」

「ザッシュ!」

 声を荒げるハイ・エーナ。

「その薬は、俺たちの理想なんだ! 決して、中途半端な化け物を作る為のものじゃない!」

「いい加減にしろ!」

 わめき立てるハイ・エーナの傍らに、身なりのよい男が近寄る。

 何事か呟くと、ハイ・エーナが絶叫した。

「お待ちください! これから! これからあのモンスターが、真の力を発揮するのです!」

 そして、ハイ・エーナが懐から瓶を取り出す。

「さあ、ライ! これを飲め! これはお前に、先ほどの倍の力を与える!」

 ライが、ハイ・エーナの方を見る。

「これが、お前に人間以上にしてくれるんだ!」

「人間以上――じゃないだろう」

 しずかな声が、俺の唇からもれた。

「何?」

「その薬は――人間を、人間から<追放>する薬だ」

 思った以上に、俺は高ぶっていた。

「何? 何を言っている――用務員……」

「人間を、人間から<追放>する。

 <追放>されたことのない貴様には、その哀しみはわかるまい……」

 

 ――追放力が・・・・・・。

 

「追放力が・・・・・・」

「何? 何を言ってるんですか、ディーン!?」

 ザードが俺を呼ぶ声が聞こえる。

 

「追放力が足りない。もっと、もっと俺を追放してくれ……」

「もっと追放してくれ、って、そんな……」

 ザードが困惑した顔で俺を見上げる。

 

 当然だ。

 俺も、自分が何を言っているかわからない。

 だが、俺は<追放>されなければならない。

 

 もっと追放されて、追放される者の哀しみを背負わなければ――。

「何を、何をどうすれば……」

 混乱の極みに達するザード。

 

 その時だった!

 

(ディーン! お前を改めて、俺たちのS級パーティから追放する!)


 脳裏によみがえる、ジーグの声。

 

(どこまでも、俺の足を引っ張りやがって! このクソ野郎が!


 お前がもし、自分のしたことを反省して俺たちのもとへ戻ってきたいっていうなら、考えてやらないでもなかった!

 

 だが、その機会は永久に失われたんだ!

 

 お前はS級パーティには戻れない!


 何度でも追放してやる! 貴様を受け入れるところなど、どこにもない!)

 

 その瞬間。

 俺の身体に、再び圧倒的な追放力が注ぎ込まれた。

 

 回想でさえも、俺に追放の力を与えてくれるジーグ。奴こそまさに追放勇者。

 

「さすがだな、ジーグ……。お前の追放は一味違う。

 陰険で、もの分かりが悪くて、自己弁護に満ちていて……並の追放じゃない……」



 

 ――レベルアップ、スキル<追放>レベルMAX

 ――特殊能力???を覚えました。

 

「――何? 何が起こったの――」

 

「やっとわかったんだんだ……追放され、追放して、追放された俺が、どうすればいいのか……」


 俺は<追放>スキルを解放する。

 全身を、白い光が包み込む。

 

「追放されて、追放の力を身につけ、追放を極めた――もはや、俺そのものが<追放>と言ってもいいだろう」


「何なんだ、貴様は!」

 ハイ・エーナが絶叫する。

 

「今<追放>してやるぞ――」

 俺はライに近寄って、その身体に触れる。

 

「追放の力では、完全に悪鬼化したライの身体から、薬の効果だけ追放することはできない。


 だが、俺の今使ったのは、極限小の<追放>。

 

 全身に<追放>が染み渡り、やがて彼の肉体と、精神とがゆっくり<追放>されていくだろう。

 

 不要な部分だけ、な――」

 

 腕、胸、足。全てにくまなく光がまたたいていく。

 

「<究極追放>――すべての、罪のくさびから追放されるがいい――」

 

 ライの身体の光が、ゆっくりと流動し始める。

 

 二重螺旋の黄金の流れになった追放の光。

 それは、天へ渦を巻く柱となった。

 

 まばゆい光が競技場を覆い――そして光が消えたとき、そこに禍々しい悪鬼の姿はなく、一人の少年が倒れていた。

 

 

「レフェリー」


 俺は、レフェリーに告げた。

 

「あ……し、勝者――用務員!」


 審判が告げる。

 だれも、想像だにしないラスト。

 それでも会場は、歓呼の声で沸いた。

 

 その時。

「お見事だ、ディーン。君が戦っている最中に、黒幕は確保しておいたよ」

 ワンズがそう言って、フィールドに降りてきた。

「黒幕って……ハイ・エーナじゃないのか?」

「あれはまた、もう少し厄介な連中のグループだ」

 そういって、一人の男を突き出す。

 グルグルに縛られた男が、こちらを見ていた。

 

「コイツが、真の黒幕さ」

「キツーネ……貴様」

「畜生……お前なんかに……」

 キツーネが、俺をにらみつける。

「ハイ・エーナに資金を提供し、ザッシュたち生徒会を意のままに操っていたのはコイツだ」


「……成程、そういうことか……」

 俺は、全てを理解した。

「ディーン、どういうことですか? 私にはさっぱり……」

「なに、簡単な推理だ。これだけ派手に動いて、いちばん利を得るものを考えて見るんだ」


 俺はそう言ってワンズを見る。

「言ってみろ。ディーンの考えを聞きたい」


 自分のたどり着いた真相を、俺は話しはじめた。


「実行部隊は、ハイ・エーナ率いるザッシュ達生徒会だ。

 彼らが何をしていたかは、今の学園の有様を見れば想像はつく。


 今の学園は、到底学府と呼べない。

 身分の高い家の連中が、我が物顔でうろつく場所だ。

 いじめが横行し、強い者が全てを得る場所。


 そういうところで、鬱屈するのはどういう人間か。

『学問に夢をかけて、立身出世を願う若者』だろう。

 つまり、真面目な学生達だ」

「……まあ、そうなりますよね」

「ハイ・エーナはそうした学生達の受け皿を作った。

 彼らがその能力を存分に振るうことができる、そんな場所を提供使用……と」

「……」

「そして、彼らに自分の研究をさせたのだ」

「さっきの、悪鬼化の薬ですか?」

「それもあるだろう。他にも怪しげな研究をいろいろしていたはずだ」

「それで、何をしようとしていたのでしょう……世界征服とか?」

「そんなにわかりやすければよかったんだけどな。

 おそらくは、それらの倫理を飛び越えた薬品を使った戦争をする……-他の諸外国相手に売りつけようとしたのだろう」

 そう言えば、さっきハイ・エーナに耳打ちしている、身なりのよい男がいた。

 あれが、海外から来た客か。

「無論国内では買い手はいない。

 何より、倫理が許さないだろう。

 人間を悪鬼に変える薬など……考えただけで悍ましい」

 だが……と俺は続ける。

「諸外国の中には、倫理など無関係に、とにかく強い武器が欲しいという奴だっている。

 そういう、自分の国に自前の研究スタッフも魔法研究のノウハウも使うことのできない連中。

 なのに、戦争の準備を怠ることのできない連中。

 そういう連中に、自分の研究成果を売り込む。

 今回の武道会は、そういう兵器のアピールのための場だったのだ」

「だが、誤算があった……」


 ワンズが言う。

「彼らが予想だにしなかったこと……それこそが、ディーンの出現だ」

「……俺が、都合よく勝ってしまったからな」

「ポッと出の、よくわからない用務員に、リーラがあっさりと倒されてしまった。

 おそらくゲスト達には、リーラが開発中の薬を飲むことが伝わっていたのだろう。

 すさまじい力で俺を圧倒して薬の効果を示すはずだった……」

「それが、あっさり失敗した」

「慌てた連中は、ライを利用して薬を飲ませようとする。

 その目論見は成功する――薬を飲ませるところまではな」

「だが、それでもディーンにはかなわない……」

 ワンズが苦笑した。

「兵器の展示会で、兵器がまったく使い物にならないことがモロバレしてしまうんだ。たまったものじゃないだろう」

「おそらく、ザッシュたちには『自分たちが利益を上げるため、軍用の兵器を作っている』ということは伏せていたのだろう。

 彼らは――自分たちが学園をよくするため、まっとうな成果のでる研究をしていたと思い込んでいたはずだ。

 利用されているとも知らず……」

「なるほど……」

 一同が頷く。

 

 

「だが、これでは不十分なんです」

 俺は皆に言い放つ。

「えっ?!」

 ワンズをのぞく皆が、驚く。

「外部につながる方法が必要なんだ……学生達がいくら利益のあがる研究をしたとしても、それを外部に売る人間がいなくてはならない」

「それが……タヌーキかキツーネというわけですね」

「容疑者がキツーネに絞られたのは、タヌーキが勇者ジーグを学園内に入れた時だ。

 用務員ならばまだしも、名のあるパーティが学園内を闊歩して、不自然な状況に気づかないはずはない。

 そのリスクを、あえて冒すこともないだろう」

「……」

「勇者パーティが武道会に出ることを知ったキツーネとハイ・エーナは、自分たちが追い詰められていると考えてしまった。

 ならば一刻も早く薬の効果を認めさせ、販売ルートに乗せてしまえばいいと考えたんだ。

 おそらく廃棄するには、資金をつぎ込みすぎていたんだろう。自分たちの成果に、絶大な自信を持っていたのかもしれないが」

「……」

「というわけで、ハイ・エーナと手を組んで危険な研究を学園の設備で行い、外部に売りつけることで資金稼ぎを行っていたのは、

 ――キツーネ、お前しかいないんだ」

 

「……ク、ククク……」

 縛られたキツーネが、肩をふるわせて笑い始める。

「学園落ちこぼれの、スキルなしが用務員になったと笑っていたら、まさかそいつに俺の計画がくじかれるとはな……」

 キツーネが、俺を見た。

 歪んだ怒りが、瞳に燃えている。

「副学園長――貴様、俺に無断で、そんな美味しい儲け話を! 一言言ってくれれば、もっと旨い方法を考えたのに!」

 本音を漏らしてしまうタヌーキ学園長。彼も彼でショックなのだろう。

「キツーネ殿。あなたの身柄は王立警察に保護される。そこでいろいろ聞かせてもらう」

 ワンズがキツーネを見下ろす。


 すでに観念した様子の副学院長、がっくりと項垂れる。 

「こんな、こんなスキルなしのクズに負けるなんて……」

「罪は償うべきだ」

俺は言う。

「俺は負けん! 俺の力をほしがるやつはどこにだっているんだ! かならず舞い戻ってやる!」

絶叫が、競技場を震わせた。

「俺は、追放されない! 

 俺の仲間は、どこにだっている!

 かならず、舞い戻るぞ!」


 そうして、キツーネは連行されていった。


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