第32話 武道大会・二回戦

 


 

 

 

「来たな、ディーン」

 フィールドの中央には、勇者ディーンが立っていた。

 その傍らには、ボランとレフ。

 セコンドは本来、一人しかつけてはいけないルールのはずだったが、二人のセコンドが勇者には許されていた。

 ムリをいって、ルールを変えてもらったのだろう。

「お前のせいで、俺たちがどんな思いで日々を過ごしてきたか……」

「なんだか、ちょっと……やつれたな」

 俺はジーグに言う。

「許さんぞ……ディーン……」

「ちょっと待ってください。ジーグ。逆恨みじゃないですか」

 たまらず、ザードがセコンドから声をかけてくる。

「ディーンはあなたたちから追放される前から努力していたし、追放されたあとも着実に信用を築いているんですよ。

 あなたたちになにがあったか知りませんが、自分のしたことは自分のしたことじゃないんですか!」

「ザード……てめえ……」

 ディーンが怒りをザードに向ける。

「俺はてめえも気に入らなかったんだ。いつでも優等生ぶりやがって。そのくせ悪口は一人前で」

「おい、ザード」

 ボランが声をかけてくる。

「今からでも、こっちに来ないか。ジーグがディーンをやっつけるから、俺の愛人になるなら戻してやるぜ」

「お断りしますっ!」

「いいのよ、あんなスベタ。この戦いが終わったら、アタシがあいつをやっつけてやるんだから……」

 レフがブツブツと呟く。

 

「それでは――勇者ディーン対用務員、ファイト!」

 

 俺はデッキブラシを構え、様子をうかがう。

 と――。

「くくく……見るがいい。勇者の大技……」


 暗い笑いを発して、ジーグが懐に手をやった。

 

「!!!!」


 俺は咄嗟に反応する。

 まさか、さっきのリーラの使った、怪しい薬品――。

 

「勇者特製、必殺マヒ薬!」

「ぐわっ!」

 

 違った。

 勇者ジーグが取り出したのは、全身をマヒさせる薬。

 俺はまともに被った。


「ぐっ……か、身体が……」

「ははははは! いいざまだな!」

 ジーグは動かない俺をひっくり返し、そのまま踵で蹴り飛ばす。

 ガッ! ガッ! ガッ! ガッ!

 俺の身体に、ジーグの蹴りがめり込んだ。

 

 特注のマヒ薬かもしれない。痛覚だけは伝わってくる。

 

「ぐっ、がああああ……!」

「オラオラどうした!」


 勇者の蹴りは止まらない。

 俺は口から血を吐いた。

 

「待ってください! おかしいです! ノーコンテスト!」

 たまらず、ザードがかけだしてくる。

「さっき、何か薬品みたいなのを、ディーンにかけました!」

「それがどうした! 武道会だろうがなんだろうが、はなからこっちは眼中にないんだ!

 ただ、このディーンをぶちのめせれば、それでいいんだよ!」

 

 ディーンに馬乗りになって、パンチで俺の頬を殴打する。

「ひどい……ひどすぎます!」

 セコンド席からかけだしてきたザードが、俺を庇おうと飛び込む。

「ザード、来るな……」

「そうはさせないよ!」

 同じく乱入したボランとレフが、ザードと俺を引き剥がす。


 ――あれ?

 その瞬間、俺は気づいた。

 身体が、自由に動く。

 

 場外に引きずられていくザードが、こちらを見て笑った。

 なるほど<マヒ解除>のスキル。

 彼女は何も考えず乱入したわけじゃなくて、俺を助ける目的があったわけか。

 本来ならセコンドの治癒魔法などの使用は許されていない。

 だが今回は向こうからやってきたことだ。

 

「はははは! セコンドもいなくなったな! 動けない貴様を、ここでじっくりいたぶってやるぜ」

「動けるよ」

 さっと立ち上がった俺を見て、ジーグは驚愕する。

「え?」

「――そこまで落ちたか」

 俺はジーグを見た。

 かつて勇者として、一緒に戦い、ちょっとは尊敬もしていた。

 そんな男が、卑劣な手段をつかってまでして、俺に勝とうとするなんて。

 

「こ、これは違う。ディーン。――そうだ。もとはといえば、お前が悪いんだ」

「……」

「俺がしびれ薬なんて、卑怯な手を使わざるをえなくなったのは、元々お前がずるい手を使ったからじゃないか。そうだそうだ」

「……」

「俺は、お前にずるい手を使われたんだ。だから、やり返す権利がある」

「――いつ俺が、ずるい手を使ったんだ」


 思ったより、ドスのきいた声が出た。

 ジーグが「ひいっ!」と引き攣った声を出す。

 

「そ、そんなの、見てわかるだろう」

「……」

「勝手に俺の元から去って、そして俺たちに罠をしかけた」

「……」

「わざと失敗するようにダンジョンを仕向け、わざと王の前で恥をかかせるように仕向けた」

「……」

「すべてお前のやったことだ。俺にはお見通しなんだよ」

「――俺は何もしていない。全部自分で撒いた種だろうが」


 ジーグが「ひいっ!」と跳ね上がる。

「お、俺はS級勇者だ! あちこちで金と名誉を積まれる! 王にだって謁見できる!

 王族のクエストだって受けられるんだ!

 それに比べて、お前は俺につきまとってるだけじゃないか! 地位も名誉もない。それがお前のすべてだ!」


「――俺は、いろんな場所から追放された」


 俺の言葉を聞き、ジーグはきょとんとする。

「何だ?」

「家からも、学園からも、パーティからも追放された。言ってみれば、俺自身が追放みたいなもの。

 だが、この世には俺と同じく、追放された人間が一杯いる。名前もなく、金もなく、苦しんでいるだけの人間が一杯いる。

 他人に利用されて、名前もなく追放されるだけの奴。

 俺は、そういった人間のために働きたい。

 名誉や地位じゃない。追放された人間のために働きたいんだ」

 

 昨日、ザードと話した言葉。

 その時までは、なんとなく漠然と考えていたことだった。

 だが、ザードは聞いてくれた。

 そのとき、俺の心が決まった。

 

「――追放された人のための、王になる。それが、俺の夢だ」

「ひゃははははははは!!!!」

 ジーグが狂ったように笑う。

「力も名誉もないくせに、よくそんなことが言えたな! よっ、王様!」


「……」

「どうやら、本当に自分の立場がわかってないみたいだな。見せてやるよ、勇者の真の力ってやつを……」

 ジーグが刀を抜いて、俺に向ける。

 

「いままでだれにも見せたことのない技だ……行くぜ」

 その瞬間、俺は勇者の刀を握る。

「ぐっ!」

 刀の先の小穴から放たれた毒薬は、俺の顔を逸れて、彼方へ飛んでいった。

 紫色の染みから、嫌な臭いがただよった。

「仕込んだ毒で……俺を狙ったのか」

「畜生!」


 開き直ったジーグ、俺をにらみつける。


「ディーン! お前を改めて、俺たちのS級パーティから追放する!」


 ジーグの声が、高らかに響き渡る!

 

「どこまでも、俺の足を引っ張りやがって! このクソ野郎が!


 お前がもし、自分のしたことを反省して俺たちのもとへ戻ってきたいっていうなら、考えてやらないでもなかった!

 

 だが、その機会は永久に失われたんだ!

 

 お前はS級パーティには戻れない!


 何度でも追放してやる! 貴様を受け入れるところなど、どこにもない!」

 


 ――その瞬間、俺の身体に圧倒的な追放力が溢れてくる。


「これは……」


 それと同時に、大量のスキルが頭の中に流れ込んでくる。


「<火球>」

「<効果極小化>」

「<範囲限定>」

「<転倒付与>」

「<束縛付与>」


 様々なスキルを、俺は即座に組み合わせる。


 突っ込んでくるジーグに向けて、俺は特製の火球をぶち込む。

 ダメージはなるべく小さく、戦闘だけを無効化するものを。

 

「ぐおおおおおおおお! いたいいたいいたい!」

 盛大にひっくり返る勇者。

 

 

 そのままぴくりとも動かない。

 静寂がフィールドを襲った。


 競技場には、全ての誇りと栄光を失った男が倒れていた。

 もはや追放するまでもない。

 

「――勝者、ディーン」


 アンパイアが、厳かに俺の勝利を告げた。

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