第31話 武道大会・一回戦
図書館の一室。
創立祭の真っ最中だけあって、俺たちのほかには姿はなかった。
「いやーまさか、ジーグたちがいるとは思いませんでしたね……」
「何か妙なことを言っていな……王様がなんとか、とか……」
「まさかあいつらも、王族のクエストを受けているとか」
「いや、まさかそんなことはないだろう」
俺たちがそんなことを話していると。
「随分、派手にやっているようだな」
部屋のドアが開き、二つ人影が現れた。
「ワンズ様! それに……」
「はろー。来ちゃいました」
「ギルドマスター・レイン……」
ワンズはお忍びの外出用だろう、地味目のマントに身を包んでいた。
レインは普段着のままで、いか焼きをうまそうに食べている。
「お久しぶりです……マニシュ遺跡の一件以来で」
ザードが椅子を退いて、ワンズを促す。
「毎日の報告ありがとう。思った以上の進展で、私も鼻がたかいよ」
椅子に座って、ワンズが鷹揚に話しかける。
「なにか、ずいぶん派手なことになっている……潜入捜査なのに、申し訳ないな」
「何、相手も一筋縄ではいかない。君たちが大胆に動いたおかげで、敵も表にでないわけにはいかなくなっているんだ。結果的にいい感じだ」
ワンズが笑う。
「それより……いくつかワンズ様にお聞きしたいことが」
ザードが神妙な顔をする。
「何だ」
「まず、勇者ジーグの一味のことですが……」
そうだった。
勇者ジーグと、ボラン、レフが現れたのは、初めから仕組まれたシナリオなのか。
「あれは私にも、完全に予想外の事態だ」
「なぜ彼らが、魔法学園にいるのでしょう?」
「皆目見当もつかないが……私に近い王族からのクエストを受けたのならば、話は別だが……」
ワンズが眉根を寄せる。
「さっきの話によると、私の父からは叱られているらしいからな。
あとは兄フィールズだろうが……父が嫌っている相手に、兄が肩入れするとは考えられない。
すると海外の要人とか、そのあたりしか考えられないが……」
どうやら、ワンズにも今回の事態は考えられないことらしい。
「――まあ、まがりなりにもS級パーティが、アクーニンと手を組むなんてことはありえないだろうしな」
ハハハと笑うワンズ。
「ワンズに想像のできない事態であるなら、これ以上考えても無駄だろう」
「……武道会で、戦うことになるって」
マキが不安そうな顔で俺を見る。
心配してくれているようだ。
「なるようになる。その時考えればいい」
俺はS級パーティの連中に、特段恨みはない。
たしかに今から考えれば、ひどい扱いを受けていたようだが、だからといって死ぬような目にあった訳でもない。
だが、スキル<追放>を閃いて、いろんな技能を使いながら戦うことを覚えた自分とは、まだ勇者ジーグは戦っていないはずだ。
ならば、手合わせしてみるのも悪くないだろう。
「――それにしても、なぜジーグは俺をあんなに睨みつけたんだろう?」
「なにかうまくいかないことがあって、それをディーンのせいにしているんでしょう。そういう奴らなんですよ」
「あ、そういえば、武道会の組み合わせが発表されたみたいですよ―」
すっかり創立祭をエンジョイしている様子のギルドマスター・レインが、がさごそとチラシを取り出す。
トーナメントが組まれていて、俺の名はそこにあった。
「このままでいくと、初戦はリーラと当って、その次がジーグ。決勝でレオと当るな」
「なんて、意図的なトーナメント表……」
「おそらくそういう目的で作られたんだろうな」
もしくは、ジーグたちがくちばしを入れたか。
「あとしばらくしたら初戦みたいですね」
そうか――俺は、時計を確認した。
「時間になったら、セコンドのザードは一緒に来てくれ。マキは、ワンズと行動を共にする方がいいだろう」
「観客席で楽しませてもらうよ」
ワンズがニヤリと笑った。
レインもサムズアップを向ける。
「……あの、ディーン様……」
もじもじと、マキが俺の方を向く。
「……頑張って、ください……」
「もちろんだ。みんなのためにも、必ず勝つ」
俺は宣言した。
――数時間後。
俺は登録を済ませ、武道会の会場である競技場へとやってきた。
●
ワアアアア――ッ!
アリーナは観客で満員だった。
学生達の姿もあれば、見慣れない人間もいる。
すでに競技は始まっていて、中央のフィールドでは熱戦が繰り広げられていた。
魔力を駆使する者。
力任せに突っ込む者。
どんどんカードが組まれ、勝者と敗者が決まっていった。
「――次ですね」
ザードが呟く。
「それでは次の試合は、本学園の5年生、メスゴ・リーラ対、謎の用務員!
両者、前へ!」
俺は獲物を片手に、フィールドの中央へ進み出た。
リーラが俺をにらみつけている。
「あんた、冒険者ディーンだったんだってね」
リーラが挑発的に笑う。
「何のことだ。俺はただの用務員だ」
「この後に及んで、しらをきる必要はないよ。なるほど、道理で強いわけだ」
リーラは彼女の武器であるメリケンサックを構える。
「あんたの武器はそれかい?」
「用務員だからな」
俺の用意してきたのは、デッキブラシ。
あくまで、俺は一用務員としてこの戦いに参加している。
用務員の道具を、手放すわけにはいかないだろう。
「バカにしてるのかい――後悔するよッ!」
「それでは――バトル開始!」
「うらあああああああ!!」
開始の合図と同時に、リーラは俺に突っ込む。
この間と、まったく戦法は変らない。
力任せに突っ込んで、相手を跳ね飛ばす。
それしか知らない――わけではあるまい。
自分の本領というものを、よく心得ているのだろう。
「スキル<火炎魔法>――ナックルバーニング!」
リーラがスキルを使用すると、拳のメリケンサックが赤く燃え上がった。
「くらいなっ!」
真っ赤な軌跡を描いて、ストレートが繰り出される。
俺は上体をスウェイさせ、彼女のパンチをかわす。
続けてアッパー、さらに連打パンチ。
激しいインファイトが続く。
俺は身体を上下させ、あるいはデッキブラシで拳をかわし、直撃を避ける。
「どうしたい! 逃げてばっかりじゃ、勝てないよ!」
「スキル<水魔法>――ウォーターガード」
俺は、彼女を包み込むように、水を放出する。
まともに噴出を食らい、メリケンサックの炎が消える。
俺はそのまま距離を詰めて、デッキブラシの柄でリーラのみぞおちを突いた。
「ぐっ……」
変らない戦法でくるなら、こちらも変らない戦法を使うのみ。
うずくまる彼女に、俺はデッキブラシを突きつける。
「観念するんだ。ケンカのバトルでは勝てても、本式の戦いでは勝てないよ。
きちんとスキルを学んで、柔軟な戦い方を学ぶんだな」
「ハッ、説教かい?
なんとなくわかってたよ。アンタには勝てないってね……」
スッと胸元に手を入れる。
一体、何をする気だ?
俺は警戒する。
「ただ、あたしはこんなものがあるんだよ」
リーラは、奇怪な小瓶を取り出す。
蓋をあけて、ぐっとそれを飲み干す。
――いったい何だ?
「ディーン、気をつけて!」
「ガアアああアアアア!!!!」
次の瞬間、リーラの姿が消え失せた。
俺の背中に、熱い衝撃が来た。
何が何だかわからないうちに、俺の身体は宙にあった。
眼前に、リーラの顔面が広がる。
それは先ほどの、彼女の顔ではなかった。
瞳は完全に正気を失っていた。
顔は引き攣り、歯がむき出しになり、大きく牙が覗けた。
異様な顔だった。
人間というよりも、悪鬼に近かった。
「い、一体何なんだ?」
動揺する俺に、さらに燃えさかる拳が来た。
死角。
あり得ない方向からパンチが来る。
彼女の身体の構造からは、骨を砕かないと繰り出せないはずの拳。
俺の身体に、それが大量に打ち込まれた。
「が―――はっ!」
俺は悶絶し、フィールドに倒れる。
「ディーン!」
ザードの悲鳴が上がる。
観客席の、歓声が聞こえた。
一体、何があったんだ?
あの奇妙な液体を飲んだリーラが、急に力を発揮しはじめた。
魔力も何倍にも増しているようだ。
それに、顔つきが人間を超越している。
――その時、俺の視界の片隅が、ハイ・エーナとザッシュの姿を捉えた。
二人は何事か満足に頷いていた。あいつらが後ろで糸を引いている――そんな直感があった。
俺は立ち上がる。
身体を何倍も膨れ上がらせたリーラが、俺を見て拳を炎で包む。
「グルアアああアアああ……」
その瞳に、もはや正気はない。
――仕方がない。
俺はデッキブラシを構える。
なるべく素早く決着をつける。
咆哮と共にリーラが突進する。
動きは単純。だが、スピードと力が常識外れ。
俺はじっと構える。
せり上がる恐怖に耐え、彼女の隙を狙う。
おそるべきスピードのファイアパンチ。
その瞬間、隙ができた。
俺は彼女の懐に飛び込む。
デッキブラシを振りかざして、そのままスキル発動。
「スキル<追放>―――彼女の、さっきの薬の力を追放」
ブワアッ!
黒い波動が、リーラに襲いかかる。
瞬間、彼女の全身から力が抜ける。
俺は彼女を軽くひと突きし、気絶させる。
勝負は決した。
フィールドの真ん中で倒れるリーラ。
俺は、満身創痍の状態で立っていた。
「勝者、ディーン!」
アンパイアの声が響き渡った。
競技場が歓声であふれかえった。
「ディーン!」
ザードが走り寄ってくる。
マキやワンズたちも、俺に近づいてきた。
「大丈夫ですか!」
「俺は大丈夫だ。それより、リーラに何があったんだ?」
「私たちにも、さっぱり……」
リーラは担架で運ばれる。
先ほどの、異様な姿はそこにはない。
「なにか、おかしな薬を飲んでいた……」
「え?」
「観客席からはわからなかったな……急にリーラの全身が巨大化したように見えたが……」
そうか。
競技中に薬を服用するのは、当然反則だ。
「ハイ・エーナと、ザッシュは……」
「その二人が、どうかしたんですか?」
「リーラの変貌をじっと見ていた……あいつらが何か、仕組んだのかもしれない……うっ!」
俺の身体を、痛みが走り抜けた。
「とりあえず救護室へ! 身体を治しましょう!」
救護室で体力を回復させた俺たちは、状況を整理した。
「――すると、あのリーラという女生徒は、何かの薬を飲んだというのだな」
「確かに――あんなに強力な魔法薬というのは、存在するのか」
「私の記憶では……ありません。そもそも魔法の薬というのは、その人間の力を引き出すものです」
ザードはおぞましそうに首を竦めた。
「あれはまるで、人間をそのままモンスターに作り替えるような薬……」
「そんなことが可能なのか」
「禁忌中の禁忌だな」
ワンズが言う。
「それにしても、ディーン。<薬の効果だけ追放>なんて、よく思いついたな」
「一か八かだった。リーラがまだ完全に薬を吸収してなかったからできたのかもしれない」
「いっそのこと、すごい魔法のスキルで爆発させたりしてもよかったのに」
ザードの言葉に、俺は力のない笑みを向けた。
「さすがに、用務員が学園の生徒を直接攻撃はできないよ」
「――まあ、ディーンはそうですよね」
諦めたように首をふるザード。
「しかし、次の試合からはそんなこと言ってられないかもしれないぞ」
ワンズが声を潜める。
「もしも、その薬とやらが、多くの連中に手渡されるとするなら、薬の効果を<追放>するなどという真似をさせるとは思えない」
「ああ……」
俺は覚悟を決める。
さっきはリーラを助けることができたが、今度同じようなことがあったら、どうするかわからない。
最悪、皆の前で<追放>を使い、相手を異空間に送り込むかもしれない。
「……」
「ディーン」
不安そうに、ザードが声をかけてくれる。
――次の試合は、勇者ジーグと、謎の用務員になります!
「来たぞ」
ワンズに促され、俺はフィールドに向かう。
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