第30話 創立祭、勇者パーティが大恥をかく


「皆さま、本日は我々魔法学園の創立祭に、ようこそいらっしゃいました!」


 創立祭の朝はさわやかに晴れ渡っていた。

 開会式はにぎわっていた。

 

 普段見たことのない、異国からやってきた人々の姿も見える。

 

「さすが魔法学園ですね。斜陽だといっても、いろいろな人が来てますよ」

 ザードが言う。

 

 開会式の行われる講堂は、満席だった。

 俺たちは後方で様子を伺っていた。

 やがて開式の辞が、タヌーキ学園長によって行われようとしていた。

 満面の笑みを浮かべたタヌーキが、壇上に立つ。

 

「魔法学園の創立祭は、由緒正しき伝統行事。

 本日は武道会など、たくさんの催しが予定されています!」

 定型通りの来賓への挨拶、学園の歴史などをくどくど話して、そして最後に……。

「そして、皆さまに今回サプライズのゲスト!

 なんと、S級パーティの方々にお越しいただいています!」

 

「「「S級パーティ???」」」


 俺たちはびっくりした。

 なぜ、ここにジーグたちが?

 何かの間違いではないかと思ったが、意気揚々と現れたのは、まさしく俺を追放した連中。

 ジーグ、ボラン、レフ。

 

「一体、どういうことなの……」

 ザードがあぜんとする。

「……お知り合いなんですか」

 マキが尋ねる。

 

「元の俺たちがいたパーティだ」

「……ディーン様を、追放した……」

 マキが呟く。

 確かに勇者パーティだが、なんだかすさんだ様子がある。

 一体、なにがあったのだろう?

 

「こちらが今回のスペシャルゲスト、S級パーティの勇者ジーグ様、そしてその仲間のボラン様とレフ様になります!」

 誇らしげに紹介するタヌーキ。

「彼らは幾多の試練を潜り抜け、栄えあるS級パーティとなり、王家からの信任もあつい冒険者たちです。

 当然、稼ぐお金もけた違い! 

 収入も名誉も地位も、魔法学園の生徒さんの理想とする人物です。

 今日はこれから、ジーグ様に記念講演をお願いしています。

 これから開催される武道会でも、ジーグ様は参加してくださいます。

 ――栄えある創立の祭り、勇者様に見事に飾っていただきましょう!」

 

 タヌーキが壇上から去り、ジーグが代わって現れる。

 周囲をぐるりと見回す。

 突如、口を開いた。

 

「みなさん、今日は私の話を聞くために、よくお集まりくださった!」


 地獄のような沈黙が、行動に溢れた。

 

「これからこのジーグ、S級パーティの勇者であるジーグが、ありがたい話をしてやる。

 だが、ここにいる人間のためになることはない。

 なんといっても、俺はS級パーティの勇者という、特別な上にも特別な人間なんだ。

 ここにいるすべての人間より、すぐれた存在だ。

 だから、ここの人間たちが俺の話を聞いたところで、それを参考にすることはできない。

 勇者の御業が、そこいらの農民にできないのと同じ道理。

 だからよく俺の話を聞いて、そしてくれぐれも自分の人生に生かさないようにしてもらいたい」

 

 凪のように静まり返った観客。

「……あんな人だったんですか、勇者さんて……」

 マキが呆然と言う。

「今日は、少しマシな方じゃないですか」

 ザードがぽつりと言った。

 

「そもそも勇者とは、何のために存在するのか! 

 俺のようにあらゆることに万能で、何の努力もせずにあらゆる名誉が手に入る、ダンジョンを歩けば勝手にモンスターが消えてゆき、宝物への道が勝手に開かれる、そんな人間がなぜ存在するのか!

 決まっているだろう!

 あらゆる人間の先導者となるためだ!

 男はみな俺の部下、女はみな俺のハーレムに所属するのだ!」

 

「そ、それくらいの気合いが必要ということですよね、勇者殿!」

  なんとかフォローに入ろうとする学園長。

 

 しかし、勇者ジーグの暴走は止められない。

「俺はあらゆる富を手にし、あらゆる女をハーレム入りさせるべく選ばれた存在なのだ!

 だからこそ俺の部下をS級パーティにすることができたのだ!

 使えない脳筋の戦士と行き遅れババアの魔法使いを、なんとかパーティで使ってやってるのは、俺の力だ!」

「て、てめぇっ!」

「今、なんて言ったのよ!」

 壇上で怒りに立ち上がるボランとレフ。

 学園長と副学園長に抑えられ、かろうじて堪える。

 

 

「しかし許されないのはディーンだ! あの無能、あのスキル無しが調子に乗っているから、俺たちのパーティの足並みが乱れたんだ」


「ディーン?」

 ジーグがその名前を出した瞬間、観客がざわめいた。

 ――ディーンって、あの伝説の冒険者か?

 ――S級パーティって、ディーンのいるパーティなの?

 ――誰? ディーンって……。

 ――知らないのかよ。今や伝説になった、すごいスキルの持ち主の……。

 

「ディーンの名前、こんなところまで広まってるんですね」

 ザードがにっこり笑って、俺の方を向く。

 どうやら「冒険者や王族の間で、知る人ぞ知る」存在であった俺のことは、いまやちょっとした都市伝説みたいになっているようだった。

 いや、迷惑なんだけど。

 

「あのにっくきディーン! あの無能がいなくなってから、俺たちのパーティはろくでもないことが続いているんだ!

 使えないハイプリーストがバカにするし、ダンジョン攻略には失敗するし、王には見放されるし……」

 

 ぐちぐちぐちり始めるディーン。

 なにかのタガが、はずれてしまったようだ。

「ハイプリーストって、エグザのことか?」

「さあ……わかりませんけど。何か大変な事態が、ジーグさんたちに降りかかったのは確かなようですねー」

 平然とした顔のザード。

「もともと、ディーンさんにひどい仕打ちをして追い出されたんですもの。これくらいの罰は、受けてもらわないと」

 さらりと冷酷な発言をする。

 

「だから俺は! なんとしてもディーンを探し出し、奴をぶっ飛ばす!

 草の根分けても探し出す!

 絶対にいるはずなんだ!

 すぐそばにだって―――いたああああああああ!!!!!!!」

 

 その瞬間。

 ジーグと俺の目が合った。

  

 超まずい。

 

 ――ディーンだって?

 ――あの用務員が?

 ――まさか、ただの用務員だぜ?

 ――でもあいつ、馬鹿みたいに強いらしいぞ。

 

 突如、俺の周りがざわつき始める。

 視線が俺に集中する。

 

「……ナニカノマチガイデハ、アリマセンカ? ワタシハ、タダノ、ヨームイン……」

「勇者ジーグ、ここであったが百年目! ディーンを首班に抱く、この私ザードとマキによる三人パーティー『ツイホーズ』が、あなたとの決着をつけに来ましたよ!」

「ザード!」

 俺がごまかそうとしたとき、ザードがずいと前にでて、あろうことか大見えを切った!

「もはやこうなっては、猶予はなりません。びしっと、決着をつけるだけです!」

「そ、そんな……」


 何か、勝手なチーム名をつけられた気がする。

 だが、今はそれどころではない。


「ディーン……見つけたぜ」

 その瞬間、台上からジーグが、怒りに満ちた視線を送ってきた。

「てめえのせいで、俺がどれほど苦労したことか……」

 今にも俺を殴りたそうな顔をする。

「おい、ディーン! よく俺たちの前に顔を出せたな!」

「あいかわらず小汚い娘を連れてるみたいね!」

 ボランとレフも、さっきジーグにひどいことを言われたのを忘れて、同調する。

「許せねえ……いますぐ手前の首を飛ばしてやる……」


「ニセ勇者!」


 その時、会場から声が上がった。

 

「何だと?」


 血走った狂気の瞳を会場に向けるジーグ。

 

「ニセ勇者! ヨームインを馬鹿にするお前らがニセ勇者だ!」

「偽物! 偽物!」

「ディーンを馬鹿にするな!」


 会場のあちこちから、ジーグを批判する声が上がる。

 

「ど、どういうことだ……」

 俺は呆然として呟く。

「ディーンの働きが、みんなに伝わってたんですよ!」

 ザードが笑う。

 

「「「ヨームイン!!! ヨームイン!!! ヨームイン!!!」」」

「「「ディーン!!! ディーン!!! ディーン!!!」」」

「「「ツイホーズ!!! ツイホーズ!!! ツイホーズ!!!」」」


「お前達、コイツはスキルなしの無能なんだぞ!」

 慌てたキツーネが、壇上に走り寄る。

「今からディーンの味方をした奴は、俺の権限で退学――ぶっ!!」


 キツーネの顔に、生卵がぶつけられる。

 どよめく生徒会。

 あちこちに物がとびかい、怒号が響き渡る

 

「ああ畜生! てめえら、この勇者の技で全員吹っ飛ばしてやる!」

 ジーグが剣を抜き、刀身に力を溜め始める。

 あぶない――とっさに動こうとする。


「まま、待ってください!」

 その時、飛び出してきたのはタヌーキ学園長。

「あ、あの、勇者ジーグ様。これは開会式。どうか落ち着いて、ねっ」

「うるせえ! 文句があるなら、手前の首も跳ねるぞ!」

「ひいいいっ! お許しくださいぃぃぃぃぃ!!」

 平身低頭するタヌーキ。

 ジーグの勢いというか、S級パーティの勇者という権威にすっかりおじけづいているのだ。

「そ、そうだ! これから行われる予定の武道大会! そこで、あの用務員と思う存分やりあっていただいては!」

「武道会?」

「ジーグ、たしかあんた、ゲスト枠で出場することになってたんじゃないの?」

 レフの言葉に、しばし冷静になって考えるジーグ。

「ここであいつを血祭にあげちゃ、勇者の評判に傷がつくぜ。

 だったら武道会で叩きのめす方が、お前の名声も上がるし、ディーンもぶったおすことができるし、一石二鳥じゃねえか」

 ボランもそう取り繕う。

「――武道会、待っていろ。満天下で、死ぬほど恥をかかせてやる」


 俺をにらみつけるジーグ。

 どうやら、俺は自分の運命から逃れられないらしい。

 

 大混乱の家に、開会式は幕を閉じた。

 無用な騒ぎに巻き込まれる前に、俺たちはその場を去った。

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