3「分け合うこと」
「どした、夜中だぞ」
唯一の友人が、そう言って俺を招き入れる。
「いや、別に」
鼻をすすりながら、靴を脱ぐ。
「あ、鍵閉めて」
「お」
左手を後ろに回すが、自分の家と鍵の場所が違うらしい。振り向いて鍵を捻る間に、靴のかかとが潰れてしまった。まあいい、四年も履いたぼろスニーカーだし。
「もう寝ようと思ってたんだけど」
「すまん」
「怒ってないけど、もう少し早く連絡くれてもいいんじゃねえの」
「すまんすまん」
こいつの家に着く十分前に、急に電話した。午前一時を回った頃、どうせ寝てるだろうと思ったら、いつもの調子で電話をとられて、むしろ俺が驚いた。
「てか、だったら電話出なきゃよかったんじゃないの」
「この時間にアポなしで電話なんて、よっぽどの用事だと思うだろ普通」
「それもそうか」
一口コンロが右手に、風呂が左手にある、短い廊下の先。ワンルームのちゃぶ台に二人で腰掛ける。こいつにはいつも「ローテーブルだ」って小突かれるけど、そんなおしゃれな言い方はこいつに似合わない。
そのローテーブルの中心に鎮座した、どこかでもらったダサい馬鹿デカいトートバッグ。
「で、用事ってそれか」
「ああ」
さっそく突っ込んでくれるとは、さすが友人。俺はバッグに手を突っ込んだ。
「これ」
割り箸を三膳と、ちょっと潰れた深目の紙皿を二枚。
「なんだよ」
「まあ見てろって」
そして鍋。
「鍋?」
「鍋」
一人用の小さい鍋を出した。こぼれないように、ガムテープでぐるぐる巻きにした鍋。後先考えなかったが、早く洗わないとべたべたになってしまうな。
「はさみ貸して」
「え、今から食べんの」
「腹減っただろ」
「あー」
そこまで使わないのか、友人は机の引き出しをごそごそとしている。見てくれは綺麗にしているが、一つ扉を開けると常にごちゃごちゃしているのがこいつの部屋の特徴だった。
「あった」
「おす」
とりあえず切って、剥がして、切ってを繰り返す。
「派手にやったな」
「だろ」
やつは素手で端の方から少しずつ剥がす。俺ははさみでざくざくと切る。いつの間にか共同作業になっていた。
「お前、どうやって来たの」
「歩いて」
「足強いな」
「もう歩けない」
「馬鹿かよ」
全て剥がれた。蓋を開けると、そこそこ寄った具材。
「冷たそう」
「まあ何十分も経ってるし」
「絶対に不味いじゃん」
「そう言うなって」
俺は割り箸を一膳、すっとちゃぶ台を滑らせた。あいつは見事に右手でぱしっと止めた。
「食べようぜ」
「マジでどういうことなんだよ」
笑いながら、白菜をとる。あいつは肉。
「たぶん美味いから」
「たぶんってなんだよ」
「じゃあ絶対」
「適当だな」
テレビとかはつけなかった。たまに会話をして、でも、部屋に響くほとんどは食べる音だった。
「結局どういうことだったんだよ」
「わかんねえ」
「馬鹿かよ」
俺らは笑った。
「泊まってけよ」
「そのつもり」
「じゃあ帰れよ」
「すまんって」
午前三時の空はまだ暗かった。俺はソファーで、あいつは布団で寝た。
短編・掌編 あさみかぜ @asamikaze
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