猫の手を借りた鈴木
鈴木
幼い頃から重い病気にかかっていた私は学校に行ったことがなかった。義務教育は院内学級。高校も通信制の学校を5年かけて卒業した。高校生の時に、入院していた病院から他の病院に転院し、手術したことで健康な体を手に入れ、大学生になる頃には普通の人と同じように生活をすることができた。
今では、自立した生活を送ることができるし、就活も終えて、無事に社会人生活1年目を過ごしている。
同期とも歳が離れ、年下の先輩も少なくない会社で、私は少し浮いていた。同期に病気のことを話したら、次の日にはほとんどの社員に広まっていたからだ。何かあったら倒れるのではないか。そんな目で見られ、腫れ物のように扱われる。それがとても辛かった。しかし、2年先輩のトツカさんだけは、私のことを特別扱いしなかった。ひとりの新卒として扱い、時に厳しく、時に優しい頼り甲斐のある人だ。同い年ということもあり、何かと気にかけてくれたらしい。
勿論、歳が同じとは言えど、先輩なので敬語は欠かせなかった。彼は気にするなと言ってくれたが、そうはいかない。そこは、社会人として弁えるところだ。それを伝えると納得はいかない顔をしていたが、こちらの気持ちを汲んでくれたらしい。敬語で話すことを許してもらえた。
トツカさんと仲良くしていくうち、私はトツカさんのことが気になるようになっていた。初めて会った時から、まるで会ったことがあるような安心感が彼にはあった。気持ちを伝えるタイミングが中々なく、会社に入ってからもう半年が経とうとしていた。
紅葉が綺麗になった頃、トツカさんと2人で組む仕事が多くなり、一緒に帰ることが増えた。私は嬉しくて、それまでよりもオシャレやメイクに力を入れた。トツカさんはそんな変化には全く気が付かなかったが、それも彼らしくてなんだか可愛らしいと思った。
可愛らしいと言えば、彼は猫が好きだということを知った。よく使っている文房具には猫のグッズが多い。私も、猫がモチーフのものを集めてしまうようになった。猫好きをアピールして、いつしか、猫の動画などを見せ合うようになっていた。
ある休日、昔お世話になった病院に定期検診に行くと、中庭に見覚えのある人の姿があった。トツカさんだった。挨拶をしようと近づいてみると、彼は何かを懐かしむような顔で一本の木を見ていた。
「この木は、病院よりも長くこの場所にいるんだにゃ」
木の近くで日向ぼっこをしている野良猫を抱き抱えながらトツカさんに声をかける。
「え」
彼は混乱したような顔でこちらを見た。それはそうだろう。まさか病院で後輩に会うことはそうないだろうし、あの頃と全く同じセリフを言ってみたのだから。まあ、たった1日話しただけの女の事を覚えていたのはこちらも驚いたのだが。
「驚きました?」
「あ、ああ。まさか、りん、なのか?」
「そうです。まさかのりんです。鈴木凛音は、りんと呼ばれていたので、あの時、そう自己紹介しました。戸塚、あの頃と変わりませんね」
「お前は見た目が変わりすぎだろう。まさか、また会えるなんて思ってもいなかった」
「私もです。でも、戸塚は私のこと、気づいてくれなかったですね」
「いやいや、俺、あの時お前のこと小学生だと思ってたから。背、小さかったし」
「失礼な! 同い年ですよ!」
「そうか。お前、元気になったんだな」
「そうです。元気になりました」
それから、2人で病院近くのカフェに入り、あの頃と変わらないくだらない話に花を咲かせた。戸塚は私のことを忘れていたわけではなかったことが知れて嬉しかった。まあ、小学生に間違われていたことは癪だったけれど。
私たちはあの頃に出会って、別れて、また出会うことができた。自分の気持ちを伝えるにはまだ勇気が足りないけれど、再会の奇跡が叶ったのだから、いつかこの気持ちを彼に伝えたいと思う。
世界はそれほど広くない 李都 @0401rito
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