ハロー・マイヒーロー
毎日が苦痛だった。
学校に行けばクラスの女子たちからいじめられる。教科書はボロボロにされ、体育着や上履きは隠される。トイレに逃げ込んだら入り口を塞がれ出れなくなった時もあった。
どうして自分がこんな思いをしなくてはならないのだろう。どうして辛い思いをしてまで、学校に行かなくては行けないのだろう。私の周りに、味方は誰1人としていなかった。両親は自分の前ばかりを気にする。だから私が小さい頃から喧嘩が絶えなかった。きっと、このことを相談しても、何も解決してくれようとはしないだろう。むしろ、出席日数が少なくなることを咎めるかもしれない。教師も見て見ぬ振りだ。主犯の女子生徒が、理事長の孫娘だったから。誰も、権力には逆らえなかった。
別に、誰も助けてくれないことを嘆いているわけではない。むしろ、誰かに関わられて、拗れることの方が面倒だ。あと1年我慢すればこの日々は終わるだろう。たかが、高校生活の3年しか関わらないような人間関係だ。
そうは言っても、辛いものは辛い。誰かが劇的な活躍をして、この荒んだ生活から自分を助けてはくれないだろうか。そう思ったこともある。あるだけだ。そんな少女漫画のようなことなどそう易々と起きやしない。
それでも、私が生きていられたのは、私を支えてくれる存在がいたからだ。からは画面の向こう側、ヨーチューブの配信をよくしていた。偶然、動画を見た時に彼の格好よさに惹かれたのだ。彼は自分を飾らない。ありのままの自分を世界に配信していた。名前を「ヨウ」といった。
私が見た配信は、私と同じようにいじめに合っているというリスナーからのメールに対する回答をしているところだった。彼は辛いなら逃げても良いのだと言った。学校からも、家庭からも逃げて良いのだと。私は初め、そんなことは無理だろうと思った。しかし、彼もまた、いじめから逃げたという。助けてくれない両親からも逃げたと。私は彼の境遇が自分と変わらないのではないかと思った。
それからもう何度か、彼の配信を見ては、辛い現実から目を背けていた。
何度目かの配信の時のことだった。ふと画面に映る景色を見ると、私は既視感を覚えた。あれ、この場所を知っているぞ、と。学校からの帰り道、通る公園と似ていることに気がついたのだ。
もしかしたら、憧れのヨウ様は案外近くにいるのかもしれない。そう思ったら、ヨウ様に一目会いたいと思うようになり、学校帰りにあの公園に寄ることが増えた。気づけば毎日公園に来ている。しかし、現実はそう簡単ではなく、なかなかヨウ様に会うことは叶わない。ああ、ただ会ってお礼がしたいだけなのに。貴方のおかげで毎日を生きていられる、と。
とある寄り道の時、ついにそれらしい男性の姿を見つけた。帽子を深く被っていたので顔は見えなかったが、あれは間違いなくヨウ様のシルエットだった。私は、本人がまだ確定ではなかったので、彼の跡をつけることにした。本人だと分かったら声をかけようと。男性はこちらに気づかずに歩き続ける。
どれくらいか歩いたのち、彼はアパートに入っていった。きっとヨウ様の自宅だ。でも本当にヨウ様かは分からない。私はすぐにアパートの空き部屋を見るため不動産を訪れた。内見の日程を決め、別の日、部屋の中を見せてもらった。間違いない。動画で見たあの部屋と同じ作りだ。窓から見えるあの公園も彼の動画の背景と全く同じだった。
私は、あの、ヨウ様の家を割り出したのだ。
しかし、私は良識のある人間だ。流石にすぐに家を訪ねるのはやめた方がいい。そうだ、配信の時に、挨拶をしよう。まずはそこからだ。次の配信は確か今日の夜。早速、挨拶をして、家に伺うことを伝えなければ。
配信が始まってすぐ、私は有料コメントで家に行って今までの感謝を伝えたいことをコメントした。ヨウ様ははじめ、目を丸くして驚いていた。それはそうだろう。有料コメントの中でも最高価格帯のコメントだ。
ヨウ様は、遠慮してか、家に来ないで欲しいと言っていた。そんなことはしなくても、気持ちは伝わっていると。なんて謙虚なのだろうか。本当にいい人なのだ、ヨウ様は。ますます、直接お礼を申し上げなくてはならない。私は、前もって連絡しなくては失礼だと思い、今週末に伺いますねと、さらにコメントを残し、その日はベッドに入った。
さて、週末がやってきた。私はヨウ様の自宅の前にいる。あとはベルを鳴らすだけだ。ヨウ様には、ここに来る前、彼のやっているSNSにも挨拶を残した。あとは、このベルを押せば彼に会えるのだ。
遠くからパトカーのサイレンが聞こえる。最近何かと物騒だから、わたしも気をつけなくてはいけないな。そう思いながらベルに手を伸ばした。
ピンポーン
ベルの音が嫌に長く鳴り響いた。
私、貴方に会いにきました。
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