想像堕胎

高黄森哉

ある日

 第一章 初潮




「あの、高田です」

「中村です」


 中村は、急にクラスの高田さんに呼び出されたのでびっくりした。それも彼女が指定したのは、ベタなことに体育倉庫だったのだ。嗚呼、告白だろうか。


「ききききききききききき」


 それで高田さんは、なにかを言う前にぶっ倒れた。その先の言葉が恥ずかしかったのだ。高田は普段物静かで大胆に出るのがタブーだと考えていたし、それに自分の普段とこれからの発言のギャップに苦しんでいたし、まあ、そのストレスで倒れた。


 しめた、中村はそう思った。それはなぜか。


 これを読んでいる、ほとんどの皆さんはお尻であろうが、なかには切れ痔な方もいらっしゃるかもしれないので配慮すると、レイプというのは大変なのである。というのも火事場の馬鹿力と言うのが人間には備わっている。常識的な大人が女の子と同席したとき、いつも睡眠薬を酒に混ぜるのは、乱暴した際に馬鹿力による反撃を常日頃から恐れているためだ。中村は酒に睡眠薬を混ぜる手間が省けたから、しめたなのである。さあ、と終わらせちまおう。


 衣服の剥ぎ取りには二時間かかった。女性の衣服は複雑怪奇で、例えばブラジャーの紐はメビウスの輪で、裏と表が一帯となっており、これを蝶々結びした結び目を解くにはトポロジーやサイコロジー、トートロジー、チンパンジー、ガンジー、ひいてはアボリジニーなどへの深い理解を要求される。それは確かに裏側から見たクラインの壺でもあった。ズボンは片利共生、または客性を帯びていて、皮膚に寄生したこれを取り除くのは医学や生物学の技術が必要であったし、眼鏡は機械工学、パンツは航空力学、マスクは幾何学、胸パッドは文学と言った具合に複雑に絡み合った衣服を解くには、二時間くらいはどうしてもかかってしまう。


 そして、ようやく、いよいよ、と言ったところで高田は目が覚めた。そして、また気を失いそうになった。なぜなら彼女はそのとき裸だった。その己の姿を見て、犯されたんだわと強烈に錯覚した。してしまった。


 ここで一つ、さて皆さんは想像妊娠をご存じだろうか。させたことのある女性諸君、またしたことのある男性諸君には申し訳ないということはないのだが、厚かましく、長々しく、またクドクドしく詳細に説明させてもらおう。それは文字数稼ぎのためであり、決して世界平和のためではない。さて、その想像妊娠なのだが、それは想像をもって妊娠することである。えーっと、想像はなになにを想像するの想像であり、妊娠はなになにを妊娠するの妊娠である。あー、また妊娠は男女共に経験することがある。うーその、また、マハトマガンディによると「非暴力、非服従」である。あえーうー、また、世の中には直腸出産法というのもあり、この場合生まれてくる子供は人種に関わらず、普通、茶褐色をしている。いーっ。出た。まあこんなものか。


 高田の腹は急速に膨れ臨月となった。それゆけ、猥雑さ。つまりはエントロピーの異常増大。巨大化した陰部に地球は飲み込まれ、終いには宇宙の果てまで飲み込まれてしまったから、ゆえに最早、宇宙は彼女。その現象を観測した、ある差別主義国の科学者は「わあ、ビッグジャップだ」と、実際に言って国際問題になった。宗教家たちはヘルタースケルターだと勘違いした。クールエイドを飲もう、と。世界はというと彼女を中心に羞恥の方向へ引き延ばされ破壊された。すなわち、大陰唇のビックリップである。歴史のコンテクストは、めちゃくちゃになった。

 


 第二章 妊娠



 わあ、これ、猥雑さのねずみ講式巨大化。新世界秩序べくして、真空崩壊矮小器。となるなり、法律白痴は書き換えせまられ、この世界の片隅にて、卑猥な理論の正当化。また脾臓の生殖器官への転化が、惹起せし衒学の細胞分裂。陰茎と陰核のふたなりたられば収穫逓増。それを中心核とすべし陰陽思想の、生物学的地位ニッチ占領。この世界の文学的陰嚢、また陰嚢のための精嚢、精嚢の中の大脳、大腸と大脳の音韻論性類似からの位相学解釈による同一化は、脳みその本来的機能である排泄を促し、みんなの便秘を解消します。魔法さ、その中世ロマンな魔法の便秘。これ、恥部。必見。


 やあ、と悪友が現れる。それで悪友は尋ねた。


「あの便秘の広告見たかい。この章の冒頭に書かれているやつ」

「ああ、最近、世界はあんな調子だな。流行なのかな」


 と、彼の隣にいた男は思った。


「私は君と違って、その猥褻ナイズが高田という少女によって引き起こされた、ことが分かる。それは、まるで彼女に脳内射精されているような変な感覚だ。というのも、第一章・初潮のお話が、まるまる頭に残ってるんだよ」

「そうなのか」

「そして、それを感知しているのは、どうやら世界でも私だけらしい。お前は、そんな私の近くで私の影響を受け、この世界のおかしさを客観的に見れているという」

「ということは、この猥雑なる世界の奇体に誰もおかしいと思わず、往来にて腰を振り続けているこの思想は、ごく通常だとして一般的に受け入れられているのか。こんなに世界は稚拙で空虚なのに」


 男はたいそう驚いた。人々は皆、己のように、この開放的すぎる世界にたいして、心の処女膜が貫通したような空虚さを見出しているに違いないと、どこかで信じていたからである。それが裏切られ空虚さが欠伸をした。


「そうとも。余談だけども、以前にあったはずの原始世界では、そんな非効率な歩行をしていなかった。だからして、『往来にて腰を振り続けている』、そんな慣用句はなかった」

「まさか。そんな馬鹿な。俺は小学生の時、生物はえらい人間が決めた生物の四原則から逸れないよう進化し、そのために生殖歩行を極め、栄華を極めたと聞いたが、それは虚構だったのか」

「嘘っぱちの生物史さ。それに人間以前に、人間が決めた生き物がいるのは不可解ではないか。ダーウィンがいて進化論があるのではない。進化論は、もとからあったシステムの一部に過ぎないのだよ」


 男は悪友の語る話をもっともだと思った。


「脱出したい。もとの世界に戻りたい。おかしくなりそうだ」


 ネオンだらけの世界では、全てがわいせつな空気を漂わせていた。むせかえりそうな大人の香水の匂いで充満した商店街は、まるで新世界で、これはケバすぎて落ち着けない。ほら、今もペニスの通天閣が子宮と化した天球のアールを摩する、いわゆる摩天楼閣が二人を見下ろしていてどぎまぎする。


「いい方法がある」

「それは」

「そもそも、彼女が精神を病んだ原因は身体的成熟と精神的成熟の非同期性にある。彼女はもう少女であり身体的に成熟していた。がしかし、」

「おい、その説明は語弊があるんじゃないか。少女が成熟状態なんて。それだと、まるで、お前がロリコンみたいじゃないか」

「いや、それは勘違いで、そもそも私はロリコンなのだが。そもそも論として、現代少女はネオテニーの状態にある。さて、話を戻そう。彼女は身体的成熟による直観から、性行為に優れた箇所を告白に指定した。それは無意識であったし、だからこそ彼女の精神は、まだ大人への一歩の準備は出来ていなかった」

「それで。だから、その矛盾がストレスになって」

「そうだ。それで、そのストレスが膨れ、想像妊娠をしたのだ。今も、その子宮が天球のように観測の範囲を淡いピンクで覆っている」

「妊娠。しかし、なぜ子宮にストレスが宿ったのだろう」

「それはヒステリーの語源を紐解くと分かる」


 男はスマフォで検索した。検索結果、それは女性差別的な内容であった。それが、どのように性差別的内容であったかは、これを読んでいるかもしれない女性の皆様がヒステリーを起こされ、想像妊娠をしてしまうと責任を取れないので説明しないが、それはおおむねヒステリーという単語が子宮を語源としているといった話である。


「じゃあ、そのストレッサーを殺そう」

「いや、殺しは犯罪になる。だから、去勢にしよう」

「そいつはなんていう名前だ」

「いやしかし。これを聞いている読者の皆さんが俺達より先にそいつを罰したら興ざめじゃないかね。そしたら、ただでさえ迷走気味なこの物語の収束が望み薄になってしまう」

「それもそうだな」

「まあ、だからここでは名前を伏せておくが彼の本名は正真正銘、中村大輝という」

「よし、エマスキュレーターは持った。じゃあ、そいつはどこにいる」

「地名は伏せるが関東にある東京で、区は秘匿にしたいがおおよそ文京区にいる」

「よし、行こう」

 

 エマスキュレーターを掲げる二人は腰を振る生殖歩行で関東を目指し始めた。



 最終章 堕胎



 文京区は、すでに分泌液で覆われていた。


「これじゃあ、東京の人間はローションに困らなかったろうな」

「そうかもしれない。よし、中村の居場所は読者の異次元性パノプティコン質監視があるから、ここで明言することは避けるがこの家の中だ」


 かかれ、と入った家は中村の家で、その内部はしんと静まり返っていた。


「賢者時間か。勃起するまで待とう」

「いや、違う。これを見ろ」


 中村の亡骸だった。中村は無残にも血の海に浮いていた。こう書くと、あたかも床が血だらけで、その血だまりに死骸が仰臥しているかのような、そんな印象を与えるがそうではなく、家の壁が一部破壊されその奥は巨大な真っ赤な海が真実の無限状に広がり、そこに彼の死体が浮かんでいるということである。


「これは」


 男は目の前に広がるユーグリット巨大空間に絶句する。悪友は死体のほうに着目した。彼の死体には男性器がなかった。ペニスはもがれていた。男性器にはよく知られているように太い血管が入っている。そこを傷つけられると失血死することがある。これは本当のことだ。嘘だと思うなら、試してごらん。


「畜生。中村の死体。読者に先を越された。いやまて、なに。え、なんだって」


 ”違う”。


「それは、すまなかった。読者を誤解していたようだ。そうか、と、なると、彼を殺したのは、消去法で高田君だろうな。経験論だがこの世界に人は四人しかいない。私と君と高田君と中村」

「あれを見ろ」


 男はなにやらぶつぶつ呟く悪友の視線を、死体から奥の巨大な構造物へ移すよう促す。それはゆるやかな螺旋を描く塔だった。豚の生殖器みたいだ。


「へそのうだ。よし、あのへそのうへ近づいてみようか」


 赤い海は意外にも浅かった。なんとなく舐めてみると極端に塩辛く、だから、あの亡き者が浮かんでいられたのだろうと悟った。死海の原理である。また、人間が海由来なことも思い出した。それに、中学生性色情症としか思えない、ある心理学の学者が提唱するイメージに海は女というものがあり、それも忘れていたかった奥底からまびろでてきた。さて、そいつの思想に覆われてしまへば、世界は猥せつに見えるだろうか。例えば丁度、この世界のように。

 へそのうと仮に呼んだ構造物は、赤い海の真ん中に世界樹のように突き出ている。その突き出しを取り囲むように砂浜があり、ビーチでは砂の攫われや風の鳴く響きがした。赤い海水の作用か衣服は融け、男二人は素っ裸になって、浜辺にて、踝に寄せて返す赤潮と砂粒の感触を受けている。


「行くか」


 へそのうに半ば取り込まれるように高田の姿がある。美しく、蝋燭の解けたあの幽玄さを具えている。皮膚はまるで蛆の透明さである。よだれの神秘もまた塗り込まれていた。


「私は中村君を殺してしまったの」

「それは、肉体的に、かい」


 悪友は尋ねる。


「うん」

「そうかい、それは辛かったね」

「ううん。でももういいの。もう、それはどうでもいいの。本当に、どうでもいいことなのよ。私の中では終わったことなの。だから私のことは気にしないで」

「うん。君は中村君のことは気にしないの」

「うん。些細なことだから。それよりも、今、大変なのは堕胎のことなのよ」


 二人は、空に銀の巨大な鉗子の嘴が鈍く光っているのを見た。その銀の鯨の骨格だけみたいな怪物は、まず悪友のくびをついばんだ。足や、手が、みるみる内に解体されていった。男も逃げようとするが遅く、睾丸やペニス、また脾臓、心臓をつまんではもぎ取った。


「ぎゃあ。痛い、痛い」

「ごめんね。私自身の …………」


 男と悪友の二人は、想像妊娠で孕んだ想像上の双子だった。そして、二人は現実世界では、一般にこう呼ばれていた。なになにとなになに。彼女は乱暴になった中村を体育倉庫でふって、それでそれからの人生、結婚することも妊娠することもなかった。想像上の男性へのなになにとなになにを孕んだ高田は、心の鉗子でそれをめちゃくちゃにする努力をしたが、その過程で想像子宮穿孔し、彼女は想像不妊に陥ったのだ。だから、生涯、結婚も妊娠もしなかった。

 ぽかりと穿たれた宇宙から光が射しこむと、そのスポットライトは、二人の残骸をしっぽりと照らした。


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想像堕胎 高黄森哉 @kamikawa2001

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