第243話 協力


向けられる人々の想い



――◇―――◇―――◇――



第055日―8



「救世主!」


意識を失い倒れ込んだカケルを見て、シャナは直ちに彼のもとへ駆け寄ろうとした。

ほぼ同時に、そのシャナにナイアが素早く近付いた。

そしていきなり、シャナの側頸部を手刀で打った。


シャナの意識が落ちた。


彼女は膝から崩れ落ちそうになったけれど、それをナイアが両手で支えた。

ナイアはそのまま、脱力しているシャナを床にそっと横たえた。

ナイアの唐突に見える行動を目にしたハーミルが、怪訝そうな顔をした。


「ナイア……?」


ハーミルの方に顔を向けたナイアは、ニヤリとした。


「この子、今、自分の残り全ての生命力、カケルに与える気満々だったろ? カケルが目覚めても、この子が消滅してました、じゃ、カケルに顔向けできないからね」



一方、シャナの力で周囲に集められていた百を超える人々には、驚くべき変化が生じていた。

瀕死の者達は全快し、既に事切れていたはずの者達も、五体満足で立ち上がった。

彼等は皆、自身に起こった奇跡としか思えない現象に驚愕していた。


周囲にざわめきが広がって行く……


「た、確かあの時、敵の剣に貫かれて……?」

「俺は咬み殺されたはずでは……?」


ナイアとハーミルもまた、彼等の様子を信じられない思いで見守っていた。

やがてナイアが彼等に声をかけた。


「あんたらは、本当ならもう死んだか、もうすぐ死ぬところだったんだよ」


彼等の中に、勇者ナイアを見知っている者がいた。


「まさか、あなたが助けてくれたのか?」


ナイアは首を横に振った。


「残念ながら、あたしには、そんな力は無いさ。あんたらに奇跡を起こしてみせたのは、ここに倒れているカケルって男さ」

「カケル……?」

「どうして見ず知らずの男が、我々の為にこんな奇跡を……?」


ハイエルフの一人が口を開いた。


「カケルは確か、帝国に協力しているはず。まさか我等の命を繋ぎとめたのは、我等を帝国に帰順させようという目論見もくろみか?」


ナイアが呆れたような顔になった。


「全然違うね。こいつは究極のお人好しだからね。見ず知らずのあんたらが、死んだり苦しんだりしてるのが見てられなかったってさ。あたしから言わせりゃ、それで力使い果たして、ここで気絶してるんだから、お人好し通り越して、単なるバカにしか見えないけどね」


ナイアの言葉を皆、ただ呆然とした表情で聞いている。



ナイアはチラリと周囲の状況を確認した。

カケルが意識を失った事で、コイトスへ繋がっていた転移門は消滅していた。

同じく、この周辺一帯を守護していた霊力の盾も消滅していた。

遠くに視線を向けると、ヤーウェン側の軍勢がこちらを遠巻きに包囲して、様子をうかがっているのが見えた。


ナイアは、周囲の人々に声を掛けた。


「あんたら、ヤーウェン、ハイエルフ、帝国軍と、自分の所属ごとに集まってくれないか?」


彼等はそれぞれ自分と同じ所属の者達と声を掛け合い、固まっていった。

ナイアとハーミルとが、手分けして人数の確認を行った。


「ヤーウェン軍の兵士は27名、ハイエルフが4名、帝国軍の兵士が74名だね」


ナイアはそのままヤーウェン側の人々に対し、周囲に展開するヤーウェン側の軍勢を指差しながら話しかけた。


「ヤーウェンとハイエルフのみんなは、自分の陣営に戻っておくれ。あ、一応、味方から攻撃されないように、旗かなんか掲げた方が良いよ」


ヤーウェン側の兵士の一人が、驚いたような声を上げた。


「我等をこのまま解放するというのか?」

「解放も何も、あんたら、別にあたしらの捕虜でもなんでもないさ」


ハイエルフの一人が、少し逡巡しながら口を開いた。


「……本当に、我等をこのまま解放していいのか?」

「構わないさ」

「我等抜きで、どうやってこの場を切り抜ける気だ?」


ナイアの口の端がわずかに歪んだ。


「あんたの言いたい事は分かるさ。あんたらを、あたしらの安全な撤退のための交渉材料にしなくていいのか? だろ?」

「……そうだ」

「あんた、意外といいやつなんだな。あんたこそ敵の心配してどうするのさ? もしかして、カケルに助けけてもらって、あのバカさ加減もついでに伝染うつされちまったかい?」


そのハイエルフはしばらくじっと考えた後、仲間達に語り掛けた。


「我等ハイエルフは、誇り高きポポロの子だ。敵に情けをかけられたまま、おめおめと戻るわけにはいかない」


ハイエルフの言葉を聞いたナイアの顔に、一瞬、緊張が走った。

しかしハイエルフは、ナイアの様子を気に留める様子も見せず、話を続けた。


「情けには情けで応ずるべきだろう。私はこの者達と帝国軍兵士達を、安全に撤退できるよう、手助けをしようと思う。君達も手伝ってはくれまいか?」

「ヨーゼ、本気か?」

「一体、どうやって助けようというのだ?」


4人のハイエルフ達は、しばし話し合っていた。

やがて先程のハイエルフ、ヨーゼがナイアに声を掛けた。


「ナイアよ。君は元々、どうやってここから逃れようと考えていたのかね?」


ナイアは不敵な笑みを浮かべた。


「実は知り合いに迎えに来てくれって頼んであってね。そろそろ来ると思うんだけど……」


ちょうどナイアの言葉に呼応するかの如く、咆哮が響き渡った。



―――オオオォォン!



「!」


その場の皆が見上げる中、巨大な銀色のドラゴンが上空に現れた。

ナイアは不測の事態に備えて、近くで待機していてくれるよう、事前に銀色のドラゴンに頼んであった。

ドラゴンは辺りを睥睨へいげいしながら、そのまま、ゆっくりと旋回している。


ヨーゼが感心したような顔になった。


「なるほど。ドラゴンに乗って、この場を脱出するつもりだったんだな」

「そうさ」

「しかしいくら巨大とは言え、一度に乗せられるのは10名以内だろう。この場には、君を含めて80名近くの帝国側関係者がいると思うが?」

「迎えに来てくれって頼んだ時には、こんなに大勢になるなんて思ってなかったからさ。まあ近くの森にでも、ピストン輸送してもらうさ」

「……その間に、ヤーウェン側から攻撃を受けたらどうする? さすがの君でも、万に迫る軍隊相手だとが悪いと思うが?」


ナイアは不敵な笑みを浮かべた。


「その時はその時さ。ま、死んだら、後でカケルに復活させてもらおうかな」


ヨーゼの顔にも同様の笑みが浮かんだ、


「さすがは勇者ナイア。見事な覚悟だ。では、我等がその撤退、手伝わせてもらおう」

「どうするのさ?」

「こうするのさ」


ヨーゼが仲間達に声を掛けた。

彼等は一斉に、何かの詠唱を開始した。



―――ゴオオオオオオオ……



突如として“風”が巻き起こった。

“風”は瞬く間に暴風へと姿を変え、その場の人々を取り囲む竜巻のように立ち上がった。

不思議な事に、周囲を暴風の壁に取り囲まれたその中心は、そよ風一つ感じられない全くの無風状態となった。

ナイアが感心したようにつぶやいた。


「へえ、凄い事、出来るんだね」

「精霊魔法で暴風の壁を作り出した。これで包囲するヤーウェン軍は、この付近に接近出来ない。今のうちに、ドラゴンでの撤退を開始するといい」

「あんたらは、どうするのさ?」

「なぁに、君達がいなくなれば、包囲しているヤーウェン側と合流するさ」


ナイアは、その場にいるヤーウェン側の兵士達に声を掛けた。


「……こっちで勝手に話を進めちゃってるけど、あんたらは、どうする?」


彼等は口々に言葉を返してきた。


「どうもしないさ。どのみち、お前達やカケルに助けてもらった命だ。お前達の邪魔はしない」

「ああ、その通りだ。お前達が撤退したら、ヤーウェンに戻らせてもらうよ」

「おい、勇者ナイア! カケルを死なせたらただじゃおかないぜ?」



再臨した【魔神の影】の影響で、霊力の補充に支障をきたしていたはずのカケルの身体に、何かが奔流の如く流れ込み始めた。

それは、カケルに救われた人々の想い。

失われたはずの生をもう一度謳歌できるという感謝の念。

凄まじいまでのその想いに突き動かされるように、カケルは目を開いた。


「カケル!」


カケルが目覚めた事にいち早く気付いたハーミルが、カケルのもとへと駆け寄って来た。


「ハーミル? えっと……あれから、どうなったのかな?」


ハーミルに支えられながら身を起こしたカケルは、大勢の人々がこちらに視線を向けている事に気が付いた。

その中の一人の男性が、カケルの前で片膝をついた。

周りの人々も、次々と彼にならった。

彼等が口々に感謝の言葉を口にする中、カケルは戸惑ったような視線で周囲を眺めていた。



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【改稿版】僕は最強者である事に無自覚のまま、異世界をうろうろする 風の吹くまま気の向くまま @takashi21

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