03 演じるという事
劇作家、ウィリアム・シェイクスピアは、こう遺しています。我らに。
「この世は一つの舞台である。すべての男も女も役者にすぎない。それぞれの舞台に登場しては、消えていく。人は、その時々に、いろいろな役を演じるだけなのだ」
と……。
不思議なる声の主は分からない。
分からないが、シェイクスピアの言葉の意味は分かった。
ああ、そうか。しょせん、我らは人間だろうとも幽霊だろうとも役者に過ぎず、その己という生を演じ続け、全うするしかなかったのだと。そう思ったら、なんだか心が軽くなった。そして、また演じる生活へと戻ってゆく。それが生なのだから。
人間にしろ幽霊にしろ……、だ。
それを区別する事自体が、些細な事なのだと知ったから。
そして、
今日も生きる、幽霊としてなのか、人間としてのか、その生を全うする為に……。
そのどちらでも、もはや、どうでもいいとばかりに……。
終幕ッ!
ワー、パチパチ、とスタンディングオベーションなここ。
霊界で行われた演劇公演、表題、生きるとは演じる事という演目。霊界でも有名な俳優、俺さんの熱演が会場を包み込み、うねった熱気が観客の熱を冷まさない。そんな中、一組のカップルが涙を流しながら語り合う。熱が籠もった言葉で……。
「良かったね。面白かったねッ!」
と女の幽霊が満面の笑みで言う。
「ああ。まさか、ああ、なるとは。最後にシェイクスピアの言葉を持ってくるのは反則だろうが。てかさ。俺さん、相変わらずの演技で、マジで体に震えがきたわ」
と男の幽霊が両二の腕を互い反対側の手のひらで抱える。
「だね、だね。また見たいよ。エンディングを知ってても何度でも観たい気分ッ!」
「でもさ」
「なに?」
「俺さん、実は、もう演じたくないんじゃないかな。その意味を込めて、この作品の主演を受けたのかも。そんな事を考えちゃったよ。これって、考えすぎかな?」
「あッ! この作品への冒涜。最後の言葉を忘れてるでしょ。その生を全うする為にってやつをさ。俺さんは全うするんだよ。生という演技をね。精一杯さ」
「そうなのかな。でも演じ続けるって苦しいぞ」
「だからこそ全うするのよ。その生を精一杯に」
「かな?」
「だと思うよ。あたしも実は良く分からなかったないけど、多分、そうじゃなかな」
「まあ、そうしておきましょうか、お姫様の意見が正しいとね。アハハ」
「もう、また茶化してさ。怒るよ」
「ごめんごめん。お詫びに海が見えるレストランで豪勢な夕食を奢るから許してよ。もちろん好きなもの食べていいよ。それでチャイね。チャイ。オッケーだよね?」
「うん。許す。よし、うんと高いもの食べるぞ」
「ゲッ!」
などと彼らは生を演じた。今、この瞬間を精一杯。この後、婚約指輪が用意されていて女の幽霊にプロポーズする予定の男の幽霊という互いの役を必死で。そして幸せへと続いてゆく彼らという演目も、また一つの舞台なのであろう。そう思う。
今し方、開催されたものと同じくとして……。
そして、
彼らの子供が生まれる、また生を演じる為に。
人間だ、幽霊だと、区別する事もなく、人としての生を。
今度こそ、本当の終劇であるッ!
人としての生 星埜銀杏 @iyo_hoshino
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