02 死

 まあ、元の世界での幽霊達も、こんな気持ちだったのだろうか、などとも思った。


 そんな事をしながら何とか生き抜いて、云十年が経った。


 どうやら俺も死期が近づいてきたようだ。老いだろうか体が思うように動かない。


 呼吸をするのが苦しい時がある。


 食べ物や水も喉を通らない時もある。ああ、俺は死ぬのだと、ごく自然にも思う。


 ただし、


 もう幽霊を演じる必要もないのだと思うと感慨深くもなる。常識が、ひっくり返った世界で、ずっと幽霊を演じてきたからこそ、もう演じなくてもいいのだと思うと心が軽くなったのだ。まあ、いい暇つぶしだったよ、と憎まれ口も叩きたくもなった。


 幽霊達は相変わらず何気なくも、のんきに日常を送っているからこそ余計に、だ。


 そして。


 遂に……、俺は息を引き取った。


 その時、思った。俺は、このまま幽霊になって、この世界で幽霊達の仲間入りを果たし、日常生活を送る側になるのだろうかと。今度は人間に怯える幽霊を演じるのかと、そんな事を思ったのだ。人間側の事情を知っているが為。心が重い。苦しい。


 また演じるのかと、そう思うと。


 大きく深い、ため息が出てくる。


 演じる、ほろ苦さを思い出してしまって、心が重くなり。


 途端ッ!


 世界が戻る。元の価値観と常識を保った、あの世界へと。


 つまり、


 生きている人間が表舞台で日常生活を送り、幽霊達が人間を驚かせていた、あの世界に。ガラガラと石を崩して砂利が降り注ぐような音を立て世界が転換してゆく。不思議と、そんな感覚が俺の中で芽生える。今まさに価値観が変わったのだと。


 何故だか、そういった確信が心の中にしかっと生まれる。


 だが、だがな。だからと言ってなんなのだッ!


 やったッ。元に戻ったなんて思うわけがない。


 はふぅ。


 もう遅い。時すでに遅しだ。俺は幽霊になったのだ。無論、幽霊を演じる必要はなくなった。正真正銘の幽霊になったのだから。それでも、また生前と同じ事を繰り返すだけ。ようやく長い日陰ものの生活から解放されたのに、やはり驚かす側で、


 その驚かす為には、当然、演じる必要があり、もう厭だ。


 沢山だ。


 そんな事を考えてしまい、余計に重い嫌気がさしてくる。


 そして思う。俺は果たして本当に生きている人間だったのか。ともすれば始めから幽霊であり、幽霊として寿命を迎えただけではないのかと。だとするならば死んだ、今、俺は幽霊になるのか、それとも別の、なにかになるのか。それとも……、


 今度こそ人間として生まれて演じる事から解放されるのか。一体、どっちなんだ。


 と……。


 そんな中、不思議な声が、俺の意識へと届く。消えゆく、重苦しい意識へと……。

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