人としての生

星埜銀杏

01 演じる

 …――演じる。全力で。幽霊を。


 俺は、元の世界で喜劇を演じる役者を生業に生きてきた。


 だからと言ってはアレなんだが、演じるのは得意な方だ。


 そして、


 今日も舞台に立つ。常識が歪んでしまった世界で幽霊という役を……。


 そうだな。なにを言っているのか、いまいちピーンと来ない方のほうが多いのではないだろうか。軽く、今、在る、この世界を説明しようか。まず、この世界の常識は、ひっくり返っている。つまり、人間が幽霊で、幽霊が人間という状態なのだ。


 いや、つまりとは言ったが……、


 その状態をパッと理解できる人は、とても少ないのではないだろうか。


 言っている俺自身も、頭がおかしくなってしまったのではないかと思うくらいだ。


 まあ、でも端的に言ってしまえば、元の世界で死んでしまって幽霊と呼ばれていたもの達が日常生活を送り、逆に生きている人間達が幽霊として存在している世界なわけだ。もちろん、この世界の幽霊達の見た目は決してホラーめいたものではない。


 生きている人間と変わりがない。


 だからこそ、ともすれば幽霊達が幽霊には見えず、生きている人間にも見える。いや、むしろ生きている人間との違いが分からない。彼らは老いもするし、寿命も尽きる。ただ、自分が生きているから、やつらは幽霊なのだと、そう感じるだけだ。


 兎に角。


 我らは、生きているのだから腹も空くし、眠たくもなる。


 そして、


 逆に幽霊達のそれらも実は必要らしい。幽霊達は日常生活を送っているのだから、飯も食うし、眠りもする。それらの生命維持活動を疎かにすると死ぬ。死ぬという概念があるのかは分からないが、その存在が朽ち果て消え去る事は間違いがない。


 そして、


 そんな歪んだ世界で生きていく為には、くどいようだが幽霊を演じる必要がある。


 食べ物を得る為、寝る場所を得る為、幽霊を演じるのだ。


 幸い幽霊達からは我らが見えない。ゆえに元の世界での幽霊のよう幽霊達を脅かして居場所を確保する。つまり生活する場の確保だ。その上で食料を作る。無論、定期的に幽霊達を驚かせ、呪われた場所という演出を加え、近寄らせないようにする。


 生きる為には、どうしても、だ。


 時には、女の幽霊の耳元で、いきなりプロポーズをして。


 誰ッ!?


 と……。


 また時には男の幽霊の背中を押して、頑張れ、頑張れと。


 なにッ?


 と……。


 もちろん、喜ばすだけでは芸がない。いや、むしろ驚かす事の方が多いわけだが。


 まあ、脅かす事自体は悪いとは思うが、我らとしても生きていく為には必要な事なのだ。などとも言ったが、正直、暇つぶしという側面もある。幽霊達が跋扈する世界で決して表舞台には出られない我らの、ちょっとした、いたずら心で悔し紛れだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る