第6話 《ガソレタ王国クコハ地方》兄妹の家


「あっ!どこ行ってたんだよおっさん!」


おっさんが部屋に戻ると、カルハとクルハは夕食のパンを頬張っていた。


「俺は雑貨屋だ。商売しに行って何が悪いんだよ。」


おっさんはベッドに腰掛け、パンの入ったカゴから丸いパンを一つとってかじった。


「何か売れた?」


「指輪1つしか売れてねぇ。」


「へぇ、指輪!いいなぁ」


クルハは目を輝かせて言った。


「お母さんがね、指輪持ってるの。お父さんから昔、もらったんだって。その指輪がすっごくキラキラしててね、いいなぁって。」


「ふーん。」


「お母さん、すっごく大事にしてるんだよ。ね、お兄ちゃん。」


「う、うん。」


カルハは歯切れが悪い。こんな状況の中で、素直に妹に同意できないのだろう。


「明日は朝飯食ったらさっさと宿出るんだから早く寝ろよ。」


おっさんはそう言うと、ベッドに転がって眠ってしまった。


「クルハ、オレ達ももう寝よ。」


「そうだね、寝よっか。」


◆◆◆…


ベッドに入ってから1時間。カルハはまだ眠れずにいた。

明日が不安なのだ。


「・・・。」


それでも、睡魔は襲って来る。まだ考え事をしていたかったカルハだが、瞼と意識は重くなり、沈んでいった。


翌朝。

朝食を済ませた3人は、食後の一休みすること無く宿を出た。


「どうしても、帰らなきゃダメ?」


カルハが不安そうに呟く。


「帰らなきゃどうすんだよ。俺いらねぇぞ、お前らみたいなお子様。」


「そういうことじゃねぇよ!ねーけどさ・・・」


「ンだよ面倒くせぇな。その不安、帰って父親の脚でも蹴って発散させればいいだろ。ガキが脚蹴ったくらいじゃ、せいぜいアザができる程度だ。」


「んなことしねーよ!」


「なんだ、別に骨折るわけじゃねぇのに。お前らの不安は父親が発端だろ。別に安いだろ、そんくらい。あ、でも股蹴るのだけは勘弁してやれよ。」


おっさんは言い終えると、2人を気にせず、2人の家を目指して歩き始めた。


「あ!待てよ!置いてくなよおっさん!!」


2人もおっさんの後を追うように歩き出した。


◆◆◆…


家の前まで戻って来た。カルハとクルハは、家が目に入った途端、立ち止まった。2人の胸の中に不安がじわじわと広がっていく。

しかし、おっさんはそんな2人を気にせず家のドアを開けた。


「戻ったぞ。」


家の中には、両の頬がパンパンに腫れ、服がボロボロになっている男性と、あの証拠が浮き出たシャツを握りしめた2人の母親が居た。

母親による壮絶な断罪行為が繰り広げられたのは一目瞭然だ。


「父さん!?」


カルハとクルハは驚きながらボロボロの男性に駆け寄った。2人の父親である事は間違いないようだ。


「カルハ、クルハ!と、あなたはあの時の店主さん!!?」


父親は、今はおっさんの存在に驚いていた。息子と娘が雑貨屋の店主と共に帰宅するのだ。驚かない方が無理だ。


「雑貨屋さん!縁を切る指輪というのをこの人に売ったのは、本当なんですか?」


母親は、おっさんの顔を見るや否や、ズカズカと近付いて責めるように言った。


「あぁ、売った。」


「何がなんだかよく分からないけど、本当だろ?!これで信じてくれるだろ?!」


父親はおっさんの言葉に安心したのか、元気を取り戻したように見える。


「その指輪の効果は本物なんですか?」


母親はじっとりとおっさんを睨む。


「知り合いの魔女が作ったから俺は知らねえよ。けど、指輪の結果は既に父親が話したんじゃねぇのか。」


父親は、何度も何度も首を縦に振り、おっさんに向けてもう一度説明を始めた。


「あの人がトイレに立った隙に、こっそりカバンの隙間から落としておいたんです。そしたら、あの人はその日のうちに他の支部へ転勤になったんです。その支部が人手不足という理由で。信じられないなら、職場を尋ねてみればいいって何度も伝えたんですが、信じてくれなくて。」


「だとよ。聞いたの2回目だろうけど。」


「・・・・・・・・分かりました。」


口ではそう言うが、母親は恐らく納得していない。

それは明らかに態度に出ていた。


「もうここまで来たら家庭の問題に首突っ込ませてもらうけどよぉ、なんでその女とヨロシクやることになったんだ。」


「最初、あの人の方から相談事や食事にさそわれてて。最初はそれだけだったんですが、その、だんだんエスカレートしていって・・・・ぁぐう?!」


母親の右ストレートが父親の頬に綺麗に決まった。

父親は半回転しながら床に落ちていく。そこからヨロヨロと立ち上がり、頬の痛さを我慢しながら聞こえるか聞こえないかくらいの滑舌で続きを話していた。

要するに、その女性と逢瀬を重ねたものの、やはりカルハとクルハ、そして妻に対して罪悪感が消えず、どうやってスッパリ離れられるだろうと、ずっと考えていたところにおっさんが売っていた指輪に出会って今に至る、ということのようだ。


「ふーん。とりあえず解決したってことでいいのか。」


「まあ、そう、ですね。雑貨屋さん、色々本当にお世話になりました。」


母親は、自分の夫の耳を引っ張りながら深々とお辞儀した。


「あんま暴力やんねー方がいいぞ。アザだらけの男連れて歩いてると憲兵に怪しまれっから。」


「あ、確かにそうですね。じゃあ、夫の朝ごはんの目玉焼きだけ黄身をあらかじめ潰して出すとか、嫌いな食べ物を夕飯に多めに盛るとか、本のネタバレをするとかそういうのにします。あなた、復讐はもうしばらく終わらないわよ。」


「えっ・・・。」


「知らんけど、それでいいんじゃね。じゃあ、今度こそ俺ほんとに行くからな。」


「また来いよ!おっさん!!」


「ありがとうおじさん!」


おっさんは見向きもせず、4人家族の家を出た。

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異世界雑貨屋のおっさん ツカサ @tsukasa888

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