アイヌ共和国成立 択捉島返還

らんた

アイヌ共和国成立 択捉島返還

 「先ほどポーチン大統領から合意を頂きました」


 得意げに言う岸田 義秀(きしだ よしひで)総理。


 「北方四島のうち択捉島はアイヌ民族に返還します」


 報道陣がどよめく。


 「国名はアイヌ共和国」


 「日本・ロシアの緩衝地帯として機能させます」


 「国語はアイヌ語です。国教はアイヌ神話に基づくアイヌ教」


 「信教の自由はありません」


 「択捉島在住のおよそ二千名の方々のロシア国籍の方々にはサハリンへ移住及び経済的補償を日本国政府が全額行います」


 「日本語とロシア語は公用語になりますが一五年後にアイヌ語のみになります」


 「これは絶滅危機に瀕するアイヌ語の復活を目標とするものです」


 「人口二万人ほどの共和国で二院制、大統領制、大統領は二期八年までとする民主国家です」


 「議会は上院、下院共に定員10人とします」


 「選挙権は一八歳から、被選挙権は二三歳からとします」


 「国のおもな産業は漁業、水産加工業を予定しています」


 「通貨は『カムイ』です」


 「百カムイ=四円から相場がスタートする予定です」


 「通貨単位は『KM』になります」


 「我々は元の持ち主に北方四島の一部を返還する決意に至りました」


 「北の大地の元の持ち主は日本人でもなければロシア人でもありません」


 「高等教育機関を作る援助も日本国政府が行います」


 「なお、ロシアも日本も実効支配するつもりはないので一五年後はロシア国籍・日本国籍を含み他の周辺国の国籍の者が移住することは出来なくなります。『周辺国』とは中国、韓国、北朝鮮、米国、カナダ、モンゴル、フィリピン、ベトナム、パラオを含みます。短期の旅行・短期のビジネスの方に限りOKとなります。なお短期とは三か月以内です」


 会見である者は喜び、ある者は泣いた。


 アイヌ民族は主に日高地方と札幌市に集中している。移住希望者は多かった。なぜなら公務員やインフラ企業の従業員になれる可能性が高く生活が安定するからだ。


 航空会社も作られた。カムイ航空と名付けられた。


 ユジノサハリンスク、新千歳、羽田に直行便が出るようになった。機材は昔の日本国営航空の機材である。塗装が塗り替えられアイヌ文様となった。国旗もアイヌ文様である。


 企業も魅力的であった。民営化予定のカムイ電力にカムイ電電である。ただし、携帯電話事業は日本電話公社も参入するのでカムイパーソナルは弱い立場に置かれた。鉄道も敷かれアイヌ鉄道となった。


 諸法規は日本から来るアイヌ民族がほとんどだったので日本法に準じた。交通法規も日本に準じる。


 首都はシャナ市となった。そう、首都は旧紗那村の事である。自治体はこの一つしかない。消防と警察は市の管轄となった。軍は最小軍備に止めた。両市議会ともに定員五人である。市長は最高四期一二年まで在職可能である。



 シャナ株式市場も生まれた。カムイ食品工業とカムイ電力、カムイパーソナル、カムイ銀行、カムイ航空、カムイ鉄道、カムイバス、カムイ郵船、カムイガス、カムイ商事、カムイ放送、カムイ新聞、カムイ印刷、カムイ郵便の一四社が上場した。上場企業はすべて「カムイ」の名が付いた。金融業と交通業と電気とガスと通信と放送と新聞については外資規制が課せられた。外資企業は20.0%以上の株が持てなかった。カムイ鉄道の駅は2駅しかなかったがホテルとバスと旅行代理店を子会社に持っていた。上場会社の資本金は日本円にして三百万がほとんどと零細企業に等しかった。生命保険や損害保険などは会社設立すらできず主に日系の保険会社に入ることとなった。郵便局を通じて保険は販売された。もっともアイヌ共和国に事業の拠点を置いてることが基礎要件なので日本やロシアの大資本はシ・コタン株式市場に上場すら出来なかった。


 放送は国営放送と民放それぞれ一局だけであった。民放は日本やロシアの放送権を買って再放送した。これはTVだけでなくラジオも同じである。


 アイヌ共和国では日本円の約一五倍の価値が生じるので北海道から移住した者は現地にスーパーやコンビニ、ホテルなどを作った。病院も建設したが急遽医学部に薬学部に看護学部の養成が急務となった。日本国籍の者が特別労働ビザで居られるのはたったの独立後一五年間しかない。その間に日本国籍を持つ医者はアイヌ共和国内で医学教育をせねばならなかった。獣医も同様である。特別労働ビザの有効期限は2年しかなかった。しかも日本語をアイヌ語に直すという難関も待っていた。


 逆にアイヌ国立大学に留学する日本人が一定数居た。留学生ビザは確かに有効でこの場合は四年または二年(修士の場合)、三年(博士の場合)居ることが出来た。高校以下の留学は不可とされた。留学生需要はアイヌ共和国の重要な外資獲得となった。留学生は主に日本人であった。短期留学生も多くいた。


 なお、高校・中学・小学校はすべて国立とされた。なにせ、国の人口は留学生合わせて二万人台である。幼稚園と保育園はさすがに自治体が運営したが。北海道内に居たアイヌ人およそ二万人のうち五千人が移住した。千人は東京都内から移住してきた。道・都以外から来たアイヌ人は約四千人である。ロシア側から来たアイヌ人は残念ながらほとんど居なかった。なぜならほとんど絶滅してしまったからだ。ソ連の南樺太占領から逃れるべく北海道に逃げ延びた者も多かった。


 僻地から通学するのは大変なので公教育は通学制か通信制を選ぶ方式が取られた。小学校から高校まで義務教育である。もちろん無償である。私立高校は設置こそ許されていたが国の人口が少なすぎるので成立が厳しく私学教育は行われなかった。


 建国当初は物珍しさから主に日本から来た観光客需要も生じたがすぐに立ち消えた。ここは観光地ではなかった。おかげで地熱発電に専念できた。アイヌ国民は温泉よりも地熱を選んだのだ。太陽光と地熱を重視したおかげで安全保障の観点からアイヌ共和国はエネルギーが自給できるようになった。


 このエネルギー自給の意味は重く、自給出来た電気エネルギーを使って水素を作り上げた。これを漁船に応用することで石油価格の高騰に悩む必要が無くなった。そう、漁船は水素エンジンであった。それどころかトラックやバスを水素に変えることに成功したのだ。乗用車は電気自動車が普及した。日本車をはじめ車の持ち込みは水素、電気以外禁止である。HVであろうがPHEVであろうがNGとなった。各住宅には太陽光が義務設置とされ蓄電池も完備していた。


 軍隊も巡視船をはじめ水素エネルギーを使う。軍隊は海軍三十人、陸軍三十人、空軍五人の計六五名であった。人口二万人の国はこの国防力が防衛予算的にも限界であった。もっとも日本とロシアの緩衝地帯なのでロシア軍や日本軍はもちろん他国の軍隊が来るのは厳禁であった。特に米軍の影響力をロシアは恐れていたため仮に条約違反となった場合は米軍を排除することとなる。つまりアイヌ共和国は事実上軍隊を持たない国に等しかった。徴兵制度があり二四歳から二五歳は徴兵が義務である。


 公務員は極力減らすこととなった。おかげで電子政府が実現した。国の人口が二万人しかいないことを逆手に取ったのである。


 漁業以外の食料は牛肉などの畜産物は輸入に頼ることとなった。米は日本から輸入となった。このままでは水産加工物しか輸出できずに経済が破綻してしまう。しかも水産加工物は日本やロシアでは売れなかった。おかげで工業用水素を日本に輸出することになったのだ。まさに地熱さまさまである。これがアイヌ共和国破産を免れる商品となった。


 北海道でいじめられてきたアイヌ民族も多い。「母国に帰れ」、「日本から出ていけ」といういつものパターンが始まったのだ。子供だけでなくそれは親も含まれていた。民芸品を作っていたアイヌ民族はこうしてアイヌ共和国に移民していった。「日本から出ていけ」は安定した公務員になれるチャンスが多い嫉妬も多分に含まれていた。幸い、ウポポイは移転しなかった。なぜなら北海道に残ったアイヌ民族は半数の一万人居たからである。ただし、アイヌ古式舞踊はアイヌ共和国のほうが活発となった。


 人口構成も日本とは大違いで少子高齢化に悩むことは当面なさそうだ。

 

 「これでよかった」

 

 「もう日本とロシアが領土を取り合うことは無い」


 「この二つの国の間に緩衝地帯と民族自立を促した意味は大きい」


 岸田 義秀はアイヌ共和国建国の実績から後に令和最大の宰相と呼ばれることとなる。


 こうして約八十年もの間決着がつかずとうとう孫もひ孫も誕生し返還できぬまま国交に問題を抱えた日本とロシアの間の問題が消えたのであった。


 アイヌ共和国出身の選手団がオリンピックに登場する。正直中学校の部活の延長でしかなく水泳、野球、サッカー…。全てにおいて弱かった。しかしたしかに出ることに意味があるというオリンピック精神が発揮されることとなった。


 独立から一五年。日本とロシアの特別労働ビザが切れるちょうどこの年にアイヌ共和国はOECDに加盟し先進国となった。所得水準は東欧諸国と同等となった。


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