5-2

「あのさ、本当にいいの?」

「もう、何度目? いい加減怒るよ」


 私が王立研究院で目覚めてから一ヶ月。私とてんはタイム村に戻って来ていた。そして、今日はなんと天と私の結婚式だ。

 

 今や天は王立研究院の研究者、その肩書だけで普通にしていたって結婚したいという女性なんていくらでもいるはずだ。わざわざアンドロイドと結婚するなんてとんでもない、と何度も言ったのだけれど、その度に天は私がいいのだと言ってくれた。

 結局はそんな天の言葉に押し切られて今日を迎えてしまったものの、いざ鏡の中の自分の姿を見たら、また不安になってきてしまう。

 

 刈安かりやすさんが用意してくれていた銀と空色のグラデーションの美しい衣装。ももさんに結ってもらった髪には天からの簪。石の色はもちろん煌めく空色。


 本当に私なんかでいいのだろうか。


「だって、私」

「いいの! 俺は月白がいいんだって!」


 目の前には記憶よりも随分と大きくなった天が、こちらも村の正装に身を包んで立っている。驚くことに私が山小屋に向かったあの日から八年の時間が過ぎていた。

 

 山小屋で倒れている私を最初に見つけたのは天だった。天が活動を停止した私をあんず亭に連れて帰ったことで、その後で山小屋についた烏羽からすばは私を見つけることができず。

 でも、烏羽は王都には引き返さずタイム村に向かった。タイム村で烏羽に再会した天は私を王立研究院に引き渡す条件として、自分にアンドロイドの研究をさせろと迫ったらしい。


「全くなんでそんなことを思いついたんだか」


 初めてその話を聞いたときと同じ言葉がつい零れ落ちてしまった。

 

「だって誰も研究してないなら自分ですりゃいいじゃんって思ったんだもん」

「そんな簡単な話じゃないのよ。無駄な研究に終わる可能性だって」

「いいじゃん。うまくいったんだからさ」


 呆れた顔をしてしまった私に天は口を尖らせて答えた。その顔がかつての天を思い出させて、私はふっと笑ってしまう。

 

「さぁ、月白つきしろ行こう! みんなが待ってるよ!」

「うん」


 差し出された手を掴む。記憶の中と変わらない温かい手を。

 結婚式の会場であるあんず亭の食堂には、すでに懐かしい顔ぶれが集まっていた。


「つっきー、おめでとう!」


 元気な声に振り返るとそこには眩しい向日葵のような人が立っていた。

 

「刈安さん、ありがとうございます。衣装、用意しておいてくださったなんて」

「当たり前じゃん! 簪もよく似合ってるよ!」

「でしょ! ほら、やっぱり俺の言ったとおりじゃん!」


 刈安さんの言葉にドヤ顔で答える天に思わず苦笑してしまう。

 

「じゃあ、次は刈安さんの番だね〜」

「こら、天! 調子に乗るな!」


 そう言ってにやにやする天を刈安さんが真っ赤な顔で睨みつける。と、ちょうどお祝いにきてくれた亜麻あまさんが不思議そうな顔で刈安さんをのぞき込む。


「あれ? 刈安どうしたの? 顔、赤いよ。まさかもう酔っ払った?」

「はぁ? そんなわけないでしょ! なんでもないわよ!」

「えっ? なんで怒ってるの? ちょっと、待ってよ! あっ! 月白さん、おめでとう! お幸せにね!」

「はい、ありがとうございます」


 慌てて刈安さんを追いかける亜麻さんの姿に自然と笑顔がこぼれる。


「月白くん、相変わらずの美しさ。また君と一緒に働けるなんて嬉しいよ。さぁ、今度こそ僕と薬師の頂点を目指そうじゃないか!」

「何を訳のわからないことを言ってるんですか。天さん、月白さん、おめでとうございます」

「そうそう、私たちも結婚したんだよ! ねぇ、白花しらはな!」

「そうなんですか! おめでとうございます!」


 八年の月日なんてこの人には関係ないのだろう。むしろ華やかさの増した青藍せいらんさんの予想外の報告に嬉しくなる。隣の白花さんも相変わらずの無表情ながらもどこか嬉しそうだ。


「月白さん、おめでとう」

「あっ、黄丹おうにさん、ごめんなさい! 折角任せていただいた薬屋を放り出すような真似をして」

「本当ですよ」


 腕組みをして眉間に皺を寄せる黄丹さん。当たり前だ。私は頭を下げることしかできない。

 

「もちろん、これからはずっとタイム村にいてくれるんですよね?」

「えっ?」


 続いた言葉に驚いて顔をあげるとさっきまでの険しい雰囲気はどこへやら。笑顔の黄丹さんがいた。

 

「月白さんじゃないと嫌だという村人が多くてね。タイム村には未だに臨時の薬師しかいないんですよ」

「嘘……」

「今度こそ逃しはしませんからね」


 考えもしなかった話に私はもう一度深々と黄丹さんに頭を下げた。


「月白さん、天、おめでとう。私たちが来てしまってよかったのかな?」

烏羽からすばさん、もちろんです。わざわざありがとうございます。ご迷惑をたくさんお掛けして」


 天の言葉に烏羽さんは首を横にふる。

 

「いや、黄唐きがら先輩の恩に報いただけさ……月白さん、難しいとは思うけれど、どうか銀朱ぎんしゅさんと黄唐先輩を恨まないでやってくれ」


 一瞬ためらう。でも。


「はい」

「ありがとう。どうか幸せに」


 うなずいた私に烏羽さんが柔らかく微笑んだ。

 天が烏羽さんの隣の青年に声をかける。

 

灰青はいあおもありがとう。来てくれないかと思った」


 王立研究院で私が目覚めたときにいた青年は、やっぱりかつて私を捕らえたあの少年だった。

 

「はぁ? 来ないわけ無いだろ。一言文句言わなきゃ、気が済まねぇよ。勢いだけで王立研究院に飛び込んできたお前の世話を誰がしてやったと思ってるんだ」

「うん。感謝してる」

「その上、アンドロイドなんて御免だっていってんのに自分の研究に巻き込みやがって。八年だぞ! 八年!」

「うん」

「しかも、月白さんが起きたらさっさと王立研究院を辞めるってどういうことだよ! 結婚するだぁ? お前の後始末で俺がどれだけ苦労してるか」

「うん。灰青ならアンドロイドの研究をより良いものにしてくれるって信じてる」


 天の一言に灰青が言葉に詰まる。と、それまでの勢いはどこへいったのやら。

 

「当たり前だろ。俺を誰だと思ってんだよ……まぁ、幸せになれよ」


 呟くように言うと私にぺこりと頭を下げて、その場を立ち去ってしまった。そして、その後に口を開いたのは。


「二十四歳と十五歳、どうみても不釣合いね」


 その言葉に私はうつむく。そうなのだ。私のボディはかつてのまま。私と天がタイム村に戻ると決めた後、烏羽さんが私のことはタイム村のみんなに説明してくれた。だからタイム村の人たちは何も言わずにいてくれるけれど、どうみてもおかしいのは百も承知だ。


 トントン。


 そんな私の背中を天が優しく叩く。そのまま天は紅緋に笑顔をむける。


紅緋べにひ、来てくれたんだね」

「当たり前でしょ。王立研究院の立場を捨ててまでアンドロイドと結婚するなんて愚かな男、今見ておかないと一生見ることないでしょうからね」


 紅緋の言葉にまたうつむく。そんな私に紅緋の苛々とした声が降りかかる。

 

「あんた、なんか言い返しなさいよ」

「紅緋、ごめん」

「謝らないで! ……悪かったわね。お父さんとお母さんのこと。あんたのせいなんかじゃないってわかっていたのに。八つ当たりだったわ」

「紅緋」


 予想外の言葉に顔をあげる。そこにはなぜか泣きそうな顔をした紅緋がいた。

 

「これからもメンテナンスは必要なんでしょ。たまには王立研究院に来なさいよ。次までには、もうちょっと大人のボディを用意しておいてあげるわ……嫌でなければ、だけど」


 そういって不安気に私を見る紅緋。

 私たちは似た者同士なのかもしれない。アンドロイドという存在に翻弄された者同士、いつか分かり合える時がくるのだろうか。


「うん。ありがとう」


 私にはまだわからない。でも、いつか銀朱や黄唐の話を紅緋としたいと思った。

 

「幸せになりなさいよね」


 そう言うと紅緋もその場を去った。

 

「天、頑張ったな」

松葉まつば! ごめん! 俺、松葉が拾ってくれた恩を無視して、勝手に村でちゃって」


 掛けられた声に天が急にかつての幼い天に戻る。そんな天の頭をぐりぐりと撫でながら、松葉さんは豪快に笑う。

 

「ばぁか。好きな女のために人生かける。やっぱりお前は俺の自慢の息子だよ」

「え?」

「月白の旦那ってことは俺の息子ってことだろ?」

「松葉」

「必ず幸せになれよ!」

「うん、なるよ! ありがとう!」


 泣き笑いでうなずく天に私もジンとしてしまう。


「月白ちゃん」

ももさん」


 その目にはもう涙が浮かんでいる。

 

「本当にこの子は馬鹿だよ。一人で勝手にいなくなって」

「ごめんなさい」

「許さないよ。八年分、たっぷり可愛がってやるんだから。覚悟しときな」

「うん。たくさん親孝行します」

「ばぁか。幸せにおなり。それが一番の親孝行だよ」

「はい……ありがとう。母さん」


 無言で私を抱きしめる桃さん。その目から涙が零れ落ちた。

 アンドロイドに涙はない。でも桃さんの言葉に答えた私の声は、故障でもないのになぜか震えていた。

 

 こうして禁忌の技で生み出され、そして用済みと捨てられたアンドロイドの少女は、見知らぬ村で幸せになったのだった。

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身代わりのアンドロイド。用済みと追放されたものの、見知らぬ村で愛され薬師になりました~しかも森で助けた少年から求婚までされて甘い生活が待ってました~ 蜜蜂 @beecia

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