第2話 園崎千春の悩み

 ダサい、という言葉がはやり始めたのはいつからだろうか。里香の推しのジャニーズの話を聞きながら、私———園崎千春はそんなことを考える。今の高校生は特にその「ダサさ」に敏感だ。ダサい奴が下で、ダサくない奴が上にいる。例えば部活、世界史ではカースト制度は悪だと教えているくせに、部活カーストとか、クラス内カーストなんて言葉を皆当たり前のように受け入れてる。差別なんてかっこ悪いと言いながら、みんな血眼になって自分よりダサい人を探してる。ダサさに絶対的じゃなく、相対的だ。だから誰もがダサくないように振る舞い、誰かをダサいと決めつけて自分の優位性を示したがる。ダサいことは恥であり罪であり、カッコ悪いよりカッコ悪い。私たちは常にダサくないことを徹底しようと考え、そのアピールをするのに必死になる。

「ねえ~ハルもそう思わない?」

「あ、うん、そうだね。」

 そんなとりとめもないことを考えていると、里香に話しかけられていたようだ。少し言葉に詰まるが、取り敢えず相槌を打つ。

「やっぱり!ほら、やっぱりハルは海斗だよね~。」

「うんうん、海斗しか勝たん!って感じ。」

 元々ぱっちりとした目をさらに大きくして「だよね~」と里香は言い、うんうんと満足げにうなずく。私の目の前に母親譲りだという少し茶色がかったセミロングの髪が揺れる。

 海斗、というのは彼女が推しているメンズアイドルグループの一人だ。事務所も押したいグループなのか最近テレビでもよく見る気がする。里香は売れ出す前からこのグループを知っていたようで、鼻高々だった。里香曰く、「新規に古参が負けるわけにはいかない」、みたいで最近金欠気味らしい。まあ、かくいう私も多少なりとグッズを買っているのだが。里香は私の反応だけでは物足りなかったのか、左を向き尋ねる。


「ねえ、琴乃はどう?」

「私はアイドルとかにはあんまり興味ないからな、まあ、カッコいいとは思うけど。」

「え~、そんなことつれない事言わないでよ琴乃~」

 ふんわりとした口調だが、それでいて断定的な口調で琴乃は言う。だが里香はそんな琴乃の反応も嬉しいらしく、背の高い琴乃の肩に手を回している。

 琴乃も私たちのグループの一人。私たちは、一応皆バドミントン部に所属しているのだが、私たちと違い琴乃は選抜選手に選ばれるような子だ。


「あ、そうだハル、うちのお姉ちゃんの友達が海斗のグッズ間違えて二個って買っちゃったらしいんだけど、いる?」

「え!いいの?欲しい欲しい!」

 別にグッズは欲しくはないが、そこで断って里香の機嫌を損ねるほどのことも無いので、素直に欲しがっておく。横で翔子が鋭い視線を送っているのだろうが、それには里香は気づかないふりを多分しているのだろう。こういう所が里香を女王様たらしめている理由だろう。まあ、それに気づいていながらわざとこんなうれしそうな声を出している私も大概なのだが。

 私たちのグループは里香、琴乃、私、そして翔子の4人でできているが、ご想像通り中心は里香だ。里香がお姫様の里香のお城。私たちはそれぞれ理由があって、里香に気に入られている。琴乃はバドミントンの県選抜プレイヤーだし、私は自分で言うのもなんだが美人といってもいい容姿をしていると。丸い目と軽くウェーブがかった髪は他の皆からも可愛いと評判がいい。一時期は眼鏡もしていたが、里香に外した方が似合うと言われてからはコンタクトにしている。

 翔子はもともと私と同じ中学の出身だった。私も翔子も中学では美術部だった。少人数で活動的な部活ではなかったが、翔子はすごく絵が上手だったし、私も翔子の絵を見るのが好きだった。

 話が変わったのは高校に上がってから、園崎千春と瀬川里香、私たちの席は前後だったし、そこで里香は私に目を付けた。琴乃と里香は中学からの友達だったらしいが、そこに私が加わる形となり、さらになし崩し的に翔子がグループに入ることとなった。その結果がこの翔子の視線だとしたら里香のグループに入った私の行動はあまり褒められた話ではないだろう。しかし私は「ダサく」なりたくなかったし、翔子も「ダサく」なりたくないから居心地がよくなくても、里香からグッズがもらえなくても、こんな風に口に出して文句を言ったりはしない。


 何度も繰り返すようだが、高校生にとって「ダサい」というのは致命的なのだ。だが、ダサいという言葉があくまで絶対的ではなく、相対的であるため、自らダサくならないことを諦めてしまう人々も存在する。

 そんなことを考えながら私はクラスの隅の方をながめる。私が見ているだなんて微塵も気づいてなさそうな彼らは今日も半径1メートルの自分たちの世界に没頭している。すると琴乃が私の視線に気づいたのか、声をかけてくる。


「どうしたの千春?そっぽ向いて、なんか物憂げな感じだけど。」

「どしたのハル?……って、うーわ、セミかよ、あいつらがどうかしたの?」

 里香が私の目線の先に見て、あからさまにいやそうな声を出す。

「い、いや、なんでもない。」

 慌てて視線を逸らすが、里香は怪訝な顔を崩さない。

「何?なんか変な事とされたとかなら私がアイツらぶっ飛ばすよ?」

「いやいや、ホントに何でもないから!それに第一、あいつらに手出す度胸無いでしょ。」

「たしかに、それもそっか。」

 そこまでいうと里香はやっと落ち着いた。


 彼らのことを私たちはセミ系男子と呼んでいる。単品だと全然騒がないのに突然騒ぎはじめ、少し経ったら途端にまた大人しくなる。ダサい話題は声を潜めて話し、勉強なんかの話題になったら急に声が大きくなる。自分の好きな話題くらい少しは自信もって話せばいいのに、私はそう思うのだが彼らにはそうはいかないらしい。


 そんなセミ系男子の中心にいるのはキングだ。もはや本名も覚えてない。キングというあだ名をしているが別に名前に王とかそんな字は入っていた覚えはない。親戚にアニメ会社の人がいるとかで、その自慢話ばっかりして、周りもその話を聞きながら流石とか、すごいとか返事しているその返答はあまりにも適当なのだが、返事をくれるだけでキングは満足らしく、嬉しそうに話を続ける。最早キングの部下すらも話を聞いていないようだが、その声の大きさが童話の悪王みたいだという事でキングと呼ばれている、とか確かそんなところだったはずだ。


 そんなキングの取り巻きは何人かいるのだが、その中に相葉達也、通称バツ也はいた。私は里香の話にうんうんと無価値な相槌を打ちながらも、私は里香にバレないように彼に視線を送るのだった……。







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死ニタガリと書キタガリ 尾乃ミノリ @fuminated-4807

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