死ニタガリと書キタガリ

尾乃ミノリ

第1話 プロローグ

 なるほど、という部長の言葉で俺は現実に引き戻される。考え事をしているうちに意識が飛んでいたようだ。

背中をツンツンと触られ振り返ると、後ろの席に座っていた清水さんがニマっと笑って声をかけてくる。

「相葉君、今寝てたでしょ。」

 なんだかうれしそうに言ってくる。違うと反射的に言いたくなるが、彼女の得意げな表情を見ると反発する気は起きなくなった。

「ありがとう、起こしてくれて」

「いえいえ、お安い御用よ」

一応サークルの会議中のため、俺は後ろを向かずに背もたれに体を預ける、清水さんは前のめりになるような形で、バレないようにこそこそと会話をする。

「にしても珍しいね、達也君が居眠りなんて」

「だから居眠りじゃないんだけど……。いや、まあ、ちょっと考え事をしてて。」

「ふーん、大変だね。まあでも、もうすぐ達也君の番だし準備しときなよ」

「うん、そうする。」

こういうところであまり深い事に突っ込んで来ないのが彼女のいいところなのかもしれない。

「それより、清水さんは大丈夫?ちゃんと完成したの?本。」

「ふふふ、何、相葉君、聞きたい?」

「いや、別にどっちでもいいけど……」

ここにいるという事は完成したという事なんだろう、きっと。

「じゃーん!こちらです……!」

彼女は机の中から紙束を取り出し、思い切り腕を伸ばして見せてくる。その手を少し避けながら良かったねと返すと、彼女は少し上気した声で話し始めた。

「いやほんっと、今回はマジで落とすかと思った。同人の文章も何とか間に合ったし。相葉君にも、迷惑かけたね……」

「いやいや、別に大したことはしてないって。」

「いや、その節は大変お世話になりました!」

机に拳を当てて深々とまるで極道みたいなお辞儀をする清水さん。目力も心なしか普段より強い。

「おい、清水、さっきからうるさいぞ。」

「あ、す、すみません……」

清水さんはさっきのこぶしを握った極道ポーズのまま、ずるずると拳を下げ、しゅんと居直る。

「怒られてやんの。」

「達也君が変なこと言うからでしょ!しかも何で私だけ……」

清水さんはさっきより小声で、しかし強い口調で詰め寄ってくる。

「ほら、そんなこと言ってたらまた怒られるよ。」

むーと、明らかに不満そうな音を体から鳴らして、彼女は姿勢を正した。


前方に目を向けると、今も部長がさっき発表された脚本に対する講評を述べていた。人の意見は耳をタコにしてでも聞けというのは誰に言われた言葉だっただろうか。それこそ耳にタコができるほど聞いた気がするが、教えてくれた人物には申し訳ないが、未だに俺の血肉にはなっていない。人は今まで誰かからかけられた言葉でできていると何かの本で読んだが、俺の体は誰の言葉でできているんだろうか。両親か、小学校の先生か、それとも……


「ま、誰でもいいや。」

ちらりと浮かんだ少女の姿を打ち消す。


 そんなことを考えているといつの間にか俺の番が来ていたらしく、清水さんが「達也君の番だよ」と、声をかけてくれた。「ありがとう」と返した言葉は少し揺れていたかもしれない。いよいよ腹を決めなくては、最早後ずさりなんてものはできやしない。そう言い聞かせながら怯えを悟られないように立った。


そんな時に背中に刺激を感じて

「うぉ」

と、そんな時に後ろから誰かが突っついてくるのを感じる。振り返ると清水さんが人差し指をこちらに向けていた。

「相葉?大丈夫か?」

「あー、はい、大丈夫です。」

部長に返事をしてもう一度後ろを向くと、彼女はぐっとサムズアップしていた。

さっき注意されたことに対する意趣返しだろうか。それとも彼女なりの激励かもわからないが、俺の作品がどんなものなのかを知りもしないでそんな風に指を伸ばしているのだと考えるとなんだか笑えて来た。


 俺は講堂の階段を降り、発表台へと向かっていく。部長の姿がだんだんと大きくなる。ゆっくりと下降しながら俺は脚本の事を思い返していた。恋愛、SF、西部劇みたいなものも書いたな、大した目立つことはなかったが、これを発表したら俺はもうここにはいられないだろう。学校の居場所もなくなるかもしれない。これで最後の作品となってしまうのかと思うと少し寂しい気もした。しかし不思議と後悔はなかった。そうしているうちに発表台の前に着く。くるりと向き直り、演劇部部員数十名を漠然と見つめる。



「2年の、相葉達也です。ひとまず皆さん、今送った脚本のファイルを開いてください。」



 数瞬の沈黙の後、どこからかひえっというような言葉とともに一部部員の表情が固まる。部長は引きつった顔、清水さんはうつむいていてよく表情は見えない、少し震えているように見えるのは俺の願望だろうか。



「今回発表する脚本のタイトルは、」



 そこで一つ大きく息を吸う、この脚本のテーマとなった、いや、なりたがった少女に対して俺が今まで感じてきたものすべて、俺を構成している彼女の部分全てを出し切るつもりで、そのタイトルを告げる。




「『園崎千春と死について』、です。」





 とっくの昔に後戻りはできなくなっている。いや、思えば彼女に話しかけられた時、あの時既に運命は決まっていたのかもしれないなんてそれっぽく一人ごちてみる。俺の脳裏には彼女と初めて話したあの日の事は今でもずっとこびりついたままだ。

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