第二章 真実の代償

「愛知県名古屋市資産家一家惨殺事件」。

それは愛知県警では類を見ない猟奇性の

高い、世間を震撼とさせる殺人事件だった。ーー

 事件は今から2年前の2022年10月。

愛知県名古屋市の閑静な住宅街でその事件は

発生した。とある資産家一家が数週間も音沙汰

がない事に不信感を感じていた

近隣の住民の要請で

警官数名が不動産屋の管理人に頼んで訪問した。

 すると玄関から屍体の異臭が

香っており恐る恐る

ベテランの警官が奥に向かうと

驚きの光景が広がっていた。

「何だよ、これ…。」

 そこにはテーブルに座って

並んだ資産家一家4人の

首無しの遺体が発見されたのだった。ーー

 時を同じくして2024年10月。ーー

 捜査会議を終えた野茂警部補は

心介と神妙な面持ちで会議室で

話し合っていた。

「先生,本音を聞かせてください。」

 心介は聞き返さない代わりに「ん…」と

言った表情で野茂の顔を見た。

「今回の事件,模倣犯の可能性

は無いですか?」

「模倣犯…,今回の場合、

偶然にしてはどれも

似すぎているから

その可能性はゼロでしょう。

しかも殺し方は猟奇性

も相まってマスコミには

伏せていたんですよね。」

「えぇ、彼らにとっては

その手の記事は格好の

ネタですから、下手に

センセーショナルに

騒ぎ立てられては困るので

敢えてこちらからは

最小限の情報規制

をかけて詳しくは説明

しませんでした。」

すると心介はある事に

気付いた。

「そういえばあの新人さんは?」

「えっ、あぁ。上杉ですか?

あいつはどういう訳か、

三澤教授に気に入られて…」

「ほぅ、大の警察嫌いの

彼が、珍しいですね。」

「そうですね…,私なんか

未だに事務処理的な対応しか

されてませんよ。」

 そう、三澤が心を許すのは

大学同期の心介と自身の法医学

チームの面々のみであり,

警察関係者では一部のベテラン鑑識員

数名にしか良い顔を見せない,しかし、

刑事になって数年の上杉には何故か

気に入られている.野茂は少々

面白くなく感じた.ーー

 一方,噂の新人である上杉は

法医学教室準備室で三澤から試験管に

入った酒を呑み交わしていた。

「ところで三澤先生,どうして僕には

遺体の見解を話してくれたんですか」

 三澤は何故か少しの動揺を

見せたがすぐに言った。

「強いて言えば目,かな…

私の若い頃に君の強い目と

同じだと感じたんだ。」

仮にも法医学という

学問を教える者が

シンパシーという感情を

持ってる事に上杉は

意外だと感じた。

「先生って意外と感覚が他の

法医学者と違うんですね。」

「それは君、褒め言葉かね?」

「えぇ、褒め言葉です。」

「なら素直に受け取っておこう。」

二人のその様子はまるで

親子のようだと他者の目からは

そう映った。ーー

 心介は本件の殺人事件以外に

別件でとある殺人事件の被疑者と

取調室の裏のミラー越しに対峙していた。

「千葉健作、23歳。大学院1年生で

闇バイトによる殺人事件のグループの

一人として今朝、出頭してきました。」

「出頭してきた時の様子は?」

「至って真面目な、とても人殺しを

するような青年に見えなかったというのが

応対した県警職員による感想でした。」

 すると心介はあるワードを発した。

「『しろうと理論』…ですね。」

「はっ?」

「応対した職員は恐らくその人

自身が経験してきた

主観的な理論でモノを

言っていたのでしょう、

何の確証もないのに第一印象

でその人の人柄を決めつけるのは

大変に危険な行為です。」

「私にそれを言われましても…」

 すると心介は捜査一課刑事に真剣な

面持ちで言った。

「とにかく、私が彼に事情聴取をします。」

「宇野先生が、ですか?」

「はい。同席者はーー」

 同席者は千葉の出頭に応対した

県警職員の伊勢山猛(いせやまたける)

巡査長だった。

「何故君が私の事情聴取の同席者に

選ばれたか知ってるね?」

 伊勢山は観念するように

ゆっくり頷いて答えた。

「先入観で千葉を、彼の人物像を

真面目で心優しい人間だと決めつけた

事ですよね?」

「それもあるが、他にもある。

何だと思う?」

 伊勢山は心介のその問いに

すぐに答えられなかった。

「それは…、私の事情聴取を見て

答えたまえ。」

 そう言って心介はノックしながら

千葉がいる第一取調室に入室した。--

 取調室に入室した心介と伊勢山は

大人しく椅子に座る千葉と対峙した。

 伊勢山の第一印象通り、千葉はかなり

真面目で優しそうな人物だった。

「刑事さんか?」

 そう聞く千葉に心介は首を横に振って答えた。

「私の本業は犯罪心理学者の宇野心介という

者です。警察の捜査協力を度々依頼されています。」

 千葉はそれを聞くと嘲笑しボソッと言った。

「…俺みたいな三下相手にはアンタで十分か。」

 伊勢山は「えっ。」と驚いた。

「やはり、君は身代わりでここへ来たんだね。」

「どうして身代わりだと?」

「君の身元と経歴を調べさせてもらった。

3年前から大学および大学院の学費を

稼ぐ為に闇バイトに応募、

暴力団傘下の構成員として主に組員が起こした

殺人事件の後処理である死体の

特殊清掃を担当していた。

今回の殺人事件もその経歴を

生かしてわざと死体を

雑に処分した。

自分が殺したように偽装してね。」

 千葉はよく分かったなという顔で心介を見て聞いた。

「どうして俺が特殊清掃のバイトをしていると?」

「なに、簡単な推測だよ。君が在学中の建築関係の

学部がある大学院では

クリーンな清掃技術も学んでいるという

のを先程ホームページで調べた。

恐らく死体を処理する技術も学んでいるだろうと

私はそう予想した。それに君は

如何にも完璧主義者だ。待ってもらっている間に

君の行動を裏から見させてもらったがノートの

書き方はびっしりと言えるほど細かく、しかし

丁寧に文字が並べられていた。、これはそうとう

潔癖な性格で犯罪を行うにしても正確さを

求める性格だと感じたのさ。」

「…参ったな、アンタの

プロファイリング通り、俺は

この事件の後始末を任されただけだ。

 真犯人は闇バイトの元締めの男だ。

 このノートにその殺人の証拠が記されている。

…それと、アンタには俺から

聞きたいことがもう一つ、あるんだろ?」

 そう言われると心介はニヤリと笑みを浮かべた。

「あぁ、『愛知県名古屋市資産家一家

殺人事件』について、私は知りたい。

恐らく君はその事件にも特殊清掃に関わっている。」

 それを聞き千葉は観念するように答えた。--

 千葉の取り調べを終えると

伊勢山は心介に礼の言葉を述べた。

「ありがとうございました。今回、自分が

如何に警察官として未熟かよく分かりました。」

「これは責めている言葉じゃない、ただ、

見込み捜査って言葉がある通り、思い込みでその

人物を優しそう、真面目そうと決めつけるのは

大変に危険だ。君にはそれさえ改善されれば

刑事としても警察官としても大成するだろう。」

 お褒めに近い言葉を貰い『ありがとうございます。』

と言った。それだけ言い終えると心介はコートを

羽織り、署の外へ出た。--

 朱音は上杉と会っていた。

 散々彼から飲みの誘いを受け

遂に根負けしたのだ。

「つまらないお話でしたら私は帰りますよ。」

「う~わ、俺本当に大好き、朱音さんのそういう

塩対応な感じ。」

 朱音は上杉のそういう性格を変だと感じた。

 だが、嫌いって程でもない感じだった。

「そういえばさっき宇野先生がとある

闇バイト殺人事件の参考人から真犯人を

炙り出してもらったよ、やっぱり凄いね、

あの人は。」

「えぇ、先生はすごい人なんです。

あなたとは違ってね。」

 『ひっでー言い様。』と上杉は

そう笑い捨てた。

「でも、時々,私にも

分からない時があるんです、あの人の事が…」

 そう言う朱音の横顔は上杉の目には

寂しそうに映っていた。--

 心介はとあるお墓に訪れていた。

 それは『名古屋市資産家一家

殺人事件』で亡くなった資産家家族の

眠るお墓だった。

 心介は手を合わせ、彼らに語り掛けた。

「相田(あいだ)さん、いよいよです。

あなた方を殺害した犯人をいよいよ

法の裁きの下へ引きずり込めます。

どうか私たちにご加護ください。」

 心介は祈るように自分を育ててくれた

人物に手を合わせ言った。--

『きっと人は私をこういうだろう、

【精神異常者の殺人犯】だと。

確かに私は殺した人の首を集めるのが

好きだ。それは一種の芸術の一環として

私はそれを誇りに思っている。

彼らの首は私に問いかけてくる。

『罪の意識はないのか』と。

罪?違うな、私のコレクションである

君たちは【誇りの戦利品】だから、

罪の呵責など蟻のはい出る隙間も

無いほど感じている。だから、誰も

私を捕まえることなど出来る筈ないのだ。』ーー

10

 2024年12月24日、世の中がクリスマスで

騒ぐ今夜、心介は自身が解決できなかった、悔いの

残った殺人事件の真犯人と対峙しようとしていた。

「まさか、君だったのか…,XXXⅩ…」

「……」

 真犯人は銃口を心介に真っすぐ構えていた。

 心介はそれを【真実の代償】として受け取っていた。--


第二章 【完】


第三章へ続く。

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悪しき心ー犯罪心理学者・宇野心介の償い 林崎知久 @commy

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