エピローグと予告


帝国の首都に戻ったナズーは、首都の中心にそびえる皇帝の執務塔に居た。

夜だというのに昼のように明るく、水平線の向こうの山の稜線までもが見渡せた。

幾重にも重なる山脈と空の間には、白い太陽が佇んでいる。


ワールイ帝国の首都は高緯度に存在しているため、

夏でも肌寒く、白い夜と呼ばれる現象が数か月にわたって起きる。

その間は昼はもちろん、夜になっても太陽が落ちきらず、明るいままなのだ。

これにより照明を使わずとも夜を徹しての作業が容易となり、

いつしかワールイ帝国の長時間労働は文化となってしまったのだ。


ナズーはテラスの手摺りに近づき、眼下に広がる街並みを眺めていた。

蒼銀の薄明が照らし出すのは、サモ領とはうって変わって近代的な街並みだ。

黒鋼の壁に色とりどりのタイル葺きの高層家屋。

通りにはガス灯の点いた青銅のアーチが並ぶ。


――ワールイ帝国首都『アットホーム』


首都のその名は、これまで他国を併呑してきた帝国が、

併合した諸民族すべての家となる願いを込めて名付けられたものだ。


「勝手に家族にされたんじゃあ、たまったものではないですね。」

誰に聞かせるともなく、ナズーは頭に浮かんだ言葉を口にした。


帝国内の労働法規では6時以降は退勤となるはずだが、

すでに時間は夜10時を回っている。それだというのに、

街並みの煙突からは白煙が登り、窓からはオレンジ色の光が漏れている。


そんな街を眺めるナズーに背後から声をかけるものがいた。

振り返るが、ちょうどテラスが作る影に顔が収まっていて、

その表情を窺うことはできなかった。


「それは市井の者に対してか?それとも自分に対してか?」


――振り返ったナズーの表情。

サモ領でナズーに会ったものならば、自身の目を疑い、

心胆を寒からしめただろう。


「さて?陛下には心当たりがおありですか。」


視線の先には年かさのいった手だけがみえる。

手はナズーの言葉を受け、軽く握りしめられ、手の主が答える。


「その憎まれ口をどうにかできないのか?孫娘よ。」


「努力はしてるのですが…家族の証みたいなものと大目に見ていただければ。」


「…まったく。それで、サモ領のダンジョンは危惧の通りだったのだな?」


「ええ、龍穴に間違いありません。存在が不確かで毛玉みたいなコボルドが、

 自身でコボルド銀を繋ぎ合わせるのに必要なエーテルを賄えるはずがありません。

 間違いなく龍脈のエーテルを吸い上げてますね。それも、かなり大規模に。」


「――続けよ。」


「ご存じの通り、この世で生まれて死ぬ、流転する命の流れ、それが龍脈です。

 先の戦争、帝国は世界中で動物も人も、あまりにも多くを殺し過ぎました。

 きっと黄泉の国がいっぱいになってしまったんでしょう。」


「その結果、大地に還ったエーテルの量が過大になり、

 龍脈の源流を圧迫、押し出される勢いが強くなり…

 これまで見られなかった場所でもエーテルの流れが噴き出し、龍穴となる。」


「サモ領はもともと龍脈の影響が強い土地だったようですね。

 シーテケの栽培が粗雑な方法水をかけるだけで可能だったのも、エーテル密度が高いためかと。」


「今後、帝国の各州にとんでもないのが居るダンジョンがいくつも出ると思います。

 今回サモ領で見つかったダンジョンは、魔物の強度が低すぎます。

 あれはきっと深層に何かヤバイのが潜んでますね。それも確実に。」


「まったく、先帝のの後処理だけでも大変だというに…

 処理しきれなかったこぼれものを拾うもの達もいる。それについてはどうか?」


「搾取の構造と順法精神の低下…

 まあ、これは今に始まったものではないですが…

 冒険者ギルドの存在が将来的に対処を難しくするかと。」


「ふむ、具体的に何が問題なのだ?」


「現在、冒険者ギルドは所属する冒険者をランク付けして

 そのランクに合った仕事を斡旋することを業としています。

 これにより、ギルドを通さない依頼というものは実績にならず、

 いくら実入りのいい仕事でも、冒険者にとっては不安定なものとなっています。」


「…」


「これによりギルドは、社会の維持に必要だが、稼ぎとしては悪い依頼でも

 冒険者を労働力として提供することができます。それ自体は良い事なのです。

 ですが、実際には評価を盾に質の悪い依頼サモ領から出るブラック依頼を弾けずにいます。」


「しかしそれは必要悪ではないか?

 冒険者がそうであるように、うまみがなければ、

 長という面倒な仕事をする者はいない。お前がそれを今言ったではないか。」


「ええ、そうです。ハーケン伯が明日別の誰かに変わったとしても、

 この構造が引き継がれる限り何も変わらないでしょう。」


「不正は個人が行うなら、個人の問題です。

 しかし、不正を不正として告発できない状況、これが腐敗です。」


「こうした腐敗が長期間にわたって続けば、

 立法はより短期に連続して発行され、恣意的しいてきなものが主となり、

 次第に法は個人に命令を強要するものとなるでしょう。」


「もし、守ることができないような法国家のために死を強要する法律が発行された時、

 政治に抗う手段のない民は、法を守るでしょうか?

 いえ、逃げる、避ける、無視する。それが一般的な常識になります。」


テラスに座る影から、深く嘆息する音が聞こえる。


「ひどい状況だが…一つ救いがあるとするとすれば、それを俯瞰できる

 お前がここにいるという事だな。」


両手を上げて自嘲気味にナズーは言う。

「ほんと、笑っちゃうくらいに生まれた時代が悪かったですよね?」


「ですが、望みはありますよ、地方貴族サモ13世はまだ貴族的精神というものを

 持ち合わせているようですから。」


「今後、ダンジョンの生まれた場所に赴いて、ダンジョンの鑑定と共に、

 比較的まともな人たちを探していければと。

 やはり当事者意識が強いと、ちゃんとやるべきことをやってくれますので。」


「相分かった、これ以上は何も言うまい。

 だが、なるべく急いでくれ、朕とて時間を稼ぐのはそれなりに大変なのだ。」


「先帝の暴走を防げなかったことを反省して、議会を作るっていうアレですね。

 まあ…、努力はします。」


「あと、先の言葉が真なら、信頼できる護衛をつけていただけますか?

 私は先帝のようになりたくないので。」


「それはできないな。兵を個人の意思で動かすことは避けたい。

 お前個人が雇うなら、家族として金を融通することはできるが。

 サモ領で信頼できるものを何人か引き抜けないのか?」


「なるほど、その手がありましたか…考えてみます。」


「それと、これは新しい依頼だ。場所はホソマサ属州だ。

 どうやらここでも新しいダンジョンが見つかったようだ。」


「ホソマサですか?また遠いですね…西部沿海州じゃないですか。

 依頼主はどこの誰です?」


「先帝の戦役のころはニンジャマスターで名を馳せ、

 戦後の今はスシマスターとなった平喜代村たいらのきよむらだ。」


「またなんかえらい癖の強そうな人ですねぇ…帝国共通語通じるんですか?」


「その件に関しては問題ないだろう、彼らは帝国に服属して長い。

 しかし、その分彼らの一族には帝国に深い恨みを持つものもいるだろう。」


「あまり耳にしたくない情報ですね、まあ…せいぜい気を付けて行きますよ。

 それでは、陛下もすこしはご自愛なさってください。」


「ああ、下がってよい。」


ナズーはダンジョンの鑑定依頼書と、

帝国で編纂された博物誌等の、現地の資料をカバンに入れると、

テラスから出てそのまま執務塔の廊下を進んだ。

すると途中、大理石で作られた先帝の立像が目に入った。

両手にそれぞれ斧を持ち、頭には角の生えたよくわからない動物の頭骨、

上半身は獣骨の鎧、下半身は恥部隠しと…。

初めて目にするとおおよそ蛮族にしか見えないが、

これがワールイ帝国の先帝の在りし日を表した大理石像だ。


(しかしいつ見てもこれ、私の世代からすると、皇帝とは思えない感じですよね…)


エーテルの多寡が戦力の決定的の差となるこの世界の戦いでは、

多くの場合、金属よりも、自然物を単純加工した方が強力である。

(例外はエーテルで鍛えるコボルト銀やミスリルだ。)

そのため、必然的に当時の優れた戦士はこういった見た目になっていた。らしい。


(いやあ、理屈ではわかるんですけどね、この格好で良しとする

 その心の強さはどっから来るんでしょうか。)


「この人、まったく悩みが無さそうでいいですねぇ。

 …だから今こういうことになったんでしょうけど。」


ナズーの言葉には何も答えず、石像は眼を見開いて歯を剥くだけだった。

一応権威ある人の像なので、形式的に礼をしたのち、彼女は執務塔を後にした。


ええ、そうでしょうとも。

もし、後に続くものの事を考えずに行われたとしても、

だからこそ、その咎すべては後の者に問うべきだし、問われるべきだ。

でなければ誰が答える?


――少なくとも先帝より、我ら法衣を着た蛮族は満足して果てないとね。

  それくらいは権利を主張しても良いでしょう。



ここまで読んで頂き有難うございます。

他作品もなかなかに脳みそフットーする話を取りそろえておりますので

是非そちらもよろしくお願いいたします。

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