不愛想なイケメンに耳かき<下>


最近同僚の耳の穴が気になって仕方がない。いや、何を言っているのか意味が解らないかもしれないが、とにかく最近の私は同僚の不愛想で標本マニアの変態で顔だけが取り柄の男、タッキーラ・ズゥの耳の穴が気になって仕方がないのだ。


「何だ?」

「別に、何でもないわよ」


こんな感じで何となく目が行ってしまう。

いかんな、これではあらぬ勘違いをされてしまう。特に先日の件もあってカラッシニ先生はまるで「私がコイツに気がある」なんて愉快な勘違いをしてしまっているのだ。


ガリガリ、ゴリゴリ、ガリガリ、ゴリゴリ……


今日も今日はでポーションの材料を磨り潰し、悶々とした気持ちで一日を送る。






「そうそう、ワシ、明日からしばらくいないから」

「いないって……何かあるんですか?」

「うん、実はね。王様から神薬エリクサーが欲しいって言われてさ。ちょっと材料採りに行くの」

「エリクサー!?」


おおっ、エリクサーあるのか! さすが異世界!!

まぁ、私はラスボス戦でもエリクサーはとっておいて結局使わないタイプなんだけど。

最強回復アイテムの名前に興奮する私。そしてそれはタッキーラも同じことだった。何しろ希少な回復アイテムを作るのだから、その材料も希少に違いないからだ。


「先生。神薬ということはやはり竜と戦うのですか?」

「んや、世界樹の葉と、竜の肝は手持ちがあるからね。採りに行くのは不死鳥の羽だよ」


おおおっ! 世界樹とか竜とか不死鳥とか、異世界感が半端ない!!

ゲーム脳やラノベ脳をくすぐるワードにワクワクが止まらない。ってか、不死鳥もやっぱりいたんだな。


「先生だけで行くんですか?」

「そうだね。知ってるとこだし、大人数で行っても時間が余分にかかるだけだしね。たぶん1か月くらいで帰ってくるから。じゃあ、これ、サユリちゃん」

「何です……うっ!?」


渡された書類を見て眉を顰めた。そこにびっしり書かれていたのは材料のリストだ。


「ワシが返ってくるまでこれ全部準備しといて。他の作業は全部止めていいよ。王様の命令だからね」

「は、はい……あの、でもこの量は??」


これ全部すり潰すのか。しかも凄い量。だって樽一杯分の桃色水晶とか、大瓶10本分の精霊水とか、どんだけ準備するんだ?

もちろんタッキーラもその資料を見て首を傾げる。


「しかし先生。これは量があまりにも……倉庫のめぼしい材料がほとんどなくなってしまいますが?」

「いいの、いいの。だって王様の命令だもん」

「あの、神薬って、そんなに大量に作れるんですか?」

「ん? そんなにいっぱい出来ないよ。精製していくから、最終的には多分小瓶に1本くらいになっちゃうかな」

「え!? この大量の材料が小瓶1本になっちゃうんですか?」

「そうだよ。やり方は帰ってから教えるね」

「は、はぁ……」


私とタッキーラは呆然とした顔で返事をする。


「じゃあ、頼むね」


それだけ言うと、先生は旅支度を始め翌日には出て行ってしまう。

いや、これ? 一カ月って??

終わるかな???



ガリガリガリガリ、ゴリゴリゴリゴリ…………









ガリガリガリガリ、ゴリゴリゴリゴリゴリゴリ…………



先生が旅立って2週間。

任せられた仕事は何とか半分くらい終わった。っていうか作業量がヤバい。タッキーラの方も材料の発注やら器具や設備の準備で天手古舞になっている。

その日、お互いに一息ついたのは日もすっかり暮れてからのことだった。


「そっち終わった?」

「今日の分はな。取り扱いに手続きが煩雑なものが多いから面倒この上ない。そっちはどうだ?」

「何とかね。あとは同じこと、もう一回やったら期日までには終わるわ……計算上は」

「そうか。なら何よりだ」


そう言ってお茶の入ったマグカップを差し出してくる。


「気が利いてるじゃない」


受け取ってそのまま飲む。色が薄いくせに渋みとほんのりした甘味のするお茶だ。お腹の中が温まると身体の疲れがゆっくりと溶けていくのを感じる。


「期間的にも半分だから、今頃先生も不死鳥の羽を手に入れてる頃なのかな?」

「だろうな」


カラッシニ先生に話によると不死鳥がいるのはこの国の遥か南にある大渓谷。深山幽谷の地にて“天鳳族”という不死鳥を奉ずる民の試練を受け認められた者だけがその羽を与えられるという。ちなみに先生は昔試練をクリアしているので、族長との話し合いと不死鳥の巣であるメチャクチャ高い山のてっぺんにいくだけで羽がもらえるということだ。


「帰ってくるまで2週間。不死鳥の羽が届くのと同時に薬の精製に移りたいものだ」

「そうよね~、まぁ、あと2週間あるからギリギリ準備は終わりそう。でも……さ?」

「何だ?」

「神薬なんて何に使うのかしら?」


聞いた話だとエリクサーの効果はヤバい。切断された手足も再生するし、ほぼ全ての病気は治る。老衰以外の肉体異常は何でも治るというシロモノらしい。


「王様の命令って言ってたから、王族の誰かが病気なのかしら?」

「ふむ、そうだな。先生もその辺りははぐらかして教えてくれなかったのだが、使い道などいくらでもあるからな」

「いくらでも?」

「例えば国同士の取引だ」

「ああ」


ヤバいアイテムみたいだから、そう考えると色々使い道がありそうだ。でもせっかくの最強回復アイテムなんだから平和なことに使って欲しい。もっとも私は裏ダンジョン攻略が終わっても結局使わずに終わるクチなんだけどね。


「俺達は言われたものを作るだけだ。先生もそういう立ち位置で仕事をしているしな。」

「むぅ……まぁ、そうね」

「先生も今頃は政治の話なんか気にせずに、帰ってお前に耳掘りしてもらうことでも考えながら羽をもらいに行ってるだろう」

「ありえるわね~」


1カ月ぶりの耳かきとなるだろうから、さぞかし垢が溜まっていることだろう。

そう思いふと隣にいる男の耳を見る……あっ、何か久しぶりにスイッチが「カチッ」て入った。

うむ、最近忙しくて忘れてたがやっぱりコイツの耳、気になるな。


「何だ?」

「あ、いや……あんたさ」

「ああ?」

「耳」

「みみ?」

「そう、耳がさ、汚れてるわよ」

「ああ、そういえば以前、耳掘りを頼んだ時も中途半端で終わっていたな」


そう言うとタッキーラは自分のお茶が入ったカップの中身を飲み干すと長椅子に移動する。


「丁度手も空いたところだ。この前の続きを頼む」

「お、おう……」


コイツ、本当に照れるとか、そういうのないんだろうか?

何か逆に私の方が恥ずかしい。

そうして私が隣に座ると当たり前みたいに膝の上に頭を乗せて来た。


「どうした?」

「え? あ……いや」

「ん? やらないのか?」

「や、やるわよ」

「そうか、頼む」

「…………」


私の膝、いつからお前のものになったんだ?……のひと言が言えず、私はそのまま耳かきを構えた。

しかしコイツ本当に美形だな。

膝の上で無防備に横顔を晒すタッキーラを見て改めて感心する。通った鼻筋に、切れ長の目。シャープな顎のラインは如何にも女性にもてそうな顔立ちで。お肌なんて明らかに私よりもスベスベだ。

くそ、何かムカつくな……よし、耳を引っ張ってやる。

うりゃ


「……ぅ」


耳を引っ張るとタッキーラの肩がピクリと動いた。


「……ん、ああ」


今度は耳をクリクリと揉んでいく。


「どう?」

「少し痛いが……悪くない」

「そう」


人差し指と親指で耳の外側を柔らかく挟みながら少しずつ力を入れて動かしていく。


むみぃ、もみぃ、むみぃ


耳たぶの下端からゆっくりと登るようにして、もみもみ、むにむに。じっくりと圧を加えながら耳を揉み解す。

それがよほど心地よかったのか、脱力したタッキーラの頭は私のお膝で重みが増していった。

ヌフフフ、悪くない感触だ。それでは次は耳かきを使って


――――くぃっ


優しくなんてしてやんねーからな。

今日の私は最初からクライマックス。耳かきの先端をもっとも垢が溜まっているポイントに差し込み、くいっと引っ掛ける。

ほらっ、ここが弱点なんだろ。解ってんだからな。


「…………っ!」


弱点を突かれてタッキーラの身体がビクンと震える。


「ここ、気持ちいいでしょ」

「あ、ああ……そうだな」


応える顔は上気している。

ぐひひひ、効いてるな。いつもすましたイケメン様のお顔が大変なことになってるぜ。

そんな彼のご尊顔にすっかり満足した私は更なる一手を繰り出した。


……………………スゥ


まずは静かに侵入させ。


――――――――コツッ


硬いものに当たる感触。

耳珠の裏側。

浅いが角度の関係で自分では触れず、にも関わらずもっとも耳垢の溜まる部分に匙の先をコツンと引っかけて


バリリッ!!!


一気に引き剝がす。


「ああっ…………ぅ」


思わず出てしまう甘い声。それに気づき必死でかみ殺す。だがお顔はすでに蕩けてしまっている。

どうよ!

いつも偉そうで、顔だけが取り柄のイケメン様が私のお膝の上でこの体たらく。

やばい、何、この、シチュエーション??

楽しすぎる!

脳みそからヤバい分泌液がドバドバ出てる感覚がする!!


「…………ぁ」

「どうしたのかな~? 何が「……ぁ」なのかな~? ほれ」

「…………っ」


私がちょいと力を入れて耳の穴の中を擽るとタッキーラの口から甘い声が漏れる。

完全にスイッチが入り、ブレーキが壊れる私!!


「ぐへへへ、なら今度は――」

「えっと……サユリちゃん、そういうのは、おうちでやってって前に言ったよね?」


そんな私に冷や水をぶっかけるような声が聞こえた。カラッシニ先生だ」


「え? ええっ!? カラッシニ先生!?」


何で?

あと2週間くらいは帰ってこないはずなのに。

混乱する私。

呆れかえる先生。

放心したままのカラッシニ。

そしてさらにもう一人――


「サユリさん、それ! 今度私にもやってください。お膝に頭乗せるヤツ!!」

「ソニア様??」


先生の後ろにいた彼女の乱入で場はさらに混迷を極める。


「その人だけ、ズルいです。私も膝枕で耳のお掃除してください」

「あ、いや……その」

「ソニアちゃん、ここワシの職場だから。そういうのは――」

「いや、職場以外でもちょっと……」

「何でですか?」

「あ、いや、その……」

「タッキーラもそろそろ起きようか」

「あ、はい? えっと……??」

「ああ、もう――――」

「――――!」

「――!」

「――」







私こと、上倉敷かみくらしき小百合さゆり(26才)日本人は絶賛異世界転移中だ。

今日も今日はでポーションの材料をすり潰している。

異世界転移……だがチートはない。

きっとこれからも無双チートすることはないだろう。

最強おじいちゃんに、聖女様に、不愛想なイケメン。この後にナイスシルバーな国王様とか、ダンディな騎士団長とか、大魔女のお姉さまとか、色んな人たちに耳かきしていくことになるんだけど、それはまた別の話。

私の異世界生活はまだまだ続く。



ガリガリ、ゴリゴリ、ガリゴリガリゴリ……



<了>

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チート能力なしの私は特技の耳かきで異世界を生きていく バスチアン @Bastian

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