トットの七つ星
香久山 ゆみ
トットの七つ星
はるるちゃんは小さな女の子。
ある日、野原をお散歩していると、くすんくすんと泣き声が聞こえます。泣き声をたどってアブラナの葉っぱをめくると、小さなてんとう虫の男の子が泣いています。
「どうしたの?」
「ぼく、だいじな星をなくしちゃったんだ」
てんとう虫のトットはそういってぐすぐす泣いています。
「星?」
はるるちゃんが首をひねると、トットは泣きべそかいたまま、遠くを指さしました。数匹のてんとう虫たちがいます。そこにいるてんとう虫たちは、トットとどこかちがいます。
「あ。みんなの背中には星のしるしがあるね」
トットがうなずきます。
「そうなんだ。てんとう虫はみんな背中に七つの星があるんだけれど、ぼくだけないんだ」
たしかに、ほかのてんとう虫たちとちがい、トットの背中は星印がひとつもなくてつるんとしています。色だってみんなのように赤色ではなく、なんだか黄色っぽい。
「七星がないから、ぼくは空を飛べないんだ」
そういってトットは泣きます。はるるちゃんは、トットを助けたいと思いました。
「じゃあ、わたしも一緒にトットの七つ星を探してあげるよ!」
「ほんとう?!」
こうしてふたりは一緒に七つ星を探しに出かけることにしました。
「ねえ、どこいらへんで星を落としたの?」
「うーん……」
はるるちゃんが質問しても、トットはうつむくばかり。
広い野原には大きな木もなくてよく見渡すことができますが、見回してみても星は落ちていなさそうです。きっと森の中にあるのでしょう。森にはいろんなものがありますから。ふたりは手をつないで森の中に入っていきました。
「あ!」
森の入口で、トットが声を上げました。
トットが見つめる先を、はるるちゃんも見つめます。じーっと見つめた先に、ふたりは星を見つけ、かけよりました。近づくと、それはパンジーの花びらでした。
はるるちゃんはパンジーの花びらをそおっと一枚めくって、トットに聞きました。
「ねえ、トットの星ってこれのこと?」
けれど、トットは「うーん……」とうなり、首をひねったまま、うつむいてしまいました。どうやらちがうみたいです。ざんねん。
顔を上げたはるるちゃんは、また星を見つけました。
「ね、トット。これじゃない?」
はるるちゃんはうんと手をのばして、カエデの木の葉っぱを一枚ちぎりました。けれど、トットは「うーん……」、またまた浮かない表情。これもちがうみたい。
しかたないなあ、はるるちゃんはパンジーの花びらとカエデの葉っぱを鞄にしまいました。
「あ!」
そこで、はるるちゃんは思い出しました。おうちで黒い星のようなものを見たことがあるって。ふたりは手をつないではるるちゃんの家まで走りました。
はるるちゃんは冷蔵庫を開けました。それは今朝のおみそしるにも入っていました。
「ね、これは?」
はるるちゃんはトットに星を見せました。
「うーん……。はるるちゃん、それはひらたけだよ」
ひらたけはきのこです。これもちがったみたい。あとでおみそしるにしてトットにもごちそうしてあげましょう。鞄にしまいます。
ふたりはまた森の中を進みます。
「あ!」
はるるちゃんが黒くてひらひらしたものを見つけました。
「これじゃない?」
「えー、なんだかきもちわるいよ」
「そんなことない。へいきよ」
そういってはるるちゃんが拾ったものは、小さなへびのぬけがらでした。はるるちゃんがへびのぬけがらをびろーんと広げて見せると、トットはきゃーっと大声を出しながら向こうの岩のほうまで逃げていってしまいました。
「それ、早くしまってよう」
岩のうしろからひょっこり顔をのぞかせたトットは、首をぶんぶん横にふります。ぜんぜんトットがもどってこなくてしかたないので、はるるちゃんはぬけがらを鞄にしまいました。
「あ!」
こんどはふたり同時に声を上げました。とぼとぼ石ころをけとばしながら歩いていたふたりは、地面に星が落ちているのを見つけました。これは、星形で黒くてぺらぺらで、てんとう虫の星にちょうどよさそうです。
けれど、地面にはりついた星はなかなかはがすことができません。ふたりで地面をほってみたり木の枝で引っかいたり、ようやく星をひっぺがした時、ふたりは気づきました。これは、「かげ」です。こかげを見上げると、かさなった葉っぱがちょうど星形になって、地面にかげを落としていたようです。はがしたかげを鞄にしまい、また森を進みます。
すると、森の奥から声が聞こえます。
「おーい、おーい。てんとう虫の子やい。おまえの星はこっちにあるぞぉ」
ふたりは大いそぎで声の方へ走ります。
声の主は大きなカマキリ。古い切り株の上に立ち、星をひらひらさせています。
「カマキリさん、その星をかえして」
トットがお願いすると、カマキリはにやりと笑います。
「かえしてほしけりゃ、とりにきな」
黒い星をひーらひーら揺らします。けれど、はるるちゃんもトットも動くことができません。だって、カマキリの手は大きなカマになっていて、なんでも切ってしまうのです。こわくて近づくことなんてできません。
「ねえ、トット」
小さな声ではるるちゃんはささやきます。
「もう星はあきらめよう。だってとってもあぶないもの。わたし、星がなくたって、トットのこと好きよ」
つないだ手から、トットがふるえているのが伝わってきます。だけど、トットはにぎった手にぎゅうっと力をこめていいました。
「でも、ぼくは好きじゃない。あきらめてしまう自分のこと、ぼくは好きじゃないんだ」
そういって、トットは飛び出しました。
立ち向かってきたトットにいっしゅんひるんだものの、カマキリはすぐに体勢を立て直して手を高くのばします。切り株の上に立つカマキリはとても背が高くて、トットには届きません。それでもトットはひっしにぴょんぴょんジャンプします。でも届かない。だってまだ飛べないんですもの。けれどトットはあきらめません。何度も何度もジャンプします。真っ赤になってがんばります。少しずつ、高くとべるようになっています。
「トット、がんばれー!」
はるるちゃんもほっぺを真っ赤にして応援します。
そうしてついに!
トットが、今まででいちばんの大ジャンプをしました。トットののばした手が星のはしっこに当たって、星はカマキリの手からひらひらと落ちてきました。
「やったー!」
トットは大よろこびで星を手にとりました。はるるちゃんもパチパチと手をたたいてよろこびます。
「よくやったなあ」
なぜだかカマキリもよろこんでいます。
「おれ、いつもみんなに恐がられてひとりぼっちだからさ。今日はいっしょに遊べて楽しかったぜ」
そういって、カマキリは森の奥へ帰っていきました。もう夕方です。
トットとはるるちゃんは、手にした星を見つめました。けれど、あれ? これは……、画用紙を切ってつくった星ですね。まったく困ったカマキリです。
けっきょく、探していた星は見つかりませんでした。一番星がかがやく道を、ふたりは手をつないで帰ります。
森をぬけると、てんとう虫たちがかけよってきました。トットの家族と友だちです。ずいぶん心配をかけたようです。森には危険もいっぱいですから。
「七つ星を探しにいったんだけれど、見つからなかったの」
もじもじするトットのかわりに、はるるちゃんが報告すると、てんとう虫のパパがワッハッハと笑います。
「そりゃあ見つからないさ。トットにはもともと星がないのだから」
ええ~~~っ?! はるるちゃんがふりむくと、トットは先程よりもさらに赤くなってうつむいています。
「じゃあ、どうすればいいの?」
「今日とってきたものを出してごらん」
はるるちゃんが鞄から出したものを、てんとう虫のおじいさんとおばあさんとパパとママとおにいさんと友だちとがそれぞれ受けとります。それから「こうするのさ」といって、みんなはトットのまわりに集まりました。
おじいさんてんとう虫が、パンジーの花びらをトットの背中にペタンとはります。
おばあさんてんとう虫が、カエデの葉っぱをトットの背中にペタンとはります。
パパてんとう虫が、ひらたけをトットの背中にペタンとはります。
ママてんとう虫が、へびのぬけがらをトットの背中にペタンとはります。
おにいさんてんとう虫が、木の葉のかげをトットの背中にペタンとはります。
てんとう虫の友だちが、画用紙の星をトットの背中にペタンとはります。
はるるちゃんははなれてそれを見守ります。ついにトットの背中に星が生まれます。
「あれ、でも六つしかない。一つ足りないわ」
はるるちゃんが気づいた時、おばあさんてんとう虫が「おいで」とはるるちゃんを呼びました。そうしてはるるちゃんの手に墨をぬって、トットの背中にペタンと手形を押しました。
これで七つ星の完成です。
はるるちゃんが手をはなすと、トットの背中の七つ星がぽおっとかがやき、夜空の北斗七星からぴかーっと光が降りそそぎました。
「これでトットもお星さまから空を飛ぶ力をさずかったよ」
トットが七つ星のある赤い羽を動かすと、ふわりとその体が宙に浮きました。
「やったあー!!」
トットは大よろこび。てんとう虫たちも。もちろんはるるちゃんも!
こんどは空を冒険しようねと、ふたりは約束しましたとさ。
〈おしまい〉
トットの七つ星 香久山 ゆみ @kaguyamayumi
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