イエーイ!

香久山 ゆみ

イエーイ!

 キャアキャア階下の黄色い声に目を覚ます。ぼんやり布団に包まっていたが、思い切ってのそり立ち上がる。喉が渇いた。足元の空瓶を蹴飛ばしてふらふら部屋を出る。差し込む白い光に目を細める。もう昼だ。頭が痛い。

「見て! こないだ写真館で撮ったのよ!」

「あら、いいわね」

「写真館なんていつ振りかしら」

「七五三以来じゃないの」

「あはは、やだー」

「私なんて張り切って着物まで引張りだして撮ってもらったんだからあ」

「ええー。あら、ほんと! 素敵じゃないの」

 年若の私と対照的な、溌溂とした彼女らに見つからぬよう居間を素通りしてそっと台所に入ると、先客がいた。

「おう、おはようさん」

 ずずっと山菜蕎麦を啜る箸を止めて、顔を上げる。いやむしろ山菜定食か。卓には天麩羅やら御浸しやら所狭しと並べられている。

「おじいちゃん、自分で作ったの?」

「ああ。優果ちゃんも食べるかい」

 調理台に立つ祖父と入れ替りに座り、冷えたお茶を飲む。キャアー! 隣の部屋からは祖母と近所の友人達の茶会の声が姦しい。祖父母宅に寄留して三ヶ月になるが、この騒がしさにはどうも慣れない。田舎ならではの遠慮なさというか。折角都会と違い人家も疎らなのに。立派な鴨居や太い梁のあるこの家は結構気に入っているだけに、残念なことだ。

「あら、優果ちゃん」

 ず。と蕎麦を食べきったところで、祖母に見つかった。いま苗代さんと今井さんが来ててねえー。喋りながらぱっぱっと戸棚や冷蔵庫を開けて、盆の上にお菓子を載せていく。

「よしと。優果ちゃん運ぶの手伝ってくれる」

 と言いながら祖母は飲み物の載った盆を持ってさっさと台所を出る。小さく溜息を吐いて、菓子盆を手に取りあとに続く。祖父はちらりと一瞥しただけで何も言わなかった。

 居間に入ると座卓一杯に写真が広げられている。祖母が卓脇に盆を置いたのに倣い、三人に適当に配った後の盆をその横に置く。

「ねえ優果ちゃん、どうかしら?」

 引上げようとしたところを捕まる。

「今度一緒に撮りに行きましょうよ」

「あら、優果ちゃんはまだ早いわよ」

「そんなことないわよ。証明写真にするのだって、写真館で撮ったら全然違うんだから」

 溜息を堪え眉間に皺が寄る。この人達は一体どこまで聞いて知っているのだろうか。

 苦労して入社した職場を二年で辞めた。その後、非正規で転々とするもどこも上手くいかず、東京から帰ってきたのだ。すでに兄夫婦と同居している実家に私の居場所はなく、それで祖父母の家で世話になっている。何もかも上手くいかない。ソウネ、ツリガキニシテモイイワネ。勝手に盛り上がっている。吐きそうだ。東京での私の恋人には妻子がいた。

「けど、やっぱり写真館の白い背景よりも、こっちの方がいいわよねえ」

 私の話題から、早々に自分達の話に戻ったようでほっと息をつく。見ると、大判に引伸ばされた写真には秋桜の花畑の中で微笑む苗代さん。思わずお茶を吹き出しそうになるのを我慢したら、鼻から少し出た。「やだなんか、あの世で撮ったみたいよ」と今井さん。ブフッ、完全に鼻から茶を吹いてしまう。

「でも確かに、綺麗な景色の方がいいかもね」

「うんうん。あちこち旅行したんだって、幸せオーラが加味されそうよね」

「ていうか、折角撮った写真、皆に見てもらいたいわよねー」

 話の尽きない婦人方に巻き込まれて、部屋からノートパソコンを持ってきて、風光明媚な旅先を検索させられたり、ずいぶん前に更新するのをやめたままになっているSNSのサイトを披露する羽目になったりした。

「へーえ! 優果ちゃんこのパソコン……サイト?自分で作ったの! すごいわねえ」

「写真も自分で撮ってるの? 上手いわね。今度教えてちょうだいよ。うち、旦那が写真好きなんだけど下手くそでね」

「写真館も三代目になって大概よ」

 ようやく解放された時にはすでに日も傾き、部屋に戻りぼふんと布団に身を投げる。疲れた。彼女達のマイブームのようで、最近毎週集まっては盛り上がっている。あれで自身の遺影の話なのだから恐れ入る。

 遺影か……。ここ数年写真なんて撮ってないから、私が死んだら数年前の自己顕示欲の塊みたいなSNSの写真か、高校の卒業アルバムの写真とかになるのだろうか。やだな。ちゃんとした写真を撮ってからでも遅くないかもしれない。手を伸ばして梁に掛けた紐を引下ろす。真っ暗な部屋でスマホの小さな画面を検索する。ソロウエディング写真とか面白いかもしれない、白装束だし。じきに瞼が重くなる。今夜は薬がなくてもよく眠れそうだ。

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