第24話 世界の敵

 章吾は今だに地面に埋まった貴資をドスドスと殴り続けていた。


「ギギッ!!」(このっ)


 貴資は巨大な骸骨が拳を振り上げたタイミングでブースターを吹かし、地面から脱出することに成功した。

 そのまま章吾の頭部まで飛び上がるとこめかみの辺りを蹴りつけた。


 コンッという音と共に僅かに巨体が傾いた。

 しかし章吾は蹴られたそのままの勢いで上半身を回転させると裏拳を放った。


 回避が間に合わないと判断した貴資は両腕をクロスさせて防御する。

 しかし、裏拳を受け止めた瞬間、ベキッという音と共にクロスの上側にあった左腕がへし折れる。


「ウギャアアアアア」


 たまらず悲鳴を上げる貴資。

 その隙に章吾は巨大な手で貴資をつかんで捕獲した。


 次に人形遊びをするように、胸部装甲に指を食い込ませると暗黒勇者砲の砲門ごとそれを力任せに引きちぎった。


「ギッギギギギッ!!ギギギギッギ!!」(うっうわあああああああ)


 貴資は生まれて初めての死の恐怖に慄いていた。

 生前に章吾と喧嘩した時もこの様に追い込まれたことは無かった。事故で一度死んだ時は一瞬の出来事で恐怖を感じる暇も無かった。


 ドクンッ!!


 その恐怖が、暗黒勇者のボディに仕込まれていた真の力を引き出す事になった。


「ギッギハーーーッハッハッ」(こ、この力は!?)


 貴資は驚愕して自分の肉体を見た。黒いオーラの様な物が煙のように立ち登っている。


 貴資ではアダマンティンの力を引き出すことができない。それは章吾のみが使える特殊能力のようなものだ。ゆえにこれは〝世界の敵〟に仕込まれた異界の力と言うべき物だった。


 性質としてはアルゴ・ボディに近い。その力のおかげで、白金の力程ではないが、損傷したボディが再生していく。


「ギーーーーッギッギッ!!ギヘーーーーッヘッヘッ!!」(これで、兄さんと戦える、勝てる)


 貴資はギッギッと巨大な骸骨の指を押しのけるとその束縛から脱出した。

 そのまま章吾の周りを飛び回ると素早い連打で攻撃を開始する。


 だが、先ほどまで貴資の方が圧倒的に有利だった戦闘技術は二人の間でそれほど差がなくなっていた。完全に相手を倒すことのみに頭を支配された章吾は、貴資が身につけた程度の攻撃は本能で捌いて行く。


 戦闘は膠着状態に陥っていた。

 このままではこいつを殺しきれない。


 熱に浮かされたような頭で章吾は考えていた。どこかで一気に魔力を爆発させるような起爆剤がいる。


「魔女の孵卵を客席で見る。しかし卵のような私。木の根が狂人だと信じてやまない。ホビロン」


 その声で足元を見る。

 そこにちょうどタイミングよく、賢者モンスター〝右手薬指〟が立っていた。


「あ、ちょっと待ちなさい!!」


 斬里華の声が聞こえる。どうやら斬里華がこちらに気を取られた隙に彼女の防衛線を突破してきたのだろう。


 貴資の援護にきたつもりなのか?

 まあ、いい。コイツは使える。章吾は賢者モンスターをひょいと持ち上げた。


「ここに運命は繋がったのだ」


 彼はなぜか抵抗しなかった。章吾はそのまま賢者モンスター〝右手薬指〟を高く掲げると、バリボリと頭から丸かじりにした。


「ギギーーーーッギッギ」(兄さん!?何を!!)


 こいつは、外世界の魔力の塊みたいなものだ。それを取り込めば、一時的にアダマンティンの起爆剤のような、ガソリンエンジンに対するニトロのような使い方ができると章吾は横浜の事件以来考えていたのだった。


 その予想は当たった。


 十秒かからずに喰い尽くすと、体内の魔力の圧力が一気に上がる。


 骨格のすべての関節から勇者砲のビームのような噴射炎を放出すると巨体に似合わぬスピードで一気に暗黒勇者との距離を詰める。


 あまりの速さに貴資は反応が遅れ、何も出来なかった。

 そして章吾は、抜き手を暗黒勇者の胴体に叩き込んだ。


「グゲェエェェェェェッェエエェッ」


 貴資が堪らず悲鳴を上げた。

 そして章吾は手首の関節から一気にその魔力を放出させた。


「ハーーーーハッハッハッ!!ケーーーーーケッケッケ!!」


「ギャアアアアアアア!!」


 二人の哄笑と悲鳴は、音声変換などではなく、二人本来の声だった。


 ベキッ!!という音がして貴資の胴体は半分に折れて吹き飛んだ、そして肩口から頭部のみが残り、地面に落ちた。


 章吾の巨体もボロボロと崩れていき、最後は元のサイズに戻っていた。そして意識もはっきりしてきて正気を取り戻した。


 章吾は打ち捨てられた貴資にゆっくりと近づいた。そして完全にとどめを刺すために拳を振り上げる。


 すると突然、貴資の中心に円形に地面に黒い影が広がる。それと同時に辺りに声が響き渡った。


「彼にはだいぶ投資をしているんでね。むざむざ殺させるわけには行かない。連れ帰させてもらうよ」


 なかなか渋みのある声だ。しかし、声質は幼くも聞こえ、年配にも聞こえる。そのため年代がはっきりしない。


 声と同時にその影は貴資の頭部を地面の下、影の暗黒の中に引き込み始める。


「クキャアァアアッ」(待てっ!!)


 章吾はあわてて貴資の居た地面を殴りつけるが、既に貴資はかき消えるように居なくなった後だった。章吾の拳は何も無い地面にめり込んだだけだ。


「ハヒーーーーッヒッヒッヒ」(何者だ?)


「〝世界の悪〟の団長と呼ばれている。まあ、そこまで権限が有る訳でもないけどね。代表みたいなものさ」


 章吾は辺りを見回すが、声が響くのみで、それらしい人影は居ない。


「クヒーーーーーッヒッヒッヒッ」(反勇者団体と言っていたな?勇者に恨みでもあるのか?)


「別に。恨みや復讐ではないね」


「クケーーーーッケッケッケッケッ」(何?ならばなぜ勇者を狙う?)


「我々は〝悪〟で在りさえすれば、何でもいいのさ。〝悪〟という手段の為には目的は問わない。勇者を狙うのは単純にスポンサーの意向さ」


「ムキッ?ムキーーーーーッキッキッキッ」(スポンサー?黒幕がいるのか?何者だ?)


「さあ。さすがにそこまではネタばらしは出来ないよ。ま、いずれ顔を見せる時も来るだろう。そのときはきちんと挨拶をさせてもらうよ」


 それを最後に声すらも聞こえなくなった。


 くそっここまで追い詰めて倒しきれなかったか。

 章吾はがっくりと肩を落とした。だが、あそこまで破壊すれば貴資もしばらく身動き取れまい。

 たとえ門の一族が持っていたような施設でもあそこまでの損傷を回復させるにはかなり時間がかかるはずだ。


 だから少しは落ち着けそうか。

 形はどうあれ勝利には違いない。


「すごいじゃない。あいつを倒すなんて」


「ああ、まあな」


 斬里華が近寄ってきた。イチゴマークのロボット達を全滅させてきたらしい。破片が散乱している。


「最後に逃がしちゃったのは痛かったけど、ま、リベンジは果たしたわね」


「うん」


 遠くでパトカーのサイレンの音が聞こえる。派手に戦闘をしたから誰かが目撃して通報したのかもしれない。それとも来る途中で助けた婦警のせいだろうか。


「警察に見つかるのも面倒だし、とりあえず今日の所は解散しましょ」


「ああ、じゃあまたな」


 章吾は斬里華に回復魔法を掛けてもらうと、二人は別々の方向に現場から離れていった。


 次の日。

 仕事に向かうため、玄関を出た章吾は、待ち構える様に立っていた斬里華に出会った。


「学校とは全然方向が違うと思うけど……」


「話があったからこっちに寄ったのよ。それくらい察しなさいよ」


「悪い……それと昨日はありがとう。貴資以外の奴らを抑えておいてくれて」


「最後は、あの賢者モンスターとか言うのに抜かれちゃったけどね」


「だからごめんね」


 斬里華は舌をぺろりと出して謝る。今までのクールなイメージと違い、かわいらしい動作だ。章吾は少しどきどきした。


「結果的にあいつを使って倒せたわけだし、問題ないよ。それよりこっちの都合で協力させちゃったわけだし、何かお礼をさせてくれ」


「え?そうなの?私の方の話っていうのもお願いがあって来たわけで、そのお願いを聞いてもらうっていうのでもいい?」


「ああ、俺が出来る範囲なら何でも言ってくれ」


「じゃあ、その……私、勇者の友達がいなくて、勇者SNSでもそれをすれば友達って感じになっているからその……友達になる意味で……」


「マイ勇フレンド登録して」


 斬里華は真っ赤になって俯いている。

 その様子をほほえましく思った章吾は、薄く微笑を返して返答をした。


「……いいよ。よろこんで」


                             『勇者地獄』 終



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

勇者地獄 田中よしたろう @Tanaka_Yosikage

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ