第23話 ガシャドクロ
それは巨大な、一〇メートルを超える骸骨だった。
今までの黄金勇者のような頭部のみ髑髏で肉体は鎧のような戦闘アンドロイドの姿では無くなっていた。
肉の削ぎ落ちた、やせ衰えた骨格のみの姿。頭頂部には髪の毛のように黄金の炎が立ち上っていた。胸の真ん中には金属製の心臓が脈打ち、血管が全身にまとわりついている。
さらに純白の光が柱の様に立ち登っている。それは黄金というよりも白金と言うべき色になっていた。
妖怪に詳しい人間が見たならば歌川国芳の浮世絵『相馬の古内裏』にイメージされるガシャドクロを思い浮かべるだろう。
ドンッ。
巨体がクレーターから外に踏み出す。
「ギーーーーッギッギーーー」(くそっ、暗黒勇者砲ッ!)
貴資の放った二対四本のビームが巨大な骸骨に当たる。
しかしホースで撒いた水のように四散してしまう。
ピシュンッ、ピシュンッ。
飛び散ったビームの粒子が貨物置き場のコンテナやトラックを融解させピンホールを開ける。
「ギェエェェェェエェッェェェェエッ」
巨大骸骨は辺りを震わす声で叫ぶと、暗黒勇者をサッカーボールのようにトーキックで蹴り飛ばした。
「グギャァァァァアァ」
貴資が堪らず悲鳴を上げて聖剣を手放した。
つま先だけで暗黒勇者の胴体程もある巨体の蹴りだ、大きく飛ばされて駐車されていた大型トラックに突っ込む。
ドヴォォーーーーーン。
大型トラックが爆散する。
巨大骸骨はドスドスと早足でそこに近づくと爆炎の中から貴資を掴み上げた。
そのままビタンと地面へと叩きつける。
さらに大上段に振りかぶると打ち下ろすように殴りつけた。
その衝撃で暗黒勇者の全身にビシリとヒビが入った。
「な、何なの?」
斬里華やイチゴマークたち、賢者モンスターたちはそのまばゆい光に目を奪われ、一時的に動きを止めた。
その光景を近隣に立つ工場の屋上から見下ろす存在が居た。
魔王フォルネーゼだ。
「あやつは最強で唯一の存在なのだ。紛い物が敵う訳が無かろう」
フォルネーゼは艶然とした表情で微笑んだ。
彼女は、章吾にアパートで待機しているようにいわれたが、勝負の行方が気になってこっそりと後をつけて来ていたのだった。
「こんな絶好の娯楽、見世物を見逃す事なぞできんわ」
章吾が死ねば自分も命は無いが、長く生きた彼女はここで終わることになっても、それほど気にならなかった。
「自分の命をチップに出すからこそ賭けは面白い」
フォルネーゼは自分が敗北した時を思い出す。
「グガアアアアアアアアアアア」
章吾が白金の光を身に纏い咆哮を上げる。
「ばかな!!手ごたえはあったはず」
異世界の魔神の力、アルゴ・ボディの召喚、それを行えば章吾に勝てるはずだった。魔王の力では勇者に勝てなくとも、他世界の神の力なら有効でなければならないはず。元女神だった自分の切り札。
既にフォルネーゼは、魔力で造った肉体は無く、本体である銀髪の美女の裸身をさらしている。
彼女の前面には半透明のアルゴ・ボディの上半身がある。いくら彼女でも完全な召喚は行えなかった。強力な魔力の糸が物質化して見え、十指からアルゴ・ボディの各部に繋がっている。後ろから巨大な操り人形を動かしている感じだ。
ダンッ!!一瞬でジャンプした章吾がアルゴ・ボディに襲い掛かる。
「ひぃぃぃ」
次々と繰り出される攻撃はアルゴ・ボディを徐々に粉砕していき、フォルネーゼに悲鳴を上げさせる。
こと、ここにいたるまでフォルネーゼは魔王として誇りを持って戦い、悲鳴を上げることなど無かった。だがあの時は初めて恐怖に支配されていた。
事実、アルゴ・ボディは章吾に致命的なダメージを与え、肉体を粉々に砕くに到ったが、白金の力を発現した章吾は肉体を再生し、反撃を開始した。
その攻撃でアルゴ・ボディは完膚なきまでに解体されてしまったのだ。フォルネーゼに出来るのは何とか残された魔力で魔獣のボディを再構成してその中に逃げ込む事だけだった。
それが、十年前の敗北の記憶だ。
今なら分かる、あれが本当のアダマンティンの力。章吾のむき出しの生存本能に触発され、精神と深い結びつきのある魔法金属の真の力が引き出されたのだろう。あれができるのは章吾ぐらいしかおるまい。
あの弟が、すべての面で兄に勝っているからといってそんな事は関係ない。人間のままであの二人が殺し合いをしていたとしても生き残っていたのは章吾の方だろう。生存に関する執念が違う。伊達に異世界に召喚されて生き残ってはいない。
章吾がただの英雄的な勇者なら、フォルネーゼとの和解などは絶対に有り得なかった。
その奥底に傷ついた、見苦しく生にしがみつく心を持った阿久和章吾という精神があったからこそ、悠久の時を共に歩もうと決意したのだった。
なぜならそれは、女神から魔王に堕ちたときのフォルネーゼの心根と同じだったから。
似ていながら少し違う、お互いの傷を理解できるから共に相手を必要としていた。
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