仇名の由来(台本)

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仇名の由来(声劇用台本)

 庵田あんだめいくは高校時代の友人が開いた婚約披露パーティーに、半月前から付き合い始めた葛飾かつしか四郎を伴って出席した。二次会まで参加したのち、めいくは四郎に送られてひとり暮らしの自室への帰路についている。

 時刻は日付が変わる少し前で部屋まではあと十分ほど。四郎の足であれば、そのあとすぐに駅に戻れば終電に間に合うという微妙な時間である。

 バイト先での先輩後輩が長かったせいでいまひとつぎこちないままのふたりは、少しお酒の入った静かな夜道でも自然に手を繋ぐことすらできていない。沈黙に耐え切れなくなった四郎は、少しだけ気に掛かっていたことを思い出して言葉にしてみる。



(四郎)

「ねえ。前から聞いてみたいって思ってたことがひとつあるんだけど」


(めいく)

「ん?」


(四郎)

「いや、そうたいしたことじゃないんだ。ちょっと気になっただけで、別に答えにくければスルーしてくれたって構わない」



―――めいく、思わず「なんですか」などと敬語を使いそうになるが、取り繕うように言い直す。



(めいく)

「なぁに? なんだって答えますよ」



―――軽く咳払いをしてから、四郎は口を開く。



(四郎)

「今日みたいにさ、たまに会わせてもらえるめいくの高校時代のお友だち……」


(めいく)

「しのぶとかエリカとか?」


(四郎)

「そう。さっきもだけど、しのぶさんとかってさ、めいくのこと『トコ』って呼ぶじゃん。あれ、なんなのかな? めいくも全然普通に受け答えとかしてるし」


(めいく)

「……ああ、アレね」



―――四郎は続ける。



(四郎)

「めいく、名字も庵田だし、どこにも『トコ』なんて要素ないだろ。だからどんな由来があるのかなってさ。や、ただの興味本位だけだから、どうでもいいっちゃその通りなんだけど」



―――下を向いて黙りこくってしまっためいくの様子に、四郎は慌てて言葉を繋ぐ。



(四郎)

「ほら、俺、晴れてめいくの彼氏になれたワケだろ。今日もそう紹介してもらえたし。だからさ、なんていうかこう、もっともっと知りたいなって思うワケ。めいくのことをさ。知り合って三年近くだけど、まともに話しだしたのはここ一年くらいだし。それも基本店の中でのやりとりだけだったからさ、俺……」



―――後半はひとりごとのようになっていた四郎に、めいくが助け舟を。



(めいく)

「笑わない?」


(四郎)

「笑わない、笑わない! 生まれてこのかた笑ったことない」


(めいく)

「うそ」


(四郎)

「生まれてこのかたは嘘だけど、今からの話は笑わない」


(めいく)

「ぜったい?」


(四郎)

「誓う。さっき通り道に建ってた道祖神に。なんかビリケンさんみたいなの」


(めいく)

「なにそれ。知らないし」


(四郎)

「とにかく笑わないから」


(めいく)

「ホントに?」


(四郎)

「ホント」


(めいく)

「じゃあ、特別に教えたげる」



―――溜息をひとつついて、めいくは話をはじめる。



(めいく)

「この仇名が付いたのは高校一年生の四月のおわり。付けてくれたのは、さっきも名前が出てたしのぶとエリカのふたり」



 星空を仰ぎながらめいくが語る昔話。



(めいく)

「連休前に宿題が出たの。班行動で調べ物をして休み明けに発表するっていうやつ。あみだで同じ班になったのがしのぶとエリカ。ふたりとは、それまでほとんど話したことが無かったの。私は本ばかり読んでる陰キャだったし、しのぶは普通じゃないくらい勉強ができて弁も立つクラス委員。一方のエリカはめちゃめちゃ陽キャでスクールカーストの最上位。もうぜんぜんクラスターが違ってたから。だから授業の間ふたりに挟まれた私は、本当にひとっことも喋らなかった。周りから何言われるかわからないしね。そしたらしのぶが放課後にミーティングしようって言うの。場所はエリカ御用達のカラオケボックス。ミーティングっていうよりは親睦会よね。さすがに断れなくて」



―――懐かしそうに話すめいくの物語を聴きながら、四郎の動悸が高まっていた。



(めいく)

「エリカは見てた通りだったけど、お堅いと思い込んでたしのぶもすんごい熱唱とかするの。釣られた私も、思わず何曲か歌っちゃった。高校入ってはじめてだったかな、あんなにはしゃいだのは。で、その後に、自己紹介。普通の私だったら堅くなっちゃう場面なんだけど、そのときはもう歌声を聴き合ったあとだったからぜんぜん緊張しなかった。もう知ってるのはわかってたけど、名前をフルネームで伝えるところからはじめたの。そう、こんな風にね」



―――めいくは軽く咳払いすると、少し若い声で再現をはじめる。



(めいく)

「はじめまして。庵田めいくです。北山中学から来ました。両親と兄の四人暮らしで、兄は今年大学生になりました。物語を読んで空想するのが好きです。友だちは……あんまりいません。みんなでわいわいするのも得意じゃない。……って思ってたけど、こういう会だったら平気かも。だって、いますっごく楽しいし。こんな気持ち、今日初めて知りました。もしも、もしもふたりがよかったら、私を友だちに加えてもらえると嬉しい」



―――四郎の目には制服姿のめいくが見えた、気がした。



(めいく)

「エリカは拍手しながら何度も頷いてくれてた。でも……」


(四郎)

「でも?」


(めいく)

「そう。でも腕組みをしたしのぶは、拍手してるエリカの横でずっと思案顔をしていたの」



―――そのときのままの不安顔をしためいくの横顔から四郎は目が離せない。



(めいく)

「しのぶは私の名前をぼそぼそ繰り返してるの。庵田めいく、庵田めいく、って。それから急に顔をあげて私にこう言ったのよ。めいくってさ、もしかして、生まれながらの床上手?」



―――いきなりの単語にあっけにとられ、思考停止する四郎。しばしの沈黙を経て、めいくが言葉を繋ぐ。



(めいく)

「同じように名前を反芻していたエリカがいきなり大笑いしてから楽しそうに叫んだわ。うけるーって。庵田めいくで床上手、マジうける。サイコーって。もうね、私はなにがなんだかわからなかったのよ」


(四郎)

「俺だってわからないよ」



―――そう言いながら、口の中でめいくのフルネームを唱える四郎。何度目かの繰り返しで、勘の鈍い四郎もようやく理解する。



(四郎)

「庵田めいく。あん、だめ、いく! なにこれヤヴァイ! これはたしかにうける!!」



 うずくまり腹を抱えて笑いが止まらなくなっている四郎を、憮然とした表情のめいくが見下ろす。



(めいく)

「嘘つき。笑わないって約束したのに」


(四郎)

「ごめん。マジごめん。でも無理。これは笑う。完全にトラップじゃん。もう、笑うしかないよ」



―――めいくの頬も自然とほころんできている。



(めいく)

「『トコ』っていう仇名はそうやって名付けられたの。その日以降、あのふたりからは『トコ』以外で呼ばれたことないわ。私もそれが自然になっちゃって。おかげで、それに引きずられて高校時代はけっこうたくさんの人が『トコ』って呼んでたよ、私のこと。さすがに上京してからは使われてないけど」



―――気が付くとめいくのアパートは目の前だった。


―――ドアの前でくるりと身体を返して向き直っためいくは、普段とは違う意味深な表情を浮かべながら四郎に告げた。



(めいく)

「四郎先輩、ここまで送ってくれてありがとうございます。今日は本当にお疲れ様でした。……で、どうします? 私はまだ試したことないからわからないけど……」



―――四郎は、めいくにみなまで語らせることなく言葉を被せた。



(四郎)

「上手がどうかをふたりで確かめてみよう。ね、トコ。今夜、この場所、きみの部屋で」



―――緊張した面持ちのめいくが鍵を差し込み、汗ばんだ四郎の右手がノブを捻った。


(了)

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