寂れた遊園地に残る思い出。それは再起とともに回り始め、真実で止まる。




 空に紺色が現れ始めたころ、


 園内を歩いていたのは、白いメリーゴーランドの馬だった。


 その上には……坂春とタビアゲハの姿もあった。


「アア……ゴメンネ。ワタシ、テッキリ駆除ニ来タ変異体ハンターカト思ッタネ」


 タビアゲハよりも低く籠もった声で、その変異体は上に乗るふたりに謝罪する。


「だからといって、わざわざ完走するやつがおるか……あの体制、きつかったんだぞ……」


 坂春は頭に手を当てながら、苦言を述べた。


「イヤネ、ナンダカ最後マデヤラナイト、失礼ト思ッタネ」

「デモ、私ハ楽シカッタケド?」


 気分の悪そうな坂春の前で、タビアゲハはすずしい顔で馬の変異体を撫でる。

 フードの下にある青い触覚は、気分がよさそうに揺れていた。




 「ソレニシテモ、美人ナ変異体ト一緒ニ旅ガデキテ、アナタ、幸セ者ネ!」




 馬の変異体は、からかうように坂春に話しかける。

 それを聞いたタビアゲハは、言葉の意味がわからず首をかしげ、坂春の顔を振り返る。


「そこは喜ぶところだぞ、タビアゲハ」

「ソウナノ?」


 その反応に、馬の変異体は笑い、先ほどまで気分の悪そうだった坂春も笑みをこぼした。

 ただタビアゲハだけが、理解していないように触覚を出し入れしていた。




「ソウイエバ、コノ遊園地ッテモウ終ワッテイルミタイダケド……アナタハココノコト、ヨク知ッテル?」


 お化け屋敷の前で、ふと、タビアゲハは馬の変異体にたずねる。


「知ッテイルモナニモ、俺ハココノ支配人ダッタネ」

「変異体になったのも、この遊園地が閉園となってからか?」


 誇り高く答える馬の変異体だったが、坂春の言葉に少しだけ顔を地面に向ける。

 まるで、坂春の言葉に寂しさを感じるように。


「ソレガ、アマリ覚エテイナインダネ……気ガツイタラコノ姿ニナッテ、遊園地モ誰モコナクナッテイタ」

「……モシカシテ、誰モ来ナカッタ?」

「……」


 黙り混んだ馬の変異体に、タビアゲハはその言葉を放ったことを公開するように、口に手を当てた。


「ゴメンナサイ……寂シク……サセチャッテ……」

「イヤ……タシカニ寂シカッタネ……ダケド……ソウジャナイ……別ノナニカガデ……モヤモヤガ……残ッテイル……」


 馬の変異体は、その場で立ち止まって顔を上げる。


「ズット……ソレヲ……考エテキタ……ダケド……ミンナ……モウ……帰ッテコナインダヨ……」

「……」


 タビアゲハは、どう言葉をかければよいのか、わからない様子だった。




「なあ、次はメリーゴーランドにしないか?」




「?」「?」




 坂春の言葉に、ふたりの変異体はあっけにとられるように固まった。


「いやな、ちょっと思い出したんだが……小さいころ、メリーゴーランドに乗ったことがあってな……その時、考え事で悩んでいたのが、乗っている内に忘れて夢中になった……そんな記憶があるんだ」


 坂春は、近くにあった建物に目を向けた。


「アッ……」「……」




 それは、メリーゴーランド。




 柱を囲む馬はまだ存在するものの、ところどころが錆びだらけで、動きそうにない。




 それでも、馬たちは今にでも動き出しそうに、美しいフォームで足を上げていた。




「……」




 その馬たちを、馬の変異体は懐かしそうに眺めていた。




「忘れてくれ、幼少期のことを話すのは恥ずかしいもんだって、今後悔しているのだからな」


 坂春は首を振り、馬の変異体をやさしくなでる。


「……夢中……カ」




 馬の変異体はまぶたを閉じ、決心したように頷くと、




 一気に、かけ始めた!!


「アッ!!?」「おい!! どうしたんだ!!?」




「ドウスルッテ……今カラメリーゴーランド、乗セテアゲルンダヨ!」




 馬の変異体は、徐々にスピードを上げる。




 まるで、ジェットコースターの上り坂のような、準備をするように。




 やがて、そのスピードは下り坂にさしかかるように、急激に早くなる。




 振り落とされそうになった坂春とタビアゲハは、その馬の変異体の背中によって粘着テープのように固定される。




 そのスピードは、あっという間に広い園内を1週してしまった。




「ソレデハ、行ッテラッシャアアアアアアイイイイイイイ!!!」

「!!」「!!」





 馬の変異体は、力強く後ろ足を蹴った。










 タビアゲハは、反射的にまぶたの裏に閉まった触覚を、恐る恐る出した。




「……!!!」「これは……」











 馬の変異体は、坂春とタビアゲハを乗せて、




 夜空を、待っていた。




 馬の変異体が足を動かすと、




 下に見える街灯が、動いていく。




「スゴイ……キレイ……!!」




「空を飛ぶメリーゴーランドは創作でよく聞くが……夜景がメリーゴーランドの装飾に、思えてくるものなのだな……」




 坂春はどこか懐かしそうにつぶやいた。




 その時、なにかを思い出したように眉を上げた。




「アナタ……絵デ書イテクレテタネ……坂春クン」

「……!!」










 満月の光は、星空を照らしていた。




 街外れに存在する、金網に飾られた古びた看板。

 その看板の端っこに存在する画用紙は、ボロボロながらもまだ看板にしがみついていた。


 星空を、馬に乗って飛ぶ男の子の姿。


 子供が描いたとされるその画用紙は、満月の光に照らされていた。




 その上空を……空飛ぶメリーゴーランドは、駆けていった。











 それから、数日が立った夜。




 街から離れた位置に存在する森。

 その中で、明かりの灯ったテントが見えていた。


 テントの前で折りたたみ椅子に腰掛け、坂春はスマホの画面を眺めていた。

 その指は……まったく動いていない。



 山奥でキャンプをしていた坂春は、体育座りでスマホの画面を見ていた。


「本当ニ楽シカッタナ……メリーゴーランド」

「……」


 テントの裏で声が聞こえてきたかと思うと、そこからタビアゲハが顔を出した。

 まるで、坂春の言葉が返ってこないことに不思議に思ったように。


「坂春サン、ドウシタノ?」

「あ、いや……なんでもない」


 坂春はタビアゲハに笑みを浮かべて手を振り、スマホに再び画面を向けた。




「……本当に楽しかったよ。遊園地のおじさん」




 その記事に描かれていたのは……とある変異体が、駆除されたというニュースだった。


 数年前、遊園地で変異体が暴れる事件が発生した。

 たくさんの人間が犠牲となり、その変異体は捕まらずに逃走。遊園地は廃園となったのだという。


 変異体の特徴は……メリーゴーランドの馬に似た模様を持っていたこと。


 その変異体の死体は、昨日、遊園地の中にいるところを目撃され、駆除された。




 変異体は、抵抗はしなかったというウワサがあるという。




「……」




 坂春のつぶやきに、タビアゲハは吹き出した。



「どうした?」

「ナンダカ、坂春サンニシテハ珍シイコト言ッテルッテ思ッテ」

「悪いか?」

「ウウン、トテモステキダト思ウ」


 坂春は「そうか」と静かに笑い、テントの中へと戻っていった。




 タビアゲハは、再び夜空に青い触覚を向けた。




「コンドアッタ時ハ……モットイロンナ遊具ニナッテ、楽シマセテクレルカナ……ソシテ……マタ一緒ニ、空ヲ走ッテクレルカナ……」

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化け物バックパッカー、メリーゴーランドに乗る。 オロボ46 @orobo46

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