化け物バックパッカー、メリーゴーランドに乗る。

オロボ46

馬は、逃げるためにレールを走る。たとえ、付いてきていると気づいていなくても




 夕焼けは、星空を照らしていた。




 街外れに存在する、金網に飾られた古びた看板。

 その看板の端っこに存在する画用紙は、ボロボロながらもまだ看板にしがみついていた。


 星空を、馬に乗って飛ぶ男の子の姿。


 子供が描いたとされるその画用紙は、夕焼けに照らされていた。




 その金網の向こうに見えるのは……観覧車にジェットコースター、


 そして、メリーゴーランド。


 この金網の内側は、遊園地だ。




 観覧車には、ゴンドラはひとつもついていない。


 メリーゴーランドも同じように、馬は1台も存在していなかった。








 そのメリーゴーランドの奥にある階段に、ひとりの人影が見えた。


 人影は黒いローブを身にまとっており、顔はフードによって隠されてよく見えない。

 裾から出ている、鋭い爪が生えたその黒い女性の手。

 階段に腰掛け、ほおづえを突きながら馬のいないメリーゴーランドを見つめるその姿は、少女のようなあどけなさがある。


 背中には、ローブと同じように黒い、大きなバックパックが背負われている。




「なんだか、懐かしい雰囲気のある場所だな……タビアゲハ。思わずフェンスを乗り越えて入ってしまったぞ」




 どこからか聞こえてきた声に、“タビアゲハ”と呼ばれたローブの人影が振り返る。


 階段の上には、バックパックを背負った老人が立っていた。




 この老人、顔が怖い。


 派手なサイケデリック柄のシャツに黄色のデニムジャケット、青色のデニムズボン、頭にはショッキングピンクのヘアバンドといった個性ある服装も、顔のせいで威圧感を与えている。

 その背中には、タビアゲハのものと似た黒いバックパックを背負っている。俗に言うバックパッカーである。




坂春サカハルサン……ホテル、探シテイタンジャナイノ?」


 タビアゲハは、老人に向かって奇妙な声を発した。

 甲高いその声は得体のしれない不気味さがあり、聞いたものは鳥肌が立つだろう。といっても、老人の顔の怖さと比べれば大したことはないが。


「ああ、どこも部屋がいっぱいだったからな……今夜は野宿になりそうだ」


 坂春と呼ばれた老人の言葉に、タビアゲハは嬉しそうに立ち上がる。


「ソレジャア、一緒ニ探ス?」

「ああ、そうだな。いつも人目につかない場所で眠るタビアゲハの方が詳しいだろう」


 タビアゲハが階段を駆け上がったのを確認したのち、坂春は遊園地の奥へと歩き始めた。




「それにしても、使われなくなった遊園地か。人が立ち入らないという点では寝床にはちょうどよさそうだ」


 上空をまたぐジェットコースターのレールを見上げながら、坂春は呟く。


「ところでタビアゲハ、おまえはどうしてあんなところで座り込んでいたんだ?」


 首を傾げるタビアゲハに対し、坂春は「何かを見て回るおまえだったら、園内を歩き回ってるだろ」と付け加えた。


「アア……私、街ヲ歩イテイタ時ニ観覧車ガ目ニ入ッテ、誰モ人間ガイナイカラ探検シテミヨウカナッテ……」

「……」


 タビアゲハはくるりと、レールのカーブの下で回った。


「ダケド、サッキノ階段、ヒンヤリシテ気持チヨクテ……ツイ長イシチャッタ」

「……???」


 気持ちよさそうに唇を閉めるタビアゲハに対して、坂春は眉をひそめる。


「坂春サン、ワカラナイ?」

「いや、まあ……たしかにひんやりしているところは気持ちいとは聞くが……長居するほどまではわからんな……」


 アゴに手を当てて首を傾げる坂春を、タビアゲハは不思議そうに見つめていた。




 そのタビアゲハの顔が、いきなり前方に向けられる。




「坂春サン! アレ!!」

「……?」



 タビアゲハが指を刺した方向には、園内を駆ける4足歩行の動物。




「馬か……」




 坂春は一瞬目を逸らそうとしたものの、その馬の胴体をもう一度凝視した。



「!!? あれはメリーゴーランドの!?」

「アノ馬……メリーゴランドデ回ッテイル馬ナノニ、ヒトリデ歩イテル!!」




 その馬は白く、花をモチーフとした美しい彫刻が印象的。


 夕焼けを反射するその体は、とても生き物には見えない。




 そのメリーゴーランドの馬は、ふたりを無視して奥へと走って行く。


「追イカケテミヨウ! 坂春サン!!」

「あ、おい!! 待て!!」




 坂春とタビアゲハも、その馬を追いかけ走り始めた。











 その先にある、ジェットコースター乗り場。



 中は外と同様に静かで、


 数字の書かれていない順番待ちの看板が、部屋のすみっこに放置されている。




 奥に見える、レール。


 その手前で坂春とタビアゲハは立ち止まった。




「はあ……はあ……たしかにこっちにきたはずだが……」




 乗り場の中に、坂春の息を切らす音が響く。


 その隣で、タビアゲハはじっと目の前のレールに乗っているものに目線のようなものを向けていた。


「……? タビアゲハ、どうした……」


 坂春も、レールに目を向けてまばたきを繰り返し始めた。




 そのレールには、ジェットコースターの乗り物が置かれていた。


 先ほどのメリーゴーランドの馬と同じく、花をモチーフとした美しい彫刻の白いジェットコースターだ。




「坂春サン……ジェットコースターノ乗リ物ッテ……遊園地ガ廃園ニナッテモ残サレルノ?」

「ばかな……こんなジェットコースター……あるはずがない……」


 ふたりはジェットコースターをしばらく眺め続けていた。




「……? ネエ、ナニカ聞コエテクルヨ」


 タビアゲハの声に、坂春はそっと耳を傾けてみた。




「……まさか……このジェットコースターか?」




 すー、すー。




 小さくかわいらしい寝息が、ジェットコースターから聞こえてきた。




「寝テイル……ノカナ……」




 タビアゲハは、不用意にジェットコースターに乗り込もうとした。


「おい!! 勝手に乗るな!!」





 その声に反応するように、ジェットコースターがその場で飛び上がる!


「ウワアアアアアアアアアアア!!!!?」

「キャッ!?」


 大声に驚いて、タビアゲハは前身に転けてしまい……




 そのままジェットコースターの座席に、乗り込んでしまった!




「ニンゲンダアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!」




 ジェットコースターは、転倒したタビアゲハを乗せたまま、ゆっくりと上がり始める!!




「タビアゲハッ!!」




 坂春は反射的に、ジェットコースターに乗り込む!!




「!!? この座席は……!!」




 赤い座席に腰掛けたで坂春は、座席に乗せた自身の手のひらを上げようとする。


 しかし、上がらなかった。


 座席が坂春の体を、粘着テープのように離さなかった!




「コノ座席……ゼンゼン身動キガ取レナイ……!!」



 前方の席に横向きで倒れているタビアゲハはもがくが、まったく起き上がれない。



 そんなふたりに、夕焼けが照らされる。




「ニンゲン! 逃ゲナキャ! 逃ゲナキャ……!!」

「おい! 慌てるな!!」




 ジェットコースターは頂上に向かって登っていく……!!




「待ッテ!! 私ハ人間ジャナイッ!!!」




 タビアゲハの叫びとともに、ジェットコースターは停止した。




「……」




 坂春は下に見える、小さくなった建物を見て汗を流した。




「ヘン……イ……タイ……?」




 ジェットコースターから聞こえる声に、タビアゲハは「ソウダヨ」と声を出す。




 乗り込んだ時にフードが下りたのか、タビアゲハの顔が露わになっていた。




 肌は影のように黒く、上半身まで伸びた髪。その顔には青い触覚が、本来は眼球が収まるべき場所から生えている。まぶたを閉じると触覚は引っ込み、開くとでてくる。


 変異体と呼ばれる、化け物だ。



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