夕日
それは高校受験のある日のことだった。
私はそれまで、毎日がむしゃらに塾の机に向かっていた。
近所に在る塾に通っていたのだ。
そこは、小学生の頃から通う馴染みの場所であった。
なんとなく授業に興味があって、自分から塾に行きたいと言って通い始めた。あ、いや、それだけじゃなく、大好きな文房具をできる限りたくさん使いたくって、塾に通い始めた。
小、中と学年が上がるにつれ、塾に通う理由は、可愛い鉛筆のためでなく、成績を上げること、志望校に合格することになってきた。
高校受験が近づくにつれ、塾に通う人数が増えていき、気づけば大きく新鮮に感じていた教室も、人が密集し、「汚い」と思うほどに空気の薄い、どんよりとした、塾講師の熱だけが空回りする空間になっていた。
私は、新鮮な空気があるうちに塾へ行き、最もどんよりした空気になるまで塾に残って勉強に励んだ。
最初のうちはどんどん成績が伸びていき、私は県で3、4番目位くらいには、「頭のいい」高校を目指していた。
私には中学でやっていた吹奏楽を続けたい、なるべく頭のいい高校にいきたいという2つのわがままがあった。
吹奏楽の強豪校は私立が多く、偏差値もそれほど高くなかった。
だから吹奏楽もそれなりに強く、それなりに偏差値の高い公立高校が第1志望だった。
私は慢心していた。本番が近づくにつれ、気持ちがそわそわして、熱が空回りして、まだ受験なんかしていないのに、合格を焦るように、まるでもう合格したかのように、受かることが当たり前かのように生きていた。
ただ時間だけが過ぎていく。得意分野だけをなぞって、できると思い込む。
現状の自分に無理矢理満足するような、欠点を見て見ぬふりをするような。
あ、けど本当に本当に、そんな自分に気づいていなかっただけかもしれない。
そんな日々を送っていた。
案の定、本番で緊張してしまい、社会科で頭が真っ白になってしまった。
今から戦にでも出陣するかのような鉢巻をした受験生が近くにいたのに、徳川家康の名前すら出てこなかった。焦って解くのが遅れ、英語、理科、数学も惨敗だった。
自己採点で唯一高得点を出した得意の国語で少し浮かれたのだが、自分よりレベルの高い高校を目指していた同級生が自己採点の結果に落ち込んでいるのを見て、現実の厳しさに気づいた。
大丈夫だよ、と友人に笑いかけたつもりだったのだが、それは完全に自身の未来を見てしまった後の苦笑だった。
当たって砕けようと思い、面接の日を迎えた。
目の前に恋人の最期の姿があるかのように、想いをぶつけた。
私が一方的に話しすぎて試験官からは何も質問されずに面接が終了した。
その帰り道、高校へ続く坂道に夕日が見えた。
その夕日は一際輝いているように見えた。
この高校に通うべきだ、通うことになる、そんな希望の光に見えた。
あ、いや、その夕日の輝きは結局「ニセモノ」だった。
「ホンモノ」の夕日の輝きを見たのは、「ニセモノ」を見た1ヶ月ほど前だったことを、
そこで思い知った。
坂道 陽夏戯 @hikage_
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