エピローグ(+本編ネタバレあり)
「そろそろ、種明かしをしてくれてもいいんじゃないですか?」
いつも話をまとめるのはお前の役だろう。俺が得意顔で説明しだしたら、きっと読者の皆さんも戸惑うぜ。
「そう言われましても、今回の事に関しては疑問も多いんです。
まぁ肝心な部分だけなら、なんとなく予想がついてはいますが」
古泉は椅子の背もたれに寄りかかりながら言った。だったらいいんじゃないか? 解説なんてなくても。
「私はぜんぜん解らないので、教えて下さいキョンくん。なんで昨日まであんなに異世界ファンタジーであふれてたのに、急に元に戻ったんですか? 涼宮さんの小説は、まだ完成してないのに」
しょうがない。柄じゃないが、今回は朝比奈さんに免じて語ってやるとするか。
「単純なことですよ。朝比奈さんたちと同じです。
異世界人が、ハルヒのところにやってきたからです」
「? どういうことですか~…?」
「以前からたびたび不思議な事件に巻き込まれているコンピューター研の部長氏。彼こそ、涼宮さんが呼び寄せた異世界人の正体であった……そういうことですね?」
一同に驚きが走った。
と思ったが、「ぇええ~!?!?」と声をあげているのは朝比奈さんだけだ。これだから俺が朝比奈さん
「どうしてですか? それがもし、本当だったとして、どうしてキョンくんには、それが解ったの?」
「そう、僕たちが知りたいのは、結果より過程です。手がかりは、なんだったのでしょう?」
そんなに顔を近づけてくるな。お前がそうしてると、なんだか何万回もそうされてる気がしてくるだろ。
「単純なことだよ。入学してすぐ、ハルヒは自己紹介で異世界人に来いと呼びかけていた。これはいいな?」
「その情報は、すでにあなたが我々と共有した」
応じたのは、まさかの長門。もしかして、こいつも俺の話に興味があるってことか?(考えすぎか?)
「それで全部だよ。もしかしたらヒントは至る所にあったのかも知れんが、俺にはそれしか気づけなかった」
「はて? 入学後あなたと涼宮さんのクラスで催された、はじめてのホームルーム。凉宮さんの自己紹介が決定的な引き金となって、僕らのような普通ではない者たちが続々と集まってきた。
なぜそんなことが起こったかと言えば、凉宮さんには願望を現実にする力があるからで……と、いうことは?」
古泉は気づいたようだ。あるいはそのくらいもう思いついてたのかもしれんが、こいつは意外と鈍いからただのフリかもしれん。俺は親切心を発揮して、
「ああ、だったら異世界人だけがいないって理由はない。本当にハルヒの願いが叶うってんなら、異世界人が俺のたちの知ってる人間の中にいないとおかしいんだ。
違うか、長門?」
「情報統合思念体は、凉宮ハルヒが及ぼした情報爆発の効果範囲に、一切の制限を認めていない」
「…しかし。それだけでは不十分ではないですか?『誰が涼宮さんの求める異世界人なのか?』それを見破るヒントとするには、あまりに情報が少ない気がしますが」
「いや、そんなことはない。正直、これで充分だ」
俺は手を伸ばし、さっきプリントの裏に書いてやった凉宮ハルヒの自己紹介文を、テーブルの中央へ進めた。
〝東中出身、涼宮ハルヒ。ただの人間には興味ありません。この中に宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら、あたしのところに来なさい。以上〟
古泉は穴の開くような目でそれを見つめる。ここに答えの全てが詰まっている。
ただ、正直こいつにはちょっとハードルが高いんじゃないかな。
「朝比奈さんなら、解るんじゃないでしょうか?」
「え。私ですかぁ…?」
「そう。むしろこの中では俺とハルヒ……それと、朝比奈さんにしか真実に辿り着けません。どうやって俺たちはここにこうして集まってきたのか? 1人1人の登場の仕方を、順を追って思い返してみてくれません?」
「う~ん……」
朝比奈さんは、草を反芻する方法を忘れた牛のようにうなっていたが、やがて思い返し始めた。
「ええっとぉ……。わたしはあの日、歩いてるところを凉宮さんに引っぱっていかれて、そして部室に来ました。そしたらキョンくんと長門さんがいて。古泉くんは、私たちがみんな集まってから、この学校に転校してきて……。
………あ!」
そこで気づいたらしく、頭を抱えていた手を離す。
「もしかしてキョンくんが言ってるのは〝順番〟ですか?」
「ええ、そうです。大正解」
凉宮ハルヒは、あの『ただの人間には興味のない』発言をした後。
俺を引き連れていった先の文芸部で、長門有希に会い。
そこらへんを歩いていた上級生の朝比奈みくるを引っぱってきて。
謎の転校生としてやってきた、小泉一樹を参加させた。
「長門、朝比奈さん、古泉という、凉宮ハルヒが現実に出逢った順番。これはハルヒが宣言した、宇宙人、未来人、超能力者という順番にピッタリ一致するんだ」
「わぁ、ホントだ……」
プリントの裏を見ながら、朝比奈さんが感嘆の声を漏らした。古泉の顔にも、これには同じ色が見える。
「これは驚いた。しかし実際には凉宮さんは、宇宙人、未来人、異世界人、超能力者に対し、己の所へ来るよう求めていた。これは何を意味するのでしょう? もしや、凉宮さんは――…」
「………」
答えを求めるように、古泉は朝比奈さんを見つめた。長門でさえ微かにそちらに顔を向けたように見えるが、これはきっと気のせい。
「――えっと。わたし、ここで最初に長門さんに会って、それからしばらくして、古泉くんが部室にやって来ました。でもその間に……。
わたし、凉宮さんに、コンピューター研究部に連れていかれたんです。ここで使うパソコンを譲ってもらうためでした。
そしたら、そのぅ、そこの部長さんに………」
そこで起きた、凉宮ハルヒによる蛮行を思い出し、途端に朝比奈さんがドンヨリとなる。「要するに…僕に会う前に、部長氏に出会ったのですね?」と助け船を出されてコクコク頷くさまは、犯人の凶行を間近で見せられた目撃者のようだったね。
そして、俺は話をまとめる。
「そういう訳だ。あの春、ハルヒはここで長門有希に出くわし、朝比奈みくるを見つけ、コンピュータ研の部長へ掛けあい、小泉一樹がやって来た。
ハルヒが自己紹介で語った、宇宙人、未来人、異世界人、超能力者。その全員をその順番のとおり、涼宮ハルヒは自分のところへ呼びよせていたんだよ」
SOS団の部室が、少しのあいだ静寂に包まれる。
あいつは、やることなすことカオスのようでいて、なんていうか、すごく一貫してる奴じゃないか?
だから、変だと思ったんだ。人類進化の可能性やら、時空の歪みやら、あげくの果てに神やら、俺はこいつらの説には今だって半信半疑だ。が、それでも言えることがある。1年以上一緒にいてこの方、あいつの願いが叶わなかったことはない。
だったら、すでに最初から、全部叶っていたんじゃないか――叶っていることに、気づいていないだけなんじゃないかってな。
「いや、順番ですか。だとすると……うん、確かに」
古泉は1人、何かに納得したような顔をした。
「いやぁ、実は僕は、この自己紹介の内容を知った時、一瞬あなたが異世界人なのではないかと疑ったんです」
俺がか? 変なことを言うヤツだ。他ならぬお前自身が、俺は正真正銘、普通の人間だと言ってただろう?
「それはそうですが、他に凉宮さんの周りにいて、候補になりそうな人物はいないので。
でも、もしこの説をとるのであれば、あなたは異世界人の候補から除外されます。
だって、あなたは凉宮さんが自己紹介で宣言をする前、一番最初に彼女と会っているのだから。それでは順番が狂ってしまう」
ふうん? 言われてみればそうだな。自分じゃ疑いもしなかったが、当たり前か。もし自分で自分を異世界人だと思う奴がいたら、ユング先生あたりに診てもらった方がいいだろう。
けど、まだ疑問が残る。そこんとこを、朝比奈さんが突っついてくれた。
「でも、あの部長さんって、私たちの所に来たことありますよね? たしか……PCゲームで対戦をした時に」
そうなんだ。俺たちは部長氏率いるコンピュータ研の面々と、オンラインゲームで対戦をしたことがある。しかし。
「あの時、彼は、私を選んだ」
本人が一番、解っていたようだ。今日はいつもの愛読書も持たずに椅子の上で彫像のようになってた長門が、器用に口だけ動かしてハッキリそう言った。
古泉は、わざわざ握り拳を手の平の上に当ててガッテンしてみせ、
「なるほど。コンピュータ研がSOS団にゲームを持ってやってきた時、あれはあくまで涼宮さんに挑戦状を叩きつけただけ。とても友好的とは言えない関係でした。
そして我々が彼をゲームで撃ち破った後、部長氏は涼宮さんではなく、長門さんの方に話を持ちかけ、友好条約を結んだ。だから涼宮さんは――というより彼女の無意識が――『異世界人があたしのところにやって来た』とは、認識しなかったという訳ですか」
俺に確認したって腕組みして見せるしかないぞ。あいつが心の奥で何をどう感じてるかなんて、今でもちんぷんかんぷんなんだからな。
「そういうことだったんですね! すごいです、キョンくん!」
俺のアイデアマンの
一方、古泉はこの点について、別な解釈を提示した。
「あるいは…『誰ひとり彼を異世界人として認識していなかった』ということが、問題だったのかもしれません。僕らのケースとは異なり、理由は解りませんが、部長氏には自分が異世界人だという自覚がない様子。これでは彼が何をしても、異世界人が凉宮さんの呼びかけに応答したことにはならない。
以前、話したでしょう? 認識されて初めて、世界は存在するのかもしれない、と」
あの、むさくるしい車ん中でのお前の演説か。そんなものが伏線になってるなんて、誰も思わんぞ?
「超越論的言語行為を理解できるのは、経験的データを元にした場合だけである。
だから、この凉宮ハルヒの真相を理解できたのは、あなたしかいなかった。なぜなら、涼宮ハルヒの自己紹介を聞き、かつ、その後もずっと行動を共にしてきたのは、あなただけだから」
こっちへほんの僅かに視線を向けて言ったのは長門。相変わらず何を言っているのか解らないが、なんとなく俺を称賛してるらしいのが伝わってきた。
こいつに褒められるってのは、なんだか変な気がするな。或る意味、さっき朝比奈さんに褒められた以上に、おもはゆい感じがするのはなんでだ?
――で、古泉。ついでに訊いとくが、そのニヤケ面は何を意味してるんだ?
「いえ。今後、特別な時にしか参加しないという約束とはいえ、これで部長氏も正式にSOS団の団員になりました。涼宮さんは彼の功績を讃えて、名簿に加えると言っていますから。あなたのおかげで、やっと異世界人が僕らの仲間に加わったわけです。
それを涼宮さんが、自分の昔からの願いがまた一つ叶ったと感じている。だとするとこのSOS団というのは、それだけ彼女にとって、大切な意味をもつ場所になっているのだな……と」
こいつは頭が良いんだか、悪いんだか解らなくなることがあるな。
本人に確認するまでもない。そんなことは、もうとっくに――
「異能力バトル漫画を、描くわよ!!」
その時、SOS団の部室の扉が開き。
帰ってきた涼宮ハルヒの、次なる宣言が室内に木魂した。
「異能力バトル?? なんだそれは?」
「なによキョン、知らないの?
不思議な力に目ざめた主人公が、知恵と勇気で闘う話よ。
でも、ただ闘うだけじゃダメなんだって。大ヒットを狙うには、主人公を取りあう美少女たちが必要らしいわ。そうね、最低でも3人は、魅力的なヒロインが出てこないといけないそうよ?」
ゲッとなったのは俺と古泉だけだ。当の朝比奈さんと長門は、片やクエスチョンマークを、片や三点リーダーを浮かべて何ひとつ自覚せずにいる。
「ずいぶんと、愉快な物語になりそうですね。主人公とそのヒロイン3人は、どんな関係に置かれるんです?」
「さぁ? 知らないわ。どうせ優柔不断な主人公が3人の間で迷って、彼のこと取り合いになったり嫉妬させたり、男に都合のいい展開になるんでしょ。
そう思うと……なんだろう、ちょっとムカついてくるわね?」
俺は首を振った。この、明らかに偏った知識の出所はどこか。聞くまでもないな。あの部長氏、どうやらハルヒに碌でもないことを吹き込んだらしい。その手のことにさほど精通していない俺でも、それが健全な現代生活を送るうえで途轍もなく余計な知識だってことは判る。
おい、一体なんてことしてくれやがるんだ?
「まぁ大ヒットの為だし、あたしは懐が広いからそのくらい大目に見るわ。これからの時代は異能力バトル、そしてハーレムよ。
SOS団にも第二第三のみくるちゃんが来るかもしれないわ。みくるちゃんも油断しないで、ちゃんと準備しとかないとダメだからね?」
「えぇ…。わたし、増えちゃうんですかぁ……?」
おいおい、誰が決めた? そんなものが流行るなんて、異世界ブーム以上に想像つかんぞ。
「…………」
長門は本を取り出すと、その読解へと入っていく。最近思うんだが、これはこいつなりの、関わるまいという意思表示なんじゃないかね?
「あとは、主人公と友情を深める冷静沈着なライバルと……役に立つアドバイザーも欲しいわね。こいつはちょっとオタクっぽい奴がいいわ。
そうと決まったら、キョン! あんたも特殊な能力の1つや2つ、使えるようになりなさい。手から剣を出したり、風を巻き起こしたりするのよ」
「無茶言うな」
相も変わらず、今日もこれまでと同じような1日が始まるようだ。
なんだか十年間ぐらい迷っていたような気分だが、やっと俺たちは、本来いるべき場所へ還れたのだろう。
「さぁ! 今日はコンピュータ研の部長が、秘蔵の漫画コレクションを持ってるっていうから、それを見に行きましょう。
部員も増えて、生まれ変わった新生SOS団の、真の力を見せるわよ~!!!」
部長氏はつい口を滑らしてしまっただけで、まさか俺たちが押しかけてこようとは、つゆ思っていなかったことは言うまでもない。その時の話は――そうだな。いつかまた、俺の口からできることを願って。
ちなみに。古泉は、そのうち超能力者同士の戦いが巻き起こりやしないかと、本気で心配しているそうである。
涼宮ハルヒの真相(☆〈涼宮ハルヒの転生〉改題) さきはひ @sakiwai
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