短編76話 数ある今日のところは勘弁しておいてやろう!
帝王Tsuyamasama
短編76話 数ある今日のところは勘弁しておいてやろう!
「おっ、ヤスじゃん! おはよ!」
「うぉ!? お、おはっ」
登校中に、
(
新子は陸上部。運動神経はいいに決まっているので、裏をかく戦法が有効。(※当社調べ)
男子は学生服、女子はセーラー服のこの中学校制服。ネームプレートやスカーフの色、そして学校指定
髪は肩より少し長いが、くくられていることがほとんどで、今日もひとつにくくられていた。
「ねーねー、昨日のドミノ旅行列車観たぁ?」
(近くに
「新子、あれ
「え、どこどこ?」
「ああー俺朝移動教室だったぁー! じゃなー!!」
「え!? ちょっとヤスぅ~!」
雪康は逃げ出した! スタコラサッサ。
俺、糸原雪康は、女子と二人で横に並んで歩くだとか、二人で作業するだとか、そういうシチュエーションはなるべく避けるようにしているんだ。
もちろん理由はある。俺は、
それが逃げることとどうつながっているのかって?
例えばだ。さっきの新子と一緒に登校することにしたとしよう。それを見たエキストラの女子が『きゃー雪康くんが女の子と二人で登校しているワー』『お付き合いしているのかしら~』『天海ちゃんに聞いてみよ。天海ちゃ~ん』のように天海に伝わり、天海に距離を置かれたくないからだ!
幼稚園時代から小学校時代を経て、この中学校時代に突入するまで、せっかく積み上げてきた天海ちゃん友好ポイント(略して
うわさっていうのは、どこでどう脚色されて広まるか、わからないからな……念には念を入れよ!
げた箱までやってきた俺。数多くの学生が上靴に装備変更を行っているが、迅速にしなければ女子に捕まるかもしれない。
さて上靴をざら板の上に出し、運動靴を脱いで
「お、おはよっ」
「ぃっ! お、おはっ」
靴装備交換中に、
倉音は演劇部。言葉での戦闘は劣勢に立たされる危険。強行突破が有効。(※もちろん当社調べ)
新子がひとつに対し、髪をふたつにくくって下ろしている倉音。
「ゆ、雪康って最近、休みの日とか、何して」
「寝てまぁーーーす!」
「ちょっ、ゆ、雪康ー?! もぅっ」
自分の教室までやってきた。
ここまで来れば、女子と二人で横に並ぶシチュエーションっていうのはほぼないだろう。多少しゃべることがあっても、授業のこととかがほとんどなはずだ。
実は中学二年である今年というのは……
(い、いたっ)
なんと! 浅名天海と同じクラスなのである!
しかし油断してはならない。一見すると、浅名友好ポイントが効率よく貯められそうだが、それは浅名友好ポイントを失うことと表裏一体!
大胆に攻めたいところだが、慎重に事を進めなければならない。急いては事を仕損ずる。
幸い、今の教室での席は、俺が廊下側の後ろ寄り、天海は窓側の前寄りなので、索敵される時間はそう多くないはずだ。天海別にきょろきょろするような
さあ、自分の席に座って落ち着こう。今朝は二度も危ないエンカウントがあったからな。
「おはよう。なにこそこそしてるの?」
「うぇ?! お、おはっ」
自分の席に座ろうとしたら、
早理は生徒会副会長。高い知力と意志力により、弱点らしい弱点はない。有効な手段はほぼなく、力勝負でしのぐべし。(※当然当社調べ)
髪は肩にかかるかどうかくらい。
そんな右隣に座る早理が見ている中、とりあえず俺も座るしかないだろう。この状況でセカバン持ちながらの逃走は悪手だ。
一応天海の様子を確認! 机の上に広げたノートを眺めているようだ!
「いやぁ~…………早理の消しゴムが落ちてないかどうかの確認?」
「落としてないわよ」
ちょっと笑った早理。ほっ。特に怪しまれてはいないようだ。
「雪康は最近、テストの点数がよくなってない?」
「む。どうだったっけ……」
テストの点数表みたいなのは、学期末に通知表と一緒に渡されて確認できるが……今手元にはない。
「最近のテスト、特に簡単っていうわけでもないのに、昨日の点数悪くないなって思ったのよ」
「ちょっ! 点数見てたのかよ!」
「ふふっ、黙っててごめんね。あたしの見てもいいわよ」
雪康はどうする!?
「い、いや、今はいいや。もっとこう、大人数での見せ合いが巻き起こったときになら……な」
今だと二人での見せ合いだ。これはさすがに危険領域だろう!
「大人数ならいいの? ふふっ、なんでなの?」
笑いながらさらに聞いてくる早理。やはり強敵だ。しかもこの朝の会が始まる前の逃げられない状況!
「な、なんでってー…………」
なんて答えたらいいんだ! しかし相手は早理! 小細工など通用しないだろう!
「……二人で見せ合ってるのを、だれかに見られたら、なんか…………さ?」
こんな感じでふわっと包んだぞ!
「……それも、雪康の優しさっ?」
「や、やさっ?!」
「ふふっ。じゃあまた今度ねっ」
引き続き笑みを浮かべ続ける早理であった。なんとかこの場をしのいだぞ!
二時間目の理科。罠が張り巡らせられている理科室への移動教室。移動中はもちろん、理科室での実験でも気を抜くことができない、緊張が続く五十分間だ。
「雪康、ちょっといいかしら」
「ふぉ?! な、なんだっ」
理科室への移動中に、
葉月はテニス部。加えてお嬢様であるため、観察眼に優れる。策略はまず効果がないので、しいて言うなら正攻法で挑むのが有効。(※やっぱり当社調べ)
髪は肩を余裕で通り越すなかなかの長さ。さすがに腰まではない模様。
「たしか雪康は、天海ちゃんと仲がよかったわよね」
(む?!)
「ど、どこからそんな情報が……」
「だって、天海ちゃんが男の子としゃべっているの、雪康がほとんどですもの」
「な、なんとっ」
それはまたなかなかのビッグニュースではないか?!
(ちょ!!)
体を寄せてきたぞ!? まずい! ここまで近距離ならば、あらぬうわさが立つ危険性が! しかし現在は理科室への移動中であり、おまけに葉月とは班が一緒ゆえ、逃げたところで理科室で再び近距離戦闘が発生する! 絶体絶命のピィーンチ!!
「最近、天海ちゃんがなにかに悩んでいるようなのよ」
「な……悩み?」
うなずく葉月。もちろん葉月はうそつくような人物ではない。おまけに観察眼に優れし葉月からの情報という、かなりの高精度さ。
「天海ちゃんから相談など、されたかしら?」
「い、いや、特には……?」
思い返してみても、すてきな天海ちゃんのお顔が浮かんだだけで、お悩み相談な天海ちゃんのお顔は浮かばなかった。
「なにか心当たりはない?」
「それも、別に……」
「そう」
天海が悩み……? なんだろうか。気にはなるが、俺にできることは特になさそうじゃ……?
(ちょ、直接本人に「悩みあるかい? 俺様が相談受けてやってもいいぜベイベー」なんて……もしはずれだったらやべーよなぁ……)
しかし悩みなんて言葉を聞いて静観ってのも、それはそれでなぁ。
「葉月には、悩んでる感じのことを、話しているのか?」
「わたくしには、葉月ちゃんが悩んでいるように見えるのだけど、首を横に振って何も言おうとしないわ」
「ほう……」
天海はおとなしいタイプ。それゆえ俺も日頃の行動には注意を払い、慎重に事を進めることを心がけているのだ。
だが当然そんな天海なのだから、こちらからなにも動かなければ、発展は鈍いかもしれない。だからこそ、なるべく天海を助けられそうなことには、こちらから踏み込むことをちょくちょくしているっ。
た、例えば。給食当番のときは、重い牛乳ビンの箱を俺が持つだとか、
脳内では、街中でナンパされた天海の前に俺が現れ、「こんなところにいたんだ~。ん? 君は俺の天海になにか用? ないよね? さ、行こうか天海っ」と言って救う場面もシミュレーション済みなのだが、残念ながら休みの日に遊んだことは、まだ人生で一度もない。誘って嫌われたら立ち直れねぇしな!
(…………遊びてぇに決まってっけどな!!)
「わたくしの気のせいかしら」
目線を俺から前方へと戻した葉月。
「葉月がそう言うんなら、間違いないだろう」
戦いは敵を知ることからだからな!
「……ありがとう、雪康」
「ど、どういたしまして」
ちょっとだけ笑顔を作りながら、俺との距離を少し離した葉月。それでも横を歩いてるけど。
二時間目から四時間目までを慎重に終え、給食の時間も気を抜くことなく食べ終わって、休み時間は自分の教室に戻ることを選択した俺。
運動場で遊ぶのが最も安全策な気はするが、その瞬間は安全であっても、教室を出て出歩く以上は、どこで女子と二人で横に並ぶ場面がが待ち受けているのか、予測がつかないという面もある。
そのため、今日は教室でじっくり戦うことにしよう。
「雪康! バトろうぜ!」
自分の席に座っていたら、
嶺斗は陸上部所属。バックギャモンはお互い趣味の領域なので、正面からぶつかって勝利せよ。(※ここでも当社調べ)
振り返って見てみると、嶺斗は
男子同士の戦いなので、ここは心置きなく。
「受けて立つ!」
戦闘が始まると、気がつけば右隣の席である早理と、嶺斗の左隣の席である
千夏は美術部。センスに優れているので、できるだけ自分のフィールドに持ち込んで戦う
ちなみに髪は早理と同じくらい、肩にかかるかどうか。
戦況は俺が有利だ。
「早めに崩した雪康が、一歩リードって感じね」
「これ銀色でおしゃれだよね。どこで売ってるの?」
「駅の向こうの雑貨屋だっ。くそー雪康すきねぇぞ……」
「あっ、あたしも最近、ルール覚えたんだからねっ」
「なにを集まっているのかと思えば、バックギャモンをしているのね」
背後から聞こえたお嬢様な声は、葉月で間違いないだろう。
俺は依然として有利ではあるが、ここは集中だっ。
「雪康は小さいときからやってるのよね、これ」
「まあな。家にはでかいギャモンボードもある。俺ん
「あれこそバックギャモンやってるって感じだよな! 土曜、雪康ん家で遊ぶか?」
「土曜日?」
一応脳内でスケジュール確認。
「ああ。じゃあ十時な」
「うしっ。さてっと、ここが正念場だぞぉ……」
嶺斗と遊ぶ日が決まった。男子同士だからな。特に問題はないだろう。
「激・勝!!」
「負けたぁー!!」
「最初にペースを握った雪康が、そのまま勝っていったわね」
「今日も雪康くんが勝っちゃったねー」
「あ、あたしもっ! こ、今度戦ってあげても……いいわよ?」
倉音が俺を見ながら挑戦状を叩きつけてきた!
(
…………倉音は女子だ! ここでタイマン勝負を取り付けてしまっては、うわさがうわさを呼ぶことも考えられてしまう!!
「お、俺掃除中庭だったー! じゃなー!」
雪康は逃げ出した! スタコラサッサ。
「ちょっ! ちゃんと返事しなさいんもぉーぅっ!」
「たしか天海ちゃんも、ルールを知っているのよね」
「……うんっ」
掃除時間に五時間目六時間目。帰りの会。よし、ここまで来ればもう一息。ここまでの危険ゾーンまみれを突破できたことだろう。
じゃなーって感じに、自然~な立ち居振る舞いで教室を出ることができたであろう俺。
いちおー天海のことをちらっと見てみよう。う~ん、見てる限りじゃそこまで悩んでそうには見えないが、まぁこの遠距離じゃあなぁ。
今日のところは勘弁しておいてやらあっ。俺は廊下を歩き出した。
(しかし……俺に本当に、なにかできることはあるのだろうか?)
そもそもそんな、この学校内において、二人でしゃべる場面を作りあげること自体が高難度。
かといって電話かけてっつーのも……
(でもこれこそ逃げてばっかっていうのもなぁっ……でもでも嫌われるのはもっと嫌だし、でもでもでもなにもしねぇってのはっ)
ああ俺は一体どうしたらいいんだぁ~!
「あ! 雪くんはっけ~ん! 一緒に部室棟行」
「善は急げ~!」
「ええ~っ!? 雪くぅーん!」
水泳部の
髪は肩くらいだが、先端がそこそこはねているので、もしピンとなったらもう少し長いかもしれない。本人はくせっ毛だと語っている。
部活もしっかり終えた俺。残るは帰るだけだ。
今日も一日、なんとか乗り切ることができたな。変なうわさが立つようなことはないだろう。
(……明日。天海に声かけてみっかな)
やっぱり気になってしまう。もし俺でなんとかできることなら、全力でサポートしたいし。
げた箱~下校も問題なく完遂させた俺。部活では余裕のウイニングおしゃべりまでかまして、実に有意義な中学生生活の一日を送らせてもらった。
これから先も、天海に嫌われないよう、清く正しく中学生生活を送ろう!
(……休みの日に遊ぶなんて、夢のまた夢なのだろうか?)
今はまったく想像できないが、いつかきっとその夢を達成させてみせーる!
俺は帰還を完了させるべく、我が家のドアを開けた!
「ただいまー」
ん? 靴が多いな。だれか来てるのか?
「おかえりー。雪康のお友達が来てるわよー」
「ぉ俺?」
母さんの声で、そう聞こえたが……でもあの見慣れない靴って、サイズ的にもデザイン的にも、俺の友達が履いてそうなやつじゃないんだが……? 嶺斗は土曜日だしなぁ。
手を洗うのは後回しにして、まずリビングに顔を出
「な!! なななななにぃーーーーー!?」
なんと!! 俺が家に帰ってリビングをのぞいてみたら、浅名 天海が現れた!! と、葉月もいる?!
天海は千夏と同じく美術部所属。おとなしいので、逃げることは比較的容易。だが俺人生最大のターゲットであるため、
髪は肩を少し越している。さらさらつやつや。
リビングのソファーに、こっちから見て手前側に葉月、奥に天海が座っていて、セカバンがそれぞれ左隣に置かれていた。もちろんばっちり二人と目が合った!!
「おかえりなさい、雪康。おじゃまさせていただいているわ」
雪康はどうする!?
「……た、ただい、ま。手洗ってきまあす……」
セカバンは……てきとーに置いとこ。
こんなに緊張した手洗いうがいは、人生で初めてだったぞ……。
ひとまずセカバンの場所まで戻ってきたが、さっきと同じように、俺を見る二人。
(落ち着け。落ち着けっ。まず状況の把握からだ)
そもそもなんでこの二人が、俺ん家のソファーに座って、りんごジュース(たぶん)飲んでんだ? 俺なんかした?!
(俺天海友好ポイントいつの間にか減らしていたのか!?)
「こんなにかわいい女の子が二人も来て、お母さん驚いちゃった! 雪康もりんごジュース、飲むでしょ?」
「えあぁ、お、おぅ、飲む」
台所から母さんの声が聞こえたが、二人めっちゃ見てるぅ~!
「はいはい、じゃあここに置いておくわねー。チョコレート食べて食べて!」
「ありがとうございます。突然押しかけてしまったのに、いろいろといただいてすいません」
「いいのいいのそんなー! それじゃごゆっくり! あ、お菓子もっと食べたかったら雪康に言ってちょうだいね! じゃ母さん失礼しまーす」
「ありがとうございます」
(天海のありがとうございますキタァーーー!!)
母さんが俺の分であろう、ガラスのコップに入れられたりんごジュースを、ソファー前のテーブルに置いて、チョコレートが入った木の器も、テーブルの真ん中辺りに置かれた。そのまま母さんは、そそくさとリビングから出ていった。
(……ん? 待てよ? 俺のジュースがそこに配置されたってことは……)
どう見ても天海の右隣!!
「雪康、座らないの?」
「ぁああもちろん座るさー?」
ここで逃げるなんて選択肢は、あるわけないよな……。よし座ろう。そして座る場所は……
「……こんにちはっ」
「こ……こんちはっ! し、失礼いたしますっ」
ちょこっだけ笑顔の天海の右隣だぁー!
まずはりんごジュース。んぐんぐうまい。
(近い!!)
なんで嶺斗とバックギャモンするときは全力で戦えるというのに、天海とのこの近距離だと、問答無用で緊張が襲いかかってくるんだっ!
(って、セリフ出さなきゃな。こほん)
「ど、どうしたんだ二人そろってっ。お、俺なんかした?」
ぁ、ついなんかしたとか聞いちゃったけど。
「天海ちゃんの悩み事がわかったから、それを知らせに来たのよ」
あ、天海の視線が急激に落ちた。
「うぇ、やっぱ悩み事あったんか? 天海っ、お、俺でよかったら力になるぞ!」
緊張すっけど、逃げずに聞くぜ!
「さあ天海ちゃん。雪康に言いなさい」
あぁあぁ手にも力入ってるー……。
「……雪康、くん……」
「なんだなんだ!?」
(名前を呼んでくれて感動してる場合じゃないぞ俺っ!)
めっちゃ力入ってる天海っ! い、一体どんな言葉が飛び出すというのだっ?!
「…………にっ。日曜日…………おひま、ですか…………?」
(……え?)
日曜日。おひま。ですか?
うん。俺が日曜日にひまかどうか、聞いてきてるんだよな。
「あ、ああもちろん! 天海のためなら日曜日、思いっきり助けてやる! さあなんでも命令してくれ! 天海の手となり足となり、しっかり役目を果たしてみせるぜー!!」
俺は握りこぶしを作って強力サポート体制ありますアピールをした。
「……あのっ。命令とかじゃなくて、その…………」
「葉月ちゃん。もうひと押しよ」
「ううっ」
俺で天海のお悩み解決ができるのならば! 身を
「…………あ、遊んで、くださいっ」
手がしっかり握られたまま、ちょこっとだけ頭を下げた天海。え、天海…………?
「あ…………あそ、ぶ……?」
小さくうなずく天海。
こちらにいらっしゃる天海が?
俺と? 俺に? 遊ぼうって、誘って……?
「早く返事をしてあげなさい」
「うあわばっ。え、お、俺? ほんとに俺? 葉月とか、そこにるけど?」
「困らせるようなこと言わないの。天海ちゃんが雪康に聞いているのだから、はいと答えなさい」
「まさかのいいえが、選択肢から除外されてるんですけど」
「天海ちゃんからのお誘いを、断るつもりなの?」
「断るわけがありません」
あ、ちょっと顔を上げてこっち見てきうおぉやっぱ天海の正面は強烈……。
「わ、わかった! 天海遊ぼう! その時悩みをしっかり聞くから、遠慮せず俺と全力で遊んでくれよな!」
俺はもう一度握りこぶし。あれ、なんでしばらく俺を見てから、葉月の方へ振り返ったんだ?
「雪康。天海ちゃんの悩みは、雪康と遊びたいっていうことよ」
「へ?」
あ。天海は葉月の右手を両手で持っている。それを受けて、葉月は空いていた左手で、天海の手をぽんぽんしている。
「これで天海ちゃんの悩みは解決したわ。雪康のお母様にごあいさつをして、わたくしは帰るわ」
「おお終わり?!」
「天海ちゃんは、もちろんもう少し、ここにいるわよね」
「は、葉月ちゃぁんっ……」
もっかいぽんぽんしてあげてる葉月ちゃぁん。
「それじゃあ雪康、天海ちゃん。また明日」
「お、おー……」
すっと手を抜いた葉月ちゃぁんは、天海の両肩をぽんぽんしてから立ち上がり、セカバンを肩に掛けた。そしてそのまま、リビングから出ていった。
おじゃましましたーの声が聞こえると、お母さんとちょっとおしゃべりをしてから、葉月は玄関から外へ出ていったようだ。
その一連の音を、俺と天海はずーっと聞いていたが、再び静かになると、ゆっくり俺の方を向いてきた。視線は下がったままだけど。
(あーっと……と、とにかくなんかセリフセリフ!)
「あ、天海の悩みが解決してよかったよかったー!」
右手を頭に当ててあははーなポーズ。
「雪康くん……」
「おうなんだなんだあ!?」
なんでも聞いちゃうよ!
「……いつも。助けてくれて、ありがとう」
生きててよかった。
「どういたしましてー! これからももっと助けていくからな!」
右手の親指を立てておいた。
「これから……雪康くんと、いっぱい遊んでいきたいな……」
超生きててよかった……ほんと
「いっぱい遊んでいこう! 天海はどーんと俺に任せまくって、ひたすら遊びまくっていってくれよな!」
ああ……みるみる笑顔になっていく天海……うう。俺人生でいちばん感動してるわ。言い切れる。
「うんっ」
今日まで積み重ねまくった天海友好ポイント……俺の今までの努力は、無駄ではなかった……!!
「雪康くん。女の子が話しかけるとよく逃げるって聞いたから、今逃げられちゃったらどうしようって、思った」
「な?! あいやそれはあれだっ。天海友好ポイントぁあぁ女子と一緒にいて天海に変なふうに思われたらやだなぁ~みたいな!? 天海に絶対嫌われたくなかったし!」
う。天海の正面超絶かわいいけど、まばたきしてるだけで、これ内容通じてないっぽいな。
「で、でも! 天海が俺のこと嫌ってないってことが証明されたわけだから、ようやく緊迫感あふれる日々が成功を導いたって感じだぜぇー!」
両腕を上げた俺。
「……雪康くんのこと、嫌いになんて……ならないよ?」
俺は数秒固まってから、そのまま後ろに倒れた。ソファーの感触が実に心地よかった。
短編76話 数ある今日のところは勘弁しておいてやろう! 帝王Tsuyamasama @TeiohAoyamacho
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます