第1章ー3 ようこそ、亡手課へ!

 ――――追われている。それはもう盛大に。


 瓦屋根の上で、亡者もうじゃ二人と一匹が暴れまわったせいでほとんどの獄卒ごくそつの目に留まってしまったようだ。事情をよく知らない複数の獄卒たちがとして追いかけてきていた。また瓦屋根の上で鬼事おにごっこが再開してしまっている。


「そこの亡者たち! おとなしく捕まれ!」

「だから、亡者だけど亡者じゃないんだよ! 俺たちは『札付ふだつき』であって地獄の働き手だ!」

「訳の分からないことを言って誤魔化すな!」


 「札付ふだつき」とはその名のとおり咎札とがふだのついた亡者のことだ。ただの亡者と呼ぶとややこしいので、獄卒たちは亡手課もうしゅかのオレたちを札付ふだつきとよんでいる。

 閻魔大王えんまだいおうより渡されている亡手課もうしゅか証明札しょうめいふだを見せたが、そんなものなど知らないの一点張りである。これだから三日前にできたばかりの部署は知名度がなくて困る。

 まあ、亡者の発言に信ぴょう性などはないに等しい。当然の反応といえる。


「しつこいな! どこの部署のやつらだよ!」

「たぶん、着物の色からして秦広庁しんこうちょう宋帝庁そうていちょうだよ~」


 閻魔庁えんまちょうと交流があまりない部署だと、まだ情報が行き届いていないのだろう。全く、めんどうなことになってしまった。モドキの腕の中でみーにゃが震えているのが見える。この獄卒たちには捕まってはいけない。事情が分かって解放されたとしても、みーにゃは他の獄卒が地獄へと移送してしまうだろう。それでは、だめだ。

 ――――必ず俺たちの手で等活地獄とうかつじごくに送らなければ、


 幸いなことに閻魔庁の管轄に入ったため、瓦屋根から降りて閻魔庁の本殿にむけて一直線に走った。今日は本当に走ってばかりである。さすがに隣のモドキも息があがってきているようだ。後ろから、どこへ行く! と怒鳴り声が聞こえてくる。


 ――――どこって、地獄だよ! 俺たちの職場はそこにあるからな!


 内心悪態ををつきながら本殿に滑り込み、廊下の先に見慣れた閻魔王室えんまおうしつの扉が目にはいった。どうやら扉が開いているようだ、ちょうど良い。


「逃亡した亡者は捕まえた! このままこいつを移送する! ――――あと、こいつら頼むわ!」


 大声で叫びながら扉の前を通過していくと、慌てた様子で秘書がでてきた。

 静止の声をかけられているが、今は止まっていられない。オレが指をさした方角に獄卒が複数迫っているのを確認すると、秘書はそちらの対応に追われているようだった。

 よし、追手を撒けたようだ。



 ***



 閻魔庁をぬけてようやく等活地獄とうかつじごくの入り口までたどり着いたオレ達は、肩で息をしながら扉を開けて中に入る。途端に血の混じった臭いや人肉が焼ける臭いが漂い、みーにゃは身震いをしている。


「……それで、どうするのコウセツ~?」


 モドキはそっと、みーにゃの瞳を覆っていた。そこら中にいる血だらけの亡者を見せたくないのだろう。口調はのんびりとしているが、モドキはこちらを見定めるかのように見つめている。


「決まってんだろ、亡手課もうしゅかに連れていく。」

「それは命令違反じゃないの~? 亡手課もうしゅかごとつぶれたら意味ないよ~」

「別に、命令違反ではないだろ。なにせ俺たちがうけた命令は『捕まえて、等活地獄とうかつじごくに移送しろ』だ。こうして捕まえてきてここまで送ってきた。何も問題はないだろう?」


 ――――それに、閻魔大王は移送した後はどうしろなんて言ってなかったぜ?


 と付け加えてにやりと笑うと、モドキはきょとんとした後にケラケラと笑い始めた。結果として移送は表面上成功しているが、実際は亡者が地獄の刑をうけていないので失敗といえる。今の地獄に対する、ささやかな抵抗を示す。反骨精神、上等だ。

 そうだ、オレたちは亡者らしく仕事をやればいい。そうでなくてはオレたちがやる意味がないのだから。


 さて、もう廃屋みたいな小屋が見えてきた。等活地獄とうかつじごくの端にある、寂れたこの小屋こそが俺たちの職場である亡手課もうしゅかだ。景観は最悪だが、居心地は――――まあ、これからさらに良くなっていくだろう。


 心配そうにこちらを窺うみーにゃと向き合って、告げる。


「ようこそ、亡手課もうしゅかへ!」

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【ゲーム原作案コンテスト版】その手枷に祝福を! 夏川りん @rin_natsukawa

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