第1章ー2 移葬は二度失敗する
地獄門から続く長い坂を駆け上り、
「おーい。きたぞー。」
「
「へーへー。そりゃあ悪うございました。」
目をつりあげた門番がさらに食って掛かろうとしたが、モドキが前に飛び出てきてなだめている。ふんと鼻をならして扉の奥に歩みを進め、執務机の前にたった。そこに座す閻魔大王は相変わらずの仏頂面でこちらを見ていて、感情がよめない。モドキも慌ててこちらに来ると、閻魔大王はようやく口をひらいた。
「
「口先だけの労いはいらねえよ。本題をはやく言え。」
記憶はないが、どうもこの地獄と閻魔大王に対する反骨精神が体にこびりついているようで、この王の前だと腹にうずまいた苛立ちがいつも抑えられない。おかしなことだ、罪を犯したことを咎められるのは当たり前のことなのに。
執務机の横に控えていた青髪の秘書がこちらを睨んでいるが、閻魔大王はそうかとただ短く答えただけだった。
「本日、
そう言いながら閻魔大王は一枚の紙きれを寄越した。受けとってみると、紙には薄桃色の丸い毛玉のような絵と「ねこ」と記されていた。なんだこのへったくそな絵は。絵の才能はないが、字はかなりの達筆のようだ。この字、どこかで見覚えがあったような気がする。
モドキが背伸びをしながら紙を覗き込むと、首を傾げた。
「ピンクの猫ちゃんのぬいぐるみ~?」
「見た目はそれだが、立派な亡者だ。」
亡者となれば、何か罪を犯している。
「つまり、この絵の猫を探せばいいんだな。はいはい、承知した。」
本来、亡者を地獄へ移送するのは
紙を乱雑に懐に入れようとすると、秘書が慌ててとめてきた。
「閻魔大王様が直々に描かれた書類ですので、乱雑に扱わないでください!」
――閻魔大王がこれを描いたのかよ。どうりで見たことある字だったわけだ。
オレは溜息をつきながら丁寧に紙を四つ折りにすると、モドキと共に閻魔王室をでた。平静をよそおったが、内心はあぶねえ、口が滑ってへたくそとか言わなくて良かったという思いでいっぱいだ。さて、急がないといけない。この後もやるべき雑用がきっと山積みだ。モドキに行くぞと合図をすると、俺たちは廊下を駆けていった。
***
閻魔庁の外にでると遠くに地獄門が見えている。先ほど
「こんなに獄卒がいるところでよく見つからないな。いや、忙しすぎて誰も気にしてないというのもあり得るか……」
獄卒たちは手元の資料に目をとおしたり、書き込みながら移動していく。獄卒は亡者よりも強いので、万が一襲われたとしてもたいしたことにはならないからだろう。
「手分けして探すぞ。見つけたら合図をだしてくれ、合流する。」
「は~い。モドキも賛成だよ~」
モドキは顔の高さまで手をあげると、元気に長い袖を左右に振った。
俺は東側でモドキは西側に、互いに背中をむけて走り出した。人の波をぬって、街道を走っていく。隠れられそうなところは裏道等の薄暗いところだろう。
――――見つけた!
飛びかかろうとすると、毛玉もこちらに気が付いたようで逃げ始めた。
毛玉は屋根を飛び跳ねながら、近くの背の高い木に飛び移り器用によじ登っていく。木は枝が細くオレの
「モドキ、この木の上に行ってくれ!」
「わかった~」
よし、同意はとった。
木によじ登ろうとするモドキの首根っこを掴むと、そのまま担ぎ上げて、木の上の毛玉をめがけて放り投げた。なんとも言えない悲鳴をあげたモドキだったが、なんとか毛玉を掴んで屋根に落下してきた。もうもうと立ち込める砂煙をはらうと、尻もちをついているのが見えた。モドキの扱いがひどいよ~と嘆いている。
瓦屋根は数枚割れて下に落ちていったが被害は最小限だ。モドキが抱えていた毛玉を片手でつまみ上げて自分の顔の前までもってくる。手触りがとてもやわらかくてややおどろいた。桃色の毛玉は震えており、耳についた
「なんで逃げたんだよ、お前。
「だ、だって……同じ
――――確かに
「地獄から逃げようなんて思ってなかったにゃ……坂道で転んで、そのまま転げ落ちて戻れなかったにゃ……」
「つまり迷子になっちゃったんだね~?」
にゃん、とモドキの問いかけに毛玉はうなずく。本日、俺たちが往復したあの長い坂で転べばたしかにこの毛玉は転がりおちてしまうかもしれない。モドキに頭を撫でられながら、すんすんと鼻をならして泣くこの毛玉が、とても
「お前、一体何の罪を犯したんだ?」
「嘘をついてしまったみゃ……」
「嘘をついて……そいつを殺したのか?」
「たしかにその子は死んじゃったみゃ。みーにゃは、病気は必ず治るってその子に嘘をついちゃったみゃ……」
ふむ、と一つうなずいてみたが、毛玉……みーにゃと名乗った猫は黙ってしまった。話はそれだけらしい。いや、待てまて、何かがおかしい。
「そんなことで地獄に落とされるのか?」
単純な疑問である。そうだ、地獄とはだ。地獄とは、罪を犯した者のみが落とされるはずだ。たかがその程度の嘘ならば、人間ならば誰でもつくのではないだろうか。
――まあ今回は猫だが。それでも、それは地獄に落ちるような罪なのか?
モドキはさも当たり前のことのようにいった。
「今や地獄は、みんな平等に落ちるものだよ~。昔ある神様が言ったんだって、『生まれ落ちた時点で全ての者に罪がある』って。だから死んだらみーんな地獄行き~。」
モドキはおどけた様子で、舌をだしながら手で首を切る動作をした。
――――――そんな、バカな。
そして、ようやく地獄とあの閻魔大王に感じていた反骨精神の答えを得た気がした。ああ、そうか。そういうことだったのか。
「コウセツって知識が古いよね~。ねえ、一体いつの時代に地獄に落ちたの~?」
「さあな、覚えてねえよ。こんな馬鹿みたいに亡者はいなかったのは確かだろうけどな。」
罪があるものしか落ちない地獄は、当たり前に亡者は少なかったはずだ。こんなにも亡者が地獄に爆発的に増えてしまった理由がわかった。死者を全て地獄に落としているならば、それは飽和もするだろう。おまけに地獄の刑期はとてつもなく長いのだから。
風が吹いて、
そうだ、オレのような者こそが、地獄に落ちるべきなんだ。
――よし、決めた
「この移送、もう一度失敗させるぞ!」
にやりと笑ったオレにたいして、一人と一匹は顔を見合わせて不思議そうな顔をしていた。
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